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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第19話 比叡山焼き討ちキャンセル

 比叡山の麓。

 織田軍の前線拠点。


 陣幕が並び、兵たちが慌ただしく行き交っている。

 その中央に設けられた本陣で、明智光秀は地図を広げていた。


 明智十兵衛光秀。

 織田家中でも珍しい、武のみならず政や交渉にも長けた男である。


 朝廷、公家、寺社。

 信長の周囲には武力で解決できぬ問題が多い。

 そうした場で十兵衛の名が挙がることは少なくなかった。


 長秀もまた彼を高く評価している。

 思慮深く、理を重んじる。


 多少考え過ぎるきらいはあるが、少なくとも無能ではない。

 むしろ織田家の中では最も常識人に近い部類だろう。


 だからこそ。

 これから起こる事は気の毒だった。


「丹羽《にわ》殿!」


 光秀が立ち上がる。

 陣へ入ってきた長秀に深々と頭を下げた。


 その後ろにはククリ。

 そして数名の供回り。


「遠路ご苦労にございます。」

「うむ。」


 長秀も頷く。

 光秀は周囲を確認する。


 信長はいない。

 軍勢も動いていない。

 そこで表情が少しだけ緩んだ。


「なるほど。」


 安堵したように息を吐く。


「殿は武力による制圧をお選びにならなかったのですな。」


 長秀は何とも言えない顔になる。


「……まぁ。」

「それは何より。」


 光秀は本気で安心していた。


「彼らは確かに敵対的です。しかし比叡山への武力行使はあまりにも代償が大きい。」


 光秀は地図を指差す。


「ここには僧だけではありません。女人も。子供も。諸国から集まった者もおります。それら全てを敵に回すような真似は避けるべきかと。」


 長秀は思わず目を逸らした。


 正論である。

 極めて正論である。

 だからこそ言いづらい。


 光秀はそんな長秀の様子に首を傾げた。

 そして初めてククリを見る。


 小柄な少女。

 年の頃はおそらく十と幾つか。

 どう見ても戦場に連れてくるような存在ではない。


「ところでその娘は?」


 光秀が穏やかに尋ねる。


「うむ。」


 長秀が頷く。


「親類の姫君ですかな?」

「……。」


 長秀は数秒黙った。

 その後、心底申し訳なさそうな顔で言った。


「明智殿。」

「は。」

「これから少々、奇妙なことが起こる。」


 光秀が瞬きをする。


「奇妙?」

「どうか気を確かに持っていただきたい。」

「は?」


 その時だった。

 ククリが一歩前へ出る。


「よーし。」


 軽い調子で手を鳴らした。


 ぱちん。


 次の瞬間。

 地面が動いた。


 光秀の思考が止まる。


 土が盛り上がる。人の形になる。


 一体。

 二体。


 十体。

 五十体。


 百体。


 土人形が次々と地中から這い出てくる。


 無数。

 まさに無数だった。


 兵たちが悲鳴を上げる。


 槍を落とす者。

 腰を抜かす者。

 念仏を唱え始める者までいる。


 だが終わらない。

 土人形はさらに増える。


 百。

 五百。

 千。


 そして軍勢となった。

 無言のまま整列する土の兵士たち。

 ククリは満足そうに頷く。


「よし。」


 比叡山を指差す。


「全員、あそこ制圧な。誰も殺すな、殺させるな。抵抗するならボコって良し!」


 土人形の軍勢が一斉に歩き始める。

 大地が揺れる。

 その光景を見て明智光秀は。


「……。」


 声も出なかった。

 顔色が真っ白になり。

 ゆっくりと後ろへ倒れた。


「明智殿!?」


 長秀が慌てて支える。

 光秀の膝は完全に崩れていた。


 視線だけが土人形の軍勢を追っている。

 口が震える。


「な……なんですかな、あれは……。」


 長秀は遠い目をした。


「拙者も最初は同じ反応だった。」


 光秀は返事をしなかった。

 できなかった。


 比叡山へ向かう五千の土人形を見ながら。

 ただ静かに腰を抜かしていた。


 ------------------------------------------------------------------------------------------------


