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戦国魔法少女〜丹羽長秀と人形少女〜  作者: ザザミス


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第14話 武田信玄と女神の市場

 甲斐国《かいのくに》。


 武田家本拠。

 戦国最強とまで謳われる軍団の中枢である。


 武田信玄を頂点に、

 山県昌景《やまがたまさかげ》、馬場信春《ばばのぶはる》、高坂昌信《こうさか まさのぶ》、内藤昌豊《ないとうまさとよ》ら名将が並び立つ。


 甲斐、信濃、駿河を支配し、その軍勢は東国に並ぶ者無しと恐れられていた。


 その武田家中枢。

 重臣が集う広間に、今ひとりの少女がいた。


 金髪。鮮やかな金色であった。

 十代半ばほど。

 絹とも違う光沢を持つ豪奢な衣服。


 武田家の財力をもってしても容易には用意できぬだろう装いである。

 しかし最も異様なのは服ではなかった。


 少女の周囲には護衛も荷物も無い。


 それなのに先程から、何もない空間から物が次々と現れているのだ。


「では、次はこちらの品をば。」


 少女は微笑むと、虚空へ手を差し入れた。

 まるで水面へ腕を沈めるような動作だった。


 次の瞬間。

 彼女の手には見たこともない小さな箱が握られていた。


 車輪が四つ。

 漆でも木でも鉄でもない。

 奇妙な黒い物体。


 さらに別の小箱を取り出す。

 少女が指を動かすと、小さな車は勝手に走り始めた。


 畳の上を走り回り、方向を変え、円を描く。

 重臣たちの視線が一斉にそれへ集まる。


 山県昌景が眉をひそめた。


「な、何だそれは。」


「ラジコンですわ。」


 少女はあっさり答える。


「まぁこれは大体一万円程度かしら。」


 当然誰も理解できない。

 少女は少し考えた。


「ああ、そうでした。この時代の物価では分かりませんわね。米本位制でしたっけ。」


 そう言ってラジコンを消すように虚空へ放り込む。


 車は音もなく消えた。

 その様子に馬場信春ですら表情を硬くする。


 幻術ならばまだ理解できる。

 しかし触れられる。

 動く。

 消える。

 理屈が見えない。


 少女はそんな反応を楽しむように微笑んだ。


「私は対価があれば何でも出せますわ。」


 再び虚空へ手を入れる。


 今度は魚だった。

 銀色の鮎。

 しかも生きている。


 畳へ落ちた鮎が跳ねる。

 水も無いのに尾を振り続ける。

 家臣たちの間にざわめきが走った。


「生きている……。」

「川から獲ったばかりのようだ。」

「どうやって。」


 少女は鮎を摘み上げながら肩を竦めた。


「良かったですわ。資産リセットされてなくて。」


 意味不明な言葉だった。

 だが本人は気にしていない。


「元手は十分。これからどう稼げるかはあなた達次第ですわね。」


 高坂昌信は目を細めた。

 商人なのか。

 妖術使いなのか。

 それとももっと別の何かなのか。

 判断がつかない。


 だが一つだけ確かなことがある。

 この少女は尋常ではない。

 武田家がこれまで相対したどの勢力とも違う。


 その時。

 武田信玄が口を開いた。


「娘。」


 場が静まる。


「何が望みだ。」


 少女は待っていたかのように微笑んだ。


「私は周防《すおう》ミシェル。」


 一礼する。

 そして誇るように続けた。


「以前は『女神の市場』(ゴッデス・マーケット)、なんて異名が付いていましたが。まぁそれはそれとして。」


 聞いたことのない響きだった。

 だが本人は当然のように名乗る。


「望みは……そうですわね。」


 少し考えた後、楽しそうに笑った。


「ひとまずこの島国を。」


 家臣たちの眉が動く。


「そしてゆくゆくは世界。」


 山県昌景が鼻で笑った。


「随分と大きく出たものだ。」

「大きいですか?」


 ミシェルは不思議そうな顔をする。


「私からするとむしろ小さいくらいですけれど。」


 言葉に迷いが無い。

 本気なのだ。

 だからこそ不気味だった。


「それに協力してくださるなら相応の報酬を。」


 ミシェルの視線が信玄へ向く。


「信玄公。あなたの病も治せる……かもしれませんわね。」


 空気が変わった。

 重臣たちが一斉に反応する。


「馬鹿を申すな!」

「殿は壮健そのもの!」

「不敬であるぞ!」


 怒号が飛ぶ。

 しかし信玄が片手を上げると全て止まった。


 静寂。

 信玄の眼差しだけがミシェルへ向けられている。


「娘。」


 静かな声だった。


「何故それを知る。」


 ミシェルはきょとんとした。


「あら。」


 そして少し申し訳なさそうに笑う。


「ああ、まだ誰にも言ってないんですか。」


 家臣たちが信玄を見る。

 信玄は否定しない。

 それだけで十分だった。


 山県の表情が変わる。

 馬場も。

 高坂も。

 内藤も。

 誰も口を開かない。


 ミシェルは軽く頭を下げた。


「それは失礼しました。」


 しかし次の言葉は容赦が無かった。


「率直に言いますが、あなたはこのままでは数年で死にます。」


 誰も動けなかった。

 戦場で幾度も死を見てきた男たちが。

 ただその言葉を聞いていた。


「ですが。私なら伸ばせますよ、その寿命。」


 ミシェルは笑う。

 そう言って虚空へ手を差し入れる。


 取り出したのは一冊の本だった。

 分厚い。

 見たこともない製本。

 見たこともない紙。

 見たこともない文字。


「取り敢えずこれを。」


 信玄が受け取る。

 ページを開く。

 そこには人体が描かれていた。


 筋肉。

 血管。

 内臓。


 戦国の医師ですら見たことのないほど精密な図。

 家臣たちも思わず覗き込む。


「まずはこの……甲斐国《かいのくに》でしたっけ。」


 ミシェルは満足そうに頷く。


「ここから時代の針を回しましょう。」


 その言葉に誰も意味を理解できない。

 だが少女は確信していた。


「どんどんと。科学、医療、農業、工業。そしてもちろん、軍事も。私の市場にはなんでもありましてよ。」


 微笑む。

 まるで未来を見ているように。


「武田信玄公。あなたが生きているうちに飛行機までは飛ばしてみせましょう。」


 部屋は静まり返っていた。


 荒唐無稽。

 妄言。

 狂人の戯れ言。


 そう切り捨てるには。

 少女が見せた奇跡はあまりにも本物だった。


 信玄は本を閉じる。

 そして初めて笑った。

 戦場で新たな敵と出会った時のような笑みだった。


「面白い。乗ってやろう、娘。」


 その一言に、武田家の重臣たちは互いの顔を見合わせた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 異変は徳川家にも訪れる。突如現れた巨大な卵を前に困惑する家康たち。そして殻が割れた時、その中から現れたものとは――。


 次回「徳川家康と龍の卵」

 卵が孵る時、新たな運命も生まれる。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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