Ⅲ(3)オーダー
さきほどまでと同じように、向かい合わせでテーブルを囲んでいる。
違っているのは、テーブルの上にいくつかの物が増えていることくらいだ。
「この店で扱っているものについては、ご存知ですか?」
千晶さんの問いかけに、真込さんが答える。
「宝石花――宝化の力によって、宝石のようになった花、でしたか」
「ええ」
頷いた千晶さんは、テーブルの上に置かれたトランクのうちの一つを手に取った。
カチャ、と金具を外し、ふたを開ける。
中にあるのは四つの宝石花だ。
「――これは……見事ですね」
そう言って真込さんは息を吞む。
これまでに素晴らしい品を何度も見てきただろう彼の口からこういう言葉がでてきたということは、やはり客観的に見ても宝石花の美しさは飛びぬけているのだろう。
「ありがとうございます」
千晶さんはそう言うと、宝石花の入ったトランクを真込さんの方に向けた。
「お話を聞いて、僭越ながらいくつか候補を選ばせて頂きました。貴方の想いを託すに足りるものがあるかどうか――見て頂けますか?」
そう言ってまず指し示したのは、青紫の小ぶりな花だ。
「勿忘草――ですね」
真込さんがそう呟いてから続ける。
「彼女に花を贈ろうと思った時……僕の頭に真っ先に思い浮かんだのもこれでした」
その花の名前は、私も聞いたことがある。そしておぼろげながら、その花のもつ意味も――。
「『私を忘れないで』『真実の愛』……そんな意味をもつ花です」
千晶さんの言葉を聞いた真込さんは、勿忘草の宝石花を見つめたまましばらく考えこむような素振りを見せた。
「――次にこちら」
そう言った千晶さんが次に示したのは、華やかな赤い花弁の花だ。
「これはスイートピーです。花言葉は、 『門出』『私を忘れないで』『別離』などがありますね」
これも名前だけは聞いたことがあった。『門出』……。たしかに、結婚のお祝いにはふさわしい花かもしれない。
真込さんが、スイートピーの宝石花をじっと見つめている。
「そしてはこちらは、ハルジオンといいます」
続けて、千晶さんは細い花弁が特徴的な白い花を指し示した。
「花言葉は、『追想の愛』。………かつての愛を偲ぶ、という意味があります」
この花の意味するところも、真込さんの心情と近いものがありそうだ。なるほど、『想いを託す』というのは、こういうことなのか。
真込さんはやはり真剣な表情で、トランクの中の宝石花たちを見つめている。
「――この、隣の紫色の花も、ハルジオンですか?」
真込さんの問いかけに、千晶さんが首を振った。
「そちらはシオンです。名前もハルジオンとよく似ていますが、違う花ですよ」
ハルジオンの隣にあるシオンを示しながら、千晶さんは続ける。
「シオンの花言葉は、『あなたを忘れない』『遠くにある人を想う』『追憶』……」
これで4つの宝石花全ての紹介が終わったことになる。
真込さんはしばらくトランクの中にあるそれらをじっと見比べ、考え込んでいた。
しんと静まりかえった広間に、庭木の葉擦れの音だけが僅かに響いている。
枝が揺れるのに合わせて僅かに形を変えた木漏れ日が部屋の中に降り注ぐたびに、きらきら、きらきらと宝石花が光り輝いた。
その様子は、まるで――。
「……不思議、ですね」
真込さんはしみじみとした様子で言う。
「まるで、この花達が語りかけてくれているようだ」
真込さんが口にした言葉は、そのまま私が感じていたことだった。
「――ここに来るまでは……彼女がどうしたら私を……この気持ちを忘れないでいてくれるのか、と……そればかり考えていました。……怖かったんです。彼女との日々が、無かったことになってしまうのが」
だから、ここに来る前に既に勿忘草の名前が頭にあったのだろう。真込さんの状況を思えば当然のことだ。
「……だけど……そうじゃないんですね」
しかし言葉の続きで、真込さんはそれを否定した。
「私のことを忘れるかどうか……この恋をどう扱うかは……彼女が決めることだ」
言葉の端々からは自嘲のようなものが感じられる。
「そのことを、この……シオンの花が教えてくれました」
そう言って真込さんはぐっと視線を上げる。
シオンの花言葉は、『あなたを忘れない』『遠くにある人を想う』『追憶』。――それらの主語は、他でもない真込さん自身だ。
「私は、彼女のことを想う。私が、彼女のことを忘れない。……私が私の裁量でできるのは、それくらいのこと……なんですよね」
真込さんの言葉を聞きながら、千晶さんと蘇芳さんの表情を盗み見る。二人とも、穏やかで柔らかい笑顔を浮かべていた。
「――承知致しました」
千晶さんはそう言って、開いていた宝石花のトランクをぱたんと閉じる。
続いて、今度は蘇芳さんがもう一つのトランクを開いた。
中には、石がはめこまれる前のアクセサリー――指輪やネックレスはもちろん、イヤリングからかんざしまで――が所せましと並べられている。
「想いを託した宝石花を、どのような形でお渡ししたいですか? ここにないものでも、ご希望があればぜひおっしゃって下さい」