 比叡山。

 山内には寺院だけではない。


 僧侶。

 小坊主。

 職人。

 商人。

 女人。

 子供。


 一つの町と言って差し支えない規模の人々が暮らしていた。

 だからこそ。

 山の中腹で最初の悲鳴が上がった時、多くの者は織田軍の総攻撃が始まったと思った。


「敵襲だぁ!」

「織田勢だ!」

「武器を持て!」


 鐘が鳴る。

 僧兵たちが駆け出す。

 槍を持つ者。

 薙刀を持つ者。

 弓を抱える者。


 だが。

 最初に現れたのは人間ではなかった。


 土だった。

 土人形。


 数十。

 数百。

 さらにその後ろにも無数。


 山道を埋め尽くすほどの土人形が無言で進んでくる。


「なっ……。」


 僧兵の一人が絶句する。


「妖術か!?」


 返答は無い。

 土人形たちはただ前進する。


 一定の歩調で。

 一定の速度で。

 まるで巨大な生き物の一部であるかのように。


「放て!」


 矢が飛ぶ。

 何本もの矢が土人形へ突き刺さる。


 しかし止まらない。

 刺さったまま歩き続ける。


 やがて先頭の土人形が僧兵へ到達した。

 槍が突き出される。


 土人形は避けない。

 槍の柄を掴んだ。


 めきり。

 乾いた音。

 槍が折れる。


 僧兵が目を見開く。

 次の瞬間、土人形が肩を掴んだ。


 投げる。


 僧兵は数間先まで吹き飛ばされ転がった。


 骨は折れていない。

 だが立ち上がれない。


「ひっ!」


 別の僧兵が刀を抜く。


 斬る。

 刀が土人形の腕へ食い込む。

 だが止まらない。


 土人形はそのまま刀身を掴んだ。


 ばきんと。

 刀が折れた。


「なんだこれは!?」


 周囲で同じ光景が繰り返される。


 武器は折られる。

 人は投げ飛ばされる。

 殴られる。

 蹴られる。


 だが。


 誰も殺されない。


 土人形たちは首を狙わない。

 胸も刺さない。

 ただ戦闘不能にするだけだった。


 一方。

 集落側ではさらに奇妙な光景が広がっていた。


 泣き叫ぶ子供。

 怯える母親。

 逃げ惑う老人。

 そこへ土人形が近付く。


 女性たちは悲鳴を上げた。

 だが。

 土人形は襲わない。


 一体が荷車を引く。

 一体が子供を抱き上げる。

 一体が転んだ老婆を支える。


 そのまま広場へ誘導していく。


「え?」

「な、何なの……?」


 誰も理解できない。


 敵なのか。味方なのか。

 それすら分からない。


 ただ一つ分かることがある。

 土人形たちは保護している。

 少なくとも女子供は。


 もっとも、全員が素直に従うわけではなかった。


「離せ!」


 若い女が暴れる。

 土人形を蹴る。

 殴る。


 土人形は数秒考えるように停止した。


 そして。

 どすっ。


「ぐぇっ!?」


 腹へ拳がめり込む。

 女はその場に膝をついた。

 土人形はその後何事もなかったように背中をさすり始める。


 周囲の者が呆然と見守った。


 また別の場所。


「化物め!」


 僧兵が再び刀を拾い上げる。

 土人形へ突進する。

 土人形は避けない。


 刀を掴む。

 折る。

 そして拘束する。


 だが僧兵はなお暴れる。

 蹴る。

 噛みつく。

 罵声を浴びせる。


 すると。


 二体の土人形が近付いて、抱きつく。


「なっ?」


 そのまま崩れる。

 土へ戻る。

 僧兵の腰から下が土に埋もれる。


「え。」


 胸まで埋まる。


「え?」


 肩まで埋まる。


「待て。」


 首だけが残る。

 完全に動けない。


「待て待て待て待て!」


 一体の土人形がその前に正座した。

 そして見張りを始めた。


 山内のあちこちで同じ光景が起きる。


 僧兵たちは埋められ。

 女子供は保護され。


 武器は折られる。

 建物は壊されない。

 火も放たれない。

 死者も出ない。


 だが。

 誰も止められない。


 比叡山は今、五千の土人形によって、恐ろしく平和的に制圧されつつあった。



 比叡山の中腹。


 山門の一角にて。

 僧たちは顔を青ざめさせていた。


「あり得ぬ……。」

「何なのだあれは……。」


 窓の外。

 土人形が歩いている。

 無数に。

 本当に無数に。


 僧兵は次々と拘束されていく。

 だが殺されない。


 矢も。槍も。刀も。

 全く意味を成さない。


「織田の新手か。」

「いや違う!」

