第9話 汝の殺意を肯定せよ
「それで、その後は。」
信長の問いに、天音は答える。
「撃鉄教が大きくなってしばらくした頃です。ある日、協会という組織が私たちを危険勢力と判断したらしく、拠点の一つを襲撃してきました。」
「お主らは迎え撃ったのか。」
勝家が尋ねる。
「当然です。向こうから来たんですから。」
天音はあっさり答えた。
「信徒たちも戦いましたし、私自身も前に出ました。結果としては撃退しましたね。」
長秀は内心で少し意外に思った。
教祖と聞けば後方で指揮を執る者を想像する。
しかし天音は違うらしい。
自ら戦場へ出る。
その辺りはむしろ武将に近い。
「ほう、勝ったのか。」
信長が面白そうに言う。
「ええ。一度は。」
天音は皮肉げに笑った。
「その後、協会は再度攻めてきました。今度は本気でしたね。私も迎撃に出ましたが……。」
そこでククリを見る。
「この子がいました。」
ククリは何故見られているのか分からない顔をしていた。
「んあ?」
「負けました。この阿呆面に。」
「誰がアホだって!?」
「正直言ってまだ納得出来てないですけどね。なんでこんなボケっとした子があんなに強いの……」
「誰がボケだって!?」
「うるさいですねちょっと黙ってください」
天音が遠い目をしながら続ける。
「ともかく、撃鉄教はそのまま崩壊。私は拘束されて終わりです。」
あまりにも簡潔だった。
だが長秀はそこに嘘は感じない。
むしろ必要以上に飾らない。
敗北すら事実として受け入れているように見えた。
「その娘はそれほど強いのか。」
勝家がククリを見る。
天音は少し考えた。
「強いですね。」
そして付け加える。
「正直、能力だけなら私より遥かに危険です。」
ククリが少し得意そうな顔になる。
「だろうね。」
「その感じで強いのが納得いかないんですよ。」
天音がため息を吐いた。
信長が興味深そうに考え込む。
確かに目の前の少女は、数万人規模の宗教勢力を壊滅させた人物には見えない。
「いやでもお前の能力のほうが正直言ってアレだと思うけど。なんか悪役の能力だもん。」
ククリは腕組みをしながら言った。
信長の顔が変わる。
「ほう、天音の力を知っておるのか?」
「まぁ実際戦ったし。」
「貴女さっきまで忘れてたじゃないですか。」
「もう思い出したんだよ!」
「ククリよ。貴様は天音の全力を見たのだな?その上で打倒したと。」
信長が身を乗り出す。
興味を隠そうともしていない。
長秀は内心でため息を吐いた。
主君は昔からこうだった。
未知の武具。
未知の戦術。
未知の人間。
そうしたものを見ると、危険より先に好奇心が立つ。
「まぁ手加減してる感じは無かったし多分そうなんじゃないの?」
長秀の額に青筋が浮かぶ。
「ククリ!あれ程言葉遣いに気をつけろと言っただろう!」
武家社会において礼儀は重要だ。
まして相手は信長である。
異能があろうが未来人であろうが、その点は変わらない。
だが当の本人は「ヤベッ」と気まずそうな顔をするのみ。呑気なものだ、普通なら打首である。
「はは!良い五郎左!こんな童に顔を赤くするものではない!」
信長は豪快に笑う。
そしてククリへ視線を戻す。
「して、天音の全力とはどのようなものだ?この娘、勿体ぶっておるのだ。空手より南蛮銃を取り出したところは見ているが、まさかそれが全力とは言うまい。」
天音は深々とため息を吐いた。
「はぁ……信長様、女子の秘密を本人の目の前で聞くものでは無いのでは?」
「そなたがそのような健気な女子でない事はもう分かっておるぞ。」
勝家が呆れたように言う。
エリも小さく頷いていた。
「あー、こいつの能力はマジでとんでもないよ?」
ククリが口を挟む。
「手から銃弾が出せるようになるの。」
「ほう。」
信長は頷いた。
「……それだけか?」
長秀も同じことを思った。
確かに危険だ。
だがそれだけならば、強力な弓兵や鉄砲兵と大差ないようにも聞こえる。
ククリは頷く。
「それだけ。」
そして続ける。
「なんかこいつの声を聞くと誰でも撃てるようになる。」
部屋の空気が変わった。
長秀は一瞬意味を理解できなかった。
誰でも。
今、誰でもと言ったのか。
「誰でも?他の誰でもそれができるようになると!?」
思わず声が出た。
それは武将として当然の反応だった。
鉄砲が強いのではない。
鉄砲を持つ者が増えることが恐ろしいのだ。
「爺さんから子供まで誰でも。いやあん時は苦労したねー。非戦闘員がいないんだもん。ぱっと見素手なのに急に指向けてバンだもん。しかも弾見えねーし。割と反則。」
長秀は思わず勝家を見る。
勝家も険しい顔になっていた。
戦国の常識では、戦える者と戦えぬ者は明確に分かれる。
武士。
足軽。
僧兵。
そうした者たちが戦う。
百姓や町人が戦うこともあるが、それでも武器や訓練は必要だ。
だが今の話は違う。
老若男女を問わず。
訓練も武器も不要。
誰もが兵になれる。
それは軍勢ですらない。
社会そのものが武装するという話だった。
天音が静かに補足する。
「正確には『殺意を抱いた相手に指を向けると不可視の銃弾が発射できる』能力ですね。これを私は他人に授与出来ます。」
長秀は息を呑む。
理解した。
これは危険だ。
戦場で強い能力ではない。
国を壊す能力だ。
信長も先程までの笑みを少し引っ込めていた。
「それはどのようにだ?」
「声を聞かせるだけです。」
天音は平然と答える。
「さっきのワード、『汝の殺意を肯定せよ』。これを聞かせるだけです。もっとも、私に能力授与の意思があって初めて発動するので録音とかでは無理ですが。」
長秀には録音という言葉は分からなかった。
だが重要なのはそこではない。
声だけ。
それだけで兵が増える。
武具が不要。
訓練も不要。
そんな軍勢が存在するのなら、一向一揆ですら可愛く見える。
長秀は内心で寒気を覚えた。
あのククリをして「とんでもない」と言わしめる訳だ。
協会とやらが撃鉄教を放置できなかった訳だ。
数万人の信徒がいたという話も納得できる。
話を聞くだけで異能が手に入るなら多くが飛びつくであろう。
信長はしばらく黙っていた。
そして。
「では今ここでも可能か?」
天音は頷く。
「ええ。」
少しだけ笑った。
その笑顔を見て。
初めて長秀は恐ろしいと思った。
魔性の笑み、とはこれを指すのか。
「欲しいですか?」
長秀は思わず信長を見た。
信長なら。
あるいは興味本位で受け取るかもしれない。
そう思った。
だが信長は腕を組み、少し考え込む。
そして。
「ふむ……一旦保留としておこう。」
そう答えた。
長秀は内心で安堵した。
主君もまた理解したのだろう。
これはただの武器ではない。
人を変えてしまう類の力なのだと。
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未来の話はひとまず幕引きへ。だが今度は信長の一言が、少女たちを思わぬ展開へ巻き込んでいく。戦いの因縁を越えた、一夜が始まる。
次回「授業中断」
今度の試練は、共同生活?
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