第12話 ガールズトークしようぜって言ってんの
夜の岐阜城は静かだった。
山頂に築かれた城から見下ろせば、城下の灯が点々と広がっている。
昼間は人と荷で賑わう城内も、今は見回りの足音が時折聞こえる程度だ。
風が吹く。
遠くで虫の鳴く声が聞こえた。
信長に与えられた一室。
本来なら重臣か客将に宛がわれるような部屋だった。
そこに三人の少女が雑魚寝している。
天音。
ククリ。
エリ。
並べられた布団へ寝転がり、天井を見上げていた。
「おー。」
ククリが感心したように声を上げる。
「良いね。修学旅行ってこんな感じか?」
エリが即答する。
「行った事ない。」
少し間を置いて天音も続いた。
「私も。その頃は院にいたので。」
ククリが首を傾げる。
「院って?大学?」
「少年院です。」
さらりと言う。
「母を殺したので。」
沈黙。
エリが天井を見る。
ククリも天井を見る。
数秒後。
ククリが引き気味に言った。
「すっごいぶっ込むじゃん。」
「聞かれたので。」
天音は平然としている。
「もっとも正当防衛ですけどね。私が能力に目覚めなければ死んでいたのは私の方です。」
エリが横を向く。
「へぇ。」
興味深そうだった。
「じゃあその時に魔法少女になったんだ。」
天音が顔をしかめた。
「……その魔法少女って奴。」
露骨に嫌そうな声。
「正直恥ずかしいのでやめて欲しいんですけど。」
「えー。」
ククリが笑う。
「なんでよ。可愛いじゃんね。」
「私みたいなテロリストが名乗って良い肩書じゃないんですよ。」
天音はため息を吐く。
「魔法少女ですよ?もっとこう、夢とか希望とかあるでしょう普通。」
「そんな事言っても。」
エリが肩を竦めた。
「協会のカテゴリ分けじゃああなたも魔法少女なんでしょ?」
「そうですけど。」
ククリも声を上げる。
「じゃあ魔法少女じゃん。」
「理屈はそうなんですが。」
「魔法少女マグナム・アマネ。」
「やめてください。」
エリが吹き出した。
天音は布団を頭まで被る。
「協会の人間って本当に性格悪いですよね。」
「あなたにだけだと思う。」
「何故ですか。」
「面白いから。」
布団の中から天音のうめき声が聞こえた。
ククリは楽しそうに笑う。
エリはふと思い出したように言った。
「ああ、そういえば私も協会所属だよ。」
「えっ?マジ?」
ククリが意外そうに言った。
「なんでさっき言わなかったのさ。」
「タイミング逃した。天音の一人語りが長くて。」
「悪かったですね。……もしかして撃鉄教ともやり合いました?」
「いや。そん時はちょっと別仕事でカナダにいた。」
「カナダぁ?」
「なんか『ワンダーランズ』っていう喋る動物集団とやり合ってた。」
「へぇ。随分ファンシーな集団ですね。」
「パンダがマリファナ吸いながらAK構えて突っ込んでくるけど?」
「怖すぎないですか!?」
「あー、なんだっけ。聞いたことあるな。アリスとかいう魔法少女だっけ。」
「そうそう、動物に異能を与える異能。火を吐くライオンとか目からレーザー出すカラスとか。」
「なんか『人類根絶!』がスローガンの危ないガキだったらしいね?」
「随分と物騒なんですね……」
「まあ本人は大したことなかったからまだ楽な部類だった。」
「本人がヤバいタイプだったらアレだね、皇カオリ。」
「あぁ、『星の姫』。」
「……随分メルヘンな二つ名ですけど、こちらも物騒なんですか?」
「重力操作の異能。スペースデブリを一気にまとめて小惑星にして地球に突っ込ませて地球滅ぼそうとした。」
「物騒のスケールが上がってる……!」
「いやあん時はちょっとビビったね。最終的に姐さんが出張ってなんとかなったけど。」
「姐さんて。ククリさんの先輩って事ですか?」
「あの人怒らせたらシャレにならないからね?蹴りで隕石破壊したんだから。」
「……なんと言うか。私なんかよりよっぽど脅威に思えますね。」
「いやいやいや。協会の騒ぎっぷりは撃鉄教の時のがヤバかったからね?なんか全国同時記憶処理する一歩手前だったみたいな?」
「隕石だの動物だのはある程度は隠蔽出来てたからね。社会の混乱具合なら撃鉄教が21世紀最大だったとか言われてたね。」
「だから気にすんなよ!全然お前もヤバいからな!」
「それは励ましてるんですか?」
しばらくそんなやり取りが続いた後、天音が布団から顔を出した。
先程までの軽口とは違う声だった。
「まぁそんな過去のことはどうでも良いんですよ。いや今から見たら未来の事ですけど。」
天井を見る。
「それよりどうするんですかこれから。」
ククリがきょとんとする。
「どうって何?」
「だから。」
天音は横目でククリを見る。
「これからあなた達は大人しく織田信長のところでのんびりする気なのか、という話です。」
ククリは少し考える。
そして。
「あー。」
気の抜けた声を出した。
そのまま天井を見上げる。
部屋の空気が少しだけ変わった。
夜風が障子を揺らす。
「知りたいのはあなた達のスタンスです。」
「スタンス。」
天音は大きく息を吐いた。
「つまり、積極的に介入するのか。歴史を出来る限り変えないようにするのか。そういう話です。」
「歴史を……」
ククリが首を傾げる。
「変える?」
エリも続いた。
二人とも本気で分かっていない顔だった。
しばらく沈黙が流れる。
「そもそも元の歴史をあんまり知らないけど。」
ククリが言った。
「私も。」
エリも頷く。
「あれでしょ信長、秀吉、家康。」
ククリが指を折る。
