第13話 浅井長政と鎖女
小谷城。
北近江を支配する浅井家の本拠。
険しい山に築かれた堅城であり、朝倉との連携を支える要衝でもある。
当主である浅井長政は二十八歳。
若くして家督を継ぎ、織田信長の妹・お市を妻に迎えた名将として知られていた。
だが今、その小谷城の天守閣では異様な光景が広がっていた。
床には折れた刀が散乱している。
槍は根元からへし折られ、重臣たちは壁際へ追い詰められていた。
そしてその中心。
一人の少女が胡座をかいて座っている。
年の頃は十代半ば。
乱雑に伸びた黒髪。
男物とも女物ともつかぬ奇妙な服装。
そして彼女の周囲には無数の鎖が蠢いていた。
まるで蛇の群れだった。
鎖は床を這い、柱に巻き付き、天井から垂れ下がっている。
生きている。
そうとしか思えない動きだった。
長政は周囲を見渡した。
先程まで武装した兵が十数人いた。
だが全て制圧された。
槍は折られ。
刀は砕かれ。
反抗した者は鎖に縛り上げられている。
死人は出ていない。
だが圧倒的だった。
勝負にすらなっていない。
長政は少女を睨む。
「な、何者だ。」
少女が顔を上げた。
次の瞬間。
鎖が飛んだ。
長政の首へ巻き付く。
「ぐっ!」
身体が宙へ浮く。
喉が締まる。
少女は不機嫌そうに眉をひそめた。
「あー?」
さらに鎖が締まる。
「質問できる立場なわけ?」
長政の側近たちが動こうとする。
だが別の鎖が一斉に伸びた。
誰も近付けない。
少女はつまらなそうに頬杖をついた。
「聞きたいのはこっちね。」
長政の身体が床へ落とされる。
激しく咳き込む。
少女は周囲を見回した。
天守。
武士。
甲冑。
障子。
木造建築。
何度も確認するように見渡している。
「ここどこ?」
誰も答えない。
鎖が一本動く。
壁に刺さっていた刀が真っ二つになる。
「あーもう面倒くせぇな。」
少女は頭を掻いた。
「今何年?多分過去の日本なんだろうけどなー。映画の撮影とかじゃなければ。」
天井を見上げる。
「ったく。こちとら学校も行ってねーっての。」
盛大なため息。
長政には意味が分からなかった。
家臣たちにも分からない。
だが一つだけ分かることがある。
この少女は常識が通じない。
少女はそんな彼らの様子を見て笑った。
「まぁいいや。」
立ち上がる。
同時に無数の鎖が持ち上がった。
まるで巨大な獣が牙を剥くようだった。
「取り敢えずお前らはオレの手下な。」
家臣たちの顔色が変わる。
長政も眉をひそめる。
だが誰も反論できない。
目の前の現実が、それを許さなかった。
少女は笑う。
妙に人懐っこい笑みだった。
「オレは藤宮サキ。サキ様と呼べな?」
サキはパキパキと指を鳴らす。
「安心しなって。」
鎖がゆっくり揺れる。
「言うこと聞けば殺さないし。」
一本の鎖が長政の肩を軽く叩く。
「他の奴らからは守ってやっから。」
まるで友達へ話しかけるような気軽さで言った。
「な?」
その場にいた全員が思った。
誰よりも今、自分たちの命を握っているのは。
目の前の、この得体の知れない少女なのだと。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
戦国最強と名高い武田家。その中枢へ現れた一人の少女は、不思議な力で見たこともない品々を次々と取り出し、重臣たちを驚愕させる。そして彼女は、武田信玄だけが知る秘密に触れながら、誰も想像し得ない提案を口にする。甲斐の地で、新たな歴史の歯車が静かに回り始める。
次回「武田信玄と女神の市場」
未来を売る少女が、戦国へ現れる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




