第21話 明智光秀、絶叫す
岐阜城。
広間には重い沈黙が漂っていた。
上座には信長。
その左右に勝家と天音。
少し離れてエリ。
そして中央には、比叡山から戻ったばかりの明智光秀が座している。
光秀は疲れていた。
肉体がではない。
精神がである。
長秀から聞いていた。
奇妙なことが起きると。
その通りだった。
あまりにも。
「……以上にございます。」
光秀が報告を終える。
だが信長は何も言わない。
光秀は続けるしかなかった。
「土人形はおよそ五千。」
「山内各所へ分散しつつ同時進撃。」
「女子供は保護。」
「武装した僧兵は拘束。」
「武器は全て破壊。」
「火を放った者は即座に制圧。」
「首脳部も生け捕り。」
信長はまだ何も言わない。
光秀は半ば自棄になっていた。
「死者ほぼ皆無。」
「寺社の焼失もほぼ無し。」
「制圧完了まで二刻足らず。」
勝家が目を閉じる。
天音は黙って聞いている。
光秀は頭を抱えた。
「意味が分かりませぬ!」
その声が広間へ響いた。
「戦とは何です!」
「兵とは何です!」
「策とは何です!」
誰も答えない。
光秀は立ち上がりそうになる。
「一体何なのですかあの娘は!?」
沈黙。
広間が静まり返る。
信長は肘をつき。
考え込んでいた。
長い沈黙。
やがて天音が口を開く。
「さて、ククリさんは有言実行しましたね。」
茶を一口飲む。
「どうされますか、信長様?」
再び沈黙、
そして信長が顔を上げた。
「決まっておる。」
声は低い。
「褒美は与える。功績も認める。」
「だが。」
勝家が嫌な予感を覚える。
信長は指を折った。
「一つ。まず兵の士気が死ぬ。あまりに尋常ではない。この光秀のようにな。」
「二つ。武将の面目が潰れる。『全てククリに任せればよいではないか』とな。」
「三つ。戦功が全てククリへ集まる。功を立てる間もなくあ奴は全て平らげる。」
「四つ。敵味方問わず、人が戦を学ばなくなる。あんなものがいればすべての常識が無に帰す。」
「五つ。」
少し笑う。
「儂の軍が不要になる。」
その言葉に誰も反論できなかった。
信長は立ち上がる。
「比叡山は良い。正直言って神の御業よ。だが毎度あれをやられては織田家が保たぬ。」
天音が小さく笑う。
信長は伝令へ向いた。
「書状を用意せよ。」
「はっ。」
「沢渡ククリへ伝えよ。」
信長は即座に言った。
「佐和山城にて待機。五郎左と共に近江方面の警戒を命ずる。許可なく戦へ出るな。」
左遷ではない。隔離である。
光秀もようやく理解する。
信長は怪物を排除するのではない。
管理しようとしているのだ。
そこでふと。
光秀はあることに気付いた。
視線を動かす。
天音。栗色の髪をしたお淑やかな姫君、のように見える。
エリ。老人のような白い髪をした童、のように見える。
二人を見る。
そして勝家へ尋ねた。
「柴田殿。」
「何か。」
「もしや。」
光秀は嫌な予感を抱きながら言った。
「この少女らも。ククリ殿と同類なので?」
勝家は何も言わず。
ただ静かに頷いた。
光秀は凍り付く。
その時だった。
ちゃり。
金属音。
光秀が振り返る。
エリだった。
いつの間にか刀を五振りほど宙へ浮かせている。
触れていない。
手も使っていない。
本人は退屈そうに欠伸をしながら。
その頭上で刀がくるくると回していた。
まるで話に飽きた童のように。
一本。
二本。
三本。
五本。
まるで曲芸師だった。
光秀は数秒それを見つめる。
勝家が目を逸らした。
天音は慣れた様子だった。
信長はもう見てもいない。
つまり日常なのだ。
これが。
光秀の顔から血の気が引く。
そして。
どさり。
座したまま、光秀は倒れる。
「明智殿!」
勝家が支える。
光秀は震える指でエリを指差した。
「化け物……」
エリが首を傾げた。
「ん?そうだね。よく言われる。」
光秀は答えなかった。
答えられなかった。
ただ。
心の底から思った。
比叡山より。
この城の方が恐ろしい。
と。
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比叡山制圧から十日。佐和山で待機を命じられたククリは、城下の子供たちと人形で遊びながら穏やかな日々を送る。一方、長秀は怪物を見守る監視役として複雑な胸中を抱えていた。やがて信長から比叡山の恩賞が届くが、ククリは黄金にも執着を見せず、未来の協会での出来事を何気なく語り始める。
次回「人形師の休日」
怪物と呼ばれた少女は、今日も変わらず笑っている。
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