真込さんは、一度トランクの中をじっと見つめて、考え込んでいる様子だった。
「――彼女は……いつも長い髪を後ろでとめているんです。なんていうのかな、完全にまとめてるわけじゃないんですけど……」
うーん、と考え込んでいる真込さん。困っている様子に、思わず声がでた。
「ハーフアップ、っぽい感じでしょうか……?」
そう言って、ボブヘアーで無理やりハーフアップの形を作ってみせる。
「そう。多分それです。その、あげている髪をいつもとめている髪留めがあって……」
ハーフアップをとめるとしたら、シュシュで結ぶとか、クリップでまとめるとか、やり方は色々ある。
ちら、と千晶さん達の方を見たら、目が合った。二人が私を促すように、こくんと頷く。
「それなら多分、この中だと……」
私は開かれたトランクの中から、いくつかのヘアアクセサリーをピックアップする。
「――ああっ! これです! こんな感じの……」
真込さんがそう言って指さしたのは、楕円形をした昔ながらのバレッタだった。
「……ありがとうございます」
微笑みながら告げられた言葉で、また胸の奥に灯がともる。
とろけるように笑う千晶さんの顔も、「やったな」と言いたげな蘇芳さんの顔も、みんなみんなあたたかくて優しい。
「――こちらで……すすめて頂けますか?」
真込さんの言葉に、千晶さんと蘇芳さんがこくりと頷いた。
「もちろんです。……ご注文、しかと承りました」
千晶さんのかしこまった言いぶりに、自然と背筋が伸びる。
一瞬、室内が厳かな空気に包まれたように感じた。
「蘇芳」
千晶さんの呼びかけに頷いた蘇芳さんは、目を閉じながらテーブルの上で手袋をした右手をぎゅっとにぎり込む。
そこに灯った白い光には見覚えがあった。草花の魔法だ。
蘇芳さんがゆっくりと右手を開いていくのにあわせて、光が長ぼそい形に収束していく。
そして蘇芳さんの手の中には、シオンの花の束が残った。
形状としては、茎も含めて十五センチくらいの切り花だ。
蘇芳さんは様々な角度からシオンの花を検分すると、こくんと一つだけ頷いてから、それを千晶さんに手渡した。
シオンの花束を両手で支えながら、千晶さんが目を閉じ、大きく深呼吸をする。
千晶さんの手の中で生まれた白い光が、シオンの花束をゆっくりと包み込む。
やがて生まれた光の玉を、千晶さんの両手がそうっと撫でた。まるで彫刻を仕上げる芸術家みたいな手つきで。
やがて光の玉は小さな楕円形に形を変え、その輝きは徐々に薄れていく。
光が完全に消えた瞬間、千晶さんが小さくふう、と息をついた。まるで終わりの合図みたいに。
ほんの数十秒の出来事のはずだったのに、まるで何分もずっと見守っていたような感覚だった。
「――ご確認頂けますか?」
千晶さんはそう言って、手の中で輝く『それ』をジュエリートレイにのせ、真込さんの目の前に置いた。
銀色の楕円形をしたバレッタには、茎が絡んだような図柄の繊細な彫刻が全面に施されている。
派手になりすぎない分量で配置されたシオンの宝石花は、角度によって紫にもピンクにも見えた。
長く使えそうな、繊細で落ち着きのあるデザインだ。
「……綺麗ですね」
真込さんはトレイの上のバレッタを見つめながら、しみじみとした口調でそう言った。
「きっと……彼女にとてもよく似合います」
真込さんはそう言ったきり、ぐっと黙りこくってしまった。
千晶さんも、蘇芳さんも、もちろん私も、何も言わない。
「――こちらで……お願いします」
長い沈黙の後、真込さんはそう言って頭を下げる。
「……かしこまりました」
千晶さんはそう言って深く一礼する。
続けて頭を下げた蘇芳さんに、慌てて私もならった。
これが、商談成立というやつだろうか。
顔を上げた瞬間に見えた真込さんの顔は、痛々しげな部分もありながらどこかすっきりとしていて――私はそのことがなんだかとても嬉しかった。
――これが……宝石花店……。
この店の在り方は、花屋とも宝石屋とも違う。
だけどそれが心地いいと感じる自分がいた。
――こんなお店、見たことない……!
改めて、自分がものすごい場所で働いているのだということを実感する。
――私もあんな風に、誰かの心に触れられるんだろうか。
まだ何もできない、何ももたない、ただここにいるだけの私でも。
千晶さんと蘇芳さんと向かい合って、談笑している真込さん。
この店に来た時に背負っていた悲壮感は、いつの間にか八割くらいどこかに消えている。
こんな風に、誰かの肩の重荷をおろす仕事が、もしも自分にできたなら……。
「改めて……ありがとうございました。本当に、皆さんのおかげです」
そう言った真込さんが、千晶さんを見て、蘇芳さんを見て、その後……私を見る。
もちろん、目の前に三人並んでいたからっていうだけかもしれないし、私なんて二人のオマケにすぎないけれど。
くすぐったいような、あたたかいような気持ちが芽ぶいて胸の中で育っていく感覚は、私の中に忘れがたいものとして強く焼き付いていた。




