第2話 遠ざかる二人
山崎という男は、太陽のような奴だった。
誰に対しても物怖じせず、おちゃらけた冗談で場の空気を自分のものにする。
不器用で卑屈な今井にとって、山崎は親友であると同時に、決して超えられない壁のような存在だった。
なつみが練習に参加するようになってから、山崎の「観察眼」はさらに鋭くなった。
「おーい、雄二くーん。お前の視線、さっきから早川さんに固定されすぎだぞ。穴が開いちゃうだろ」
休憩時間、山崎がニヤニヤしながら肩を組んできた。今井は慌てて視線を落とし、手に持っていた台本に目を走らせる。
「……別に、そんなんじゃない。立ち位置を確認してただけだ」
「へぇー、立ち位置ねぇ。じゃあさ、そんなに気になるなら告白しちゃえば? お前ら、駅でも会ってるんだろ?」
今井は赤くなった。
「無理だよ。俺みたいな陰キャが、早川さんみたいな子に……」
「出たよ、お前のその『俺なんて』病。もったいねーな。じゃあさ――」
山崎はニッと白い歯を見せて笑った。
「お前が動かないなら、オレがもらっちゃってもいいわけだ?……まあ、ああいう子、嫌いじゃねーしな。」
冗談だろう、と今井は自分に言い聞かせた。いつもの山崎の軽口だ。
だが、その日を境に山崎は宣言通り、積極的になつみにアプローチを始めた。
練習の合間に飲み物を差し入れ、彼女が困っていれば駆け寄り、得意のジョークで彼女を笑わせる。
なつみも、山崎の屈託のない明るさに、よく笑っていた。
二人が親しげに笑い合っている姿を見るたびに、今井の胸の奥には、冷たく淀んだ感情が沈殿していく。
(やっぱり、山崎だよな。あいつみたいな奴のほうが、彼女にはお似合いだ)
自分は、駅でお札を交換してやるのが精一杯。
彼女を笑わせることも、気の利いた言葉をかけることもできない。
今井は次第に、練習に参加するのが苦痛になっていった。
舞台の端で、仲睦まじい二人を眺めているだけの自分。
その惨めさに耐えられず、彼の足は練習から遠ざかるようになった。
「今井、また帰るのかよ」
呼び止める山崎の声を無視して、今井は逃げるように校門を出た。
秋の日は釣瓶落とし。
駅へと続く道は、オレンジ色の夕闇に包まれ始めていた。
忘れ物をとりに学校へ戻る途中、ふと前方を見ると、見覚えのある二人の姿があった。
山崎と、なつみだ。
二人は並んでこちらに向かって歩いていた。時折、山崎が何かを言い、なつみが楽しそうに肩を揺らして笑う。
山崎の手が、なつみの肩に触れそうになるほど距離が近い。
今井はその場に釘付けになった。
心臓を冷たい手で握りつぶされたような衝撃。
「よう、どうした?忘れ物か?」
「うん」
今井はちらっとなつみを見た。彼女の目から、さっきの光が消えている。
「たまには練習出ろよな」
そう言うと、二人は道を進んでいった。
(……もう、付き合ってるんだろ)
あんなに明るくて、誰からも好かれる山崎。
なつみはあいつの隣にいるのがいちばん自然だ。
小さくなった二人の後ろ姿を、いつまでも見ていた。
(俺なんて、最初からいなかったのと同じだよな)
胸に広がる圧倒的な敗北感と、惨めさ。
夕闇の向こうから、また金木犀の香りが流れてきた。
あんなに甘かったはずのその香りが、今はただ、ひどく泥臭く、息苦しいものに感じられた。
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次回、第3章は明日の8時に公開予定です。引き続きよろしくお願いいたします。