「あと江戸爆破。」
「エリお前馬鹿だなー。それを言うなら江戸幕府な?」
「幕府って?」
「えっ……それは……アレよ。江戸になんかすごい爆発が。」
「じゃあつまり江戸爆風?」
「そういうことよ!」
ククリが胸を張る。
「どうだよ天音!」
天音は布団へ顔を埋めた。
数秒間何も言わない。
そして。
「言葉にできませんね……。」
心底疲れた声だった。
「教育って本当に大事なんだと実感しました。」
「おっと、なんだか知らんが感心してるぞ。」
ククリは何故か誇らしげだった。
「まぁ良いです。聞いた私が馬鹿でした。」
天音は諦めた。
そのまま布団を被る。
しかし数秒後。
また顔を出した。
聞かなければならないことが残っている。
「それで。」
「ん?」
「ん。」
「結局あなた達はどうするんです。今後の身の振り方って奴ですよ。」
ククリは天井を見たまま答える。
「まぁアレよ。長秀のおっちゃんには恩があるからね。」
少しだけ真面目な声だった。
「頼まれたらある程度は仕事するつもり。」
エリも続く。
「私は特にする事ないし。勝家がやれって言ったらやるかな。」
「出てけって言ったら?」
「まぁ適当にぶらぶらする。」
天音は少し考える。
そして。
「……では。」
静かな声で聞いた。
「仮に信長が、罪のない子供を殺せと命じたらそうするんですか?」
ククリが目を瞬かせる。
ぱちぱちと。
「えぇ?」
心底不思議そうだった。
「ノブさんそんな事するの?」
「ノブさんて。」
天音が呆れる。
「まぁ仮にの話です。」
「んな事私はしたくないからノブさんにやめろって言う。」
「……やめそうになかったら?」
「ボコる。」
「ボコる!?」
天音が飛び起きた。
「当たり前だろ。」
ククリは平然としている。
「そ、そうしたら織田の全軍を敵に回すとしたら?」
「そしたら普通に全員ボコるが?」
当然のように言う。
「私は出来る。」
天音は黙った。
思い出していた。
撃鉄教。
信徒数万。
異能者軍団。
その頂点だった自分。
そして。
それを真正面から粉砕した少女。
「ああ……。」
天音は天井を見る。
「そういえばそうでしたね。そうやって撃鉄教は負けたんでした……」
ククリは少し考え込む。
「でもさぁ。」
「なんです。」
「ノブさんって理由なくそんな事すんの?」
「理由無くはしないと思います。」
天音は答える。
「逆に言えば理由があればやります。」
「じゃあその理由を解決すれば良いんじゃねーの?」
「簡単に言いますね。」
天音は苦笑した。
「こういうのは政治や地勢などが複雑に絡み合ってとても難しいんですよ。」
「まぁ私には難しいことは分かんないし。」
ククリはあっさり認める。
「見えないところまで考えられないし。」
そこまではいつものククリだった。
だが。
次の言葉だけは妙に真っ直ぐだった。
「でも。見えるところで起こる理不尽は私が全部破壊する。」
静かな声。
「誰がやろうが関係ない。んで、殺しもしない。」
天音は目を細めた。
「……どうやって?」
「どうやっても何も。」
ククリは即答した。
「自分より弱い奴なら殺さなくても止められるだろ。」
天音は返せなかった。
撃鉄教により何人も死んだ。
自分も殺した。
殺させた。
それを当然だと思っていた。
だがククリは違う。
殺すという選択肢を必要としていない。
『争いは同じレベルでなければ発生しない』とはなんの台詞だったか。
力のスケールの違い。
エリがぼそりと言った。
「流石、『ドールマスター』。協会のエース格は違うね。」
ククリが嫌そうな顔をする。
「その二つ名ちょっとダサくて好きじゃないんだよね。」
「じゃあ何が良いの。」
「お気に入りは『無限傀儡』。」
「そっちの方がダサい。」
「えー。」
天音は小さく笑った。
「……なるほど。」
そして目を閉じる。
「よく分かりました。常識が違いすぎて比較すら出来ない。」
ククリが笑う。
「天音は大変そうだな。見えないものまで見ようとして。」
天音は少しだけ眉をひそめた。
「……勝手に分かったような事を。」
「分かんないよ。」
ククリは欠伸をする。
「今日はもう寝な?よく飯食ってよく寝ないとそんな感じでドツボるんだから。じゃあおやすみ。」
言い終わった直後。
静かになった。
天音が顔を向ける。
ククリは寝ていた。
エリも寝ていた。
仲良くいびきをかいていた。
二人とも本当に一瞬だった。
「……えっ?もう?」
返事は無い。
規則正しい寝息だけが聞こえる。
天音はしばらく二人を見つめる。
やがて布団へ潜り込んだ。
「ハァ……。」
小さなため息。
「これじゃあ私の方が馬鹿みたいじゃないですか……。」
夜の岐阜城。
「でももしも。」
「あなたの力であっても殺す以外に止められない相手がいるなら。どうするつもりなんですかね、ククリさん?」
その呟きだけが静かに溶けていった。
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織田家で未来人たちが語り合うその頃、北近江・小谷城では別の異変が起きていた。突如現れた一人の少女は、武装した兵たちを瞬く間に制圧し、浅井長政すら手玉に取ってしまう。戦国の世へ現れた異能の少女は、敵か味方か。それとも、さらなる混乱の始まりなのか。
次回「浅井長政と鎖女」
新たな異変は、敵地にも現れる。
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