「このような妖術聞いたこともない!」


 怒号が飛び交う。

 だが結論は一つだった。


 負けた。

 それも圧倒的に。

 戦になっていない。


 首脳陣の一人が立ち上がる。


「山を捨てる。」


 全員が顔を上げた。


「今ならまだ逃げられる。だが寺は渡すな。」


 男の目は狂気に染まっていた。


「ならば焼け。」


 沈黙。

 しかし反対する者はいない。

 負けを認めたくなかった。

 せめて相手に何も残したくなかった。


 やがて松明が用意される。

 油が撒かれる。


「急げ!」

「火を!」

「火を放て!」


 松明が投げ込まれた。

 火が上がる。

 乾いた木材が音を立てる。

 炎は瞬く間に広がった。


 そして間もなく。


 どごぉん。

 壁が吹き飛んだ。


「なっ!?」


 土人形だった。


 窓から。

 扉から。

 屋根から。

 無数の土人形が雪崩れ込む。


 そして。

 火へ飛び込んだ。


「何だと!?」


 土人形の身体が崩れる。

 土になる。

 大量の土が炎を覆う。


 消える。

 また別の場所。


 さらに土人形が飛び込む。

 消える。


 また飛び込む。

 消える。

 消える。

 消える。


 数分後。

 燃えていたはずの建物は。

 煙を上げているだけだった。


「ば、馬鹿な……。」


 首脳陣が絶句する。

 そして次の瞬間。

 土人形たちが一斉に飛び掛かった。


「離せ!」

「離さんか!」


 抵抗。無意味。


 腕を掴まれる。

 押さえ込まれる。

 床へ転がされる。


 そのまま。


 土。

 土。

 土。

 全身が土に埋まる。

 首だけが残る。


「ぬおおお!?」

「何だこれは!」

「動けん!」


 土人形たちは無言だった。

 ただ。

 首脳陣全員を首だけ地面から生やした状態にして見張り始めた。



 ◆


 開始から二刻(四時間後)。


 夕刻。

 西日が比叡山を赤く染めていた。


 長秀は山道を登っていた。

 隣にはククリ。


 人形たちは既に山全体へ散っている。


 見回り。

 監視。

 拘束。

 保護。

 各々の仕事を続けていた。


 長秀は周囲を見渡す。


 死体が無い。

 血も無い。

 建物も残っている。

 戦があった痕跡すら薄い。


「……。」


 言葉が出ない。


 ククリは欠伸をした。


「眠い。」

「お主な。」


 長秀は思わず苦笑する。


「一日で比叡山を落としておいて第一声がそれか。」

「だって朝早かったし。」

「そういう問題ではない。」


 二人は山門を越える。

 そこでは土人形たちが女子供たちを囲っている。


「ほら、死んでない。」

「見れば分かる。」


「偉い。」

「まぁ……そうだな。」


 さらに進む。

 首だけ出して埋められた僧兵たち。


 泣いている者。

 怒鳴っている者。

 諦めている者。

 様々だった。


「うわ。」


 ククリが見る。


「まだ騒いでる。」

「当然であろう。」

「元気だなぁ。」


 長秀は再び周囲を見る。


 二刻。

 たった二刻。


 織田軍数万が苦戦した問題。

 信長を悩ませ続けた問題。


 それがこの少女一人で終わった。

 しかも死者は無し、焼失した建物もほぼ無い。


 長秀は思う。


 もしこれを殿が見たら。

 間違いなく頭を抱える。

 あの織田信長であっても。


「ククリよ。」

「ん?」

「お主、本当に何者なのだ。」


 ククリは少し考えた。

 数秒。

 そして笑う。


「魔法少女。」


 長秀は額を押さえた。


「まほうしょうじょ、であるか……」


 夕日が山を染める。

 その光の中、比叡山延暦寺は。


 史実とは全く異なる形で、たった半日足らずで陥落していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 比叡山陥落の報せは浅井家に衝撃を与える。土人形の軍勢による無血制圧という報告に誰もが困惑。そんな中、居候中の鎖の少女・藤宮サキだけは哄笑し、信長を攻めろと長政へ迫る。戦よりも厄介な受難が、小谷城に降りかかる。


 次回「浅井長政の受難」

 新たな怪物の名は、戦国の世に響き始める。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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