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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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Ⅱ(2)過去形

 それから約一時間。広間を埋め尽くしていた宝石花は残り三分の一程度といったところか。

 宝石花を敷き詰めたトレイを手に長距離を歩くのは、身体的にも精神的にもなかなか厳しいものがある。

 しかし、その苦労が一瞬にして報われるほどの美しい光景が、この中庭には広がっていた——。

 日の光を反射する草の緑に、咲き乱れる野花。カーペットのように広がるそれらを踏みしめながら歩いた先には、まばゆく輝く小さな建造物がある。

 世界史の教科書に出ていたクリスタルパレスを思い起こさせるような、ガラス張りの温室。その中にはまばゆい光を放つ宝石花が、所せましと並べられている。

 宝石花が陽の光を反射して、それを温室のガラスが反射して、中庭はもう比喩ではなく山盛りの宝石箱だ。

 眩しさに目を細めながら、トレイの上の宝石花をそっと温室の棚に並べていく。

 そしてまた広間へと戻る。その繰り返しだ。

 

 ◆


「――宝石花は、定期的に日にあててやる必要がある」

 広間への道すがら、私はこの往復を始めた頃に蘇芳さんから聞いた話を思い出していた。

「え? そ、そうなんですか?」

 その言葉を聞いた瞬間、気になったのは胸元のスミレのことだった。今も私の服の下にあるから、日陰はよくないのかと心配になったのだ。

「なにも年がら年中日にあててろってわけじゃねえ。ただ、アレだ」

 パソコンのモニターから視線をそらさずに、蘇芳さんは言う。

「普通の草花も、ずっとカビ臭いとこにいたら枯れちまうだろ? それと同じだ」

 よく考えたらその言葉は理屈とかそういうものを超越してしまっている気がするけど、その時は不思議と納得してしまった。

「な、なるほど……。たしかに、植物も人間も、ずっと日陰にいたらいやになっちゃいますもんね……」

 私が発した言葉に対して、蘇芳さんは何か言いたげだ。

「――そうだな。たしかに人間と一緒だ。健全に、健康に育つには……水、栄養、日光と——」

 そこで言葉を切った蘇芳さんは、私の方にふっと視線を向けて続けた。

「何がいると思う?」

「えっ!?」

 いきなりの質問に、少し動揺しながらも必死で考えを巡らせる。

「な、なんだろ……肥料……じゃないし……」

 ぶつぶつ呟く私に、蘇芳さんはわりとすぐに答えを与えてくれた。

「愛情」

「あいじょう……」

 思わず服の上からスミレの宝石花を握りしめる。まるでぎゅっとハグするみたいに。

 そんな私を見ながら蘇芳さんは、まるでどこかが痛いのを我慢しているような顔をしていた。

「蘇芳さんにも……」

 湧き出た疑問が、そのままするりと口をつく。

「『枯らしたくない想い』が、あるんですか?」

 赤みがかった瞳が、驚いたように見開かれた。

 少し考えあぐねた後、蘇芳さんは答える。

「――あった、の方が正しいな」

 彼の両目は再びモニターの方を向いていて、そこにどのような感情が浮かんでいるのかは読み取れない。

 だけど告げられた言葉が過去形であることの意味に気付けないほど鈍くはなかった。

 もしかしたら、蘇芳さんにも私と同じような過去があるのかもしれない。

「――その質問、頼むからアイツにはしないでくれよ」

 『アイツ』というのが千晶さんのことを指しているのだろうというのはすぐにわかった。

「……アイツはまだ、過去形で話せねぇから」

 私はその言葉を聞いて黙りこくってしまった。

 初めて会って母さんの話をした時、千晶さんはどこか心ここにあらずといった様子だった。

 あの時の千晶さんはもしかしたら、自分の過去に立ち返って、未だ癒えぬ傷口を眺めていたのかもしれない。

 

 ◆


 ――広間に戻ると、相も変わらず蘇芳さんはPCとにらめっこを続けていた。

 お客様が来る様子はない。気配もない。

 というか、この店に開店という概念はあるのだろうか?

 商品であろう宝石花を、全部百メートル先の中庭に運び出してしまっているのに?

「蘇芳さん……」

 私はおそるおそる口を開いた。

「このお店、お客さん来るんですか?」

 だいぶ直球の質問になってしまった。

 しかし蘇芳さんは気にした様子もなく、あっけらかんと答える。

「ごくまれにな」

「ごくまれに……」

 思わずそのまま復唱してしまった。

「――よくそれで経営成り立ってますね……」

 思ったことがそのまま口から出てきてしまうのは悪い癖だ。

 やっちまったと思いながら恐る恐る蘇芳さんの顔色を伺うも、彼の表情には寸分の変化もない。

「そもそも成り立たせる気がねぇからな」

 そして、なんてことのないようにそう言い放った。

「そっ、それってどういう……」

 私が彼の言葉の真意を尋ねようとした時、廊下と広間を繋ぐ扉が静かに開く。

「二人とも、お疲れ様」

 そう言って現れたのは千晶さんだった。

「千晶さんも、お疲れ様です!」

 先日と色違いのオックスフォードのシャツにチノパンといういで立ちだ。胸元ではミモザの花のブローチが優しい光を放っている。

「立花さん、初日はどう? 蘇芳にこき使われてなかったかな?」

 広間を奥に進んだ千晶さんは、空いている方のデスクにリュックをおろした。なるほど、ここが千晶さんと蘇芳さんのデスクワークエリアというわけか。

「いえいえ、とんでもないです!」

 投げかけられた問いに慌てて否定を返すと、蘇芳さんが可笑しそうに喉の奥で笑った。

「素直に言っていいぞ。温室まで何往復ぐらいさせたっけなァ?」

 その言葉を聞いて、千晶さんは慌てて言う。

「ええっ! いきなりアレをやってもらったの⁉」

「他に頼めるような仕事がねぇだろうが」

「でも……」

「いつまでもお客サマ扱いすんのが正しい雇用主の在り方か?」

「……」

 蘇芳さんの言葉に、千晶さんがぐっと押し黙る。

 しばらく沈黙した後、にこっと笑った千晶さんがこちらを見た。

「――たしかに……これから一緒に働くんだもんね。色々慣れてもらわないとだ」

 そう言うと、シャツの両袖のボタンを外し、おもむろに腕をまくる。

「見たところ結構進んだみたいだね。……ここからは一緒にやろうか」

 千晶さんは広間を横切って壁際に向かうと、据え付けられた棚から丁寧な仕草で宝石花を取り上げていく。

 私は慌てて空のトレイを片手に千晶さんのもとへ駆け寄った。

「ありがとう。助かるよ」

 千晶さんは短くそう言うと、手の中の宝石花をひとつひとつ私の持つトレイの上に並べていく。

 やがて私のトレイがいっぱいになった頃、見計らったようなタイミングで蘇芳さんがこちらにやってくる。

「ん」

 そう言って千晶さんに、空っぽのトレイを差し出した。私が貸してもらったのと同じ同じ木製のものだ。

「ありがと」

 千晶さんは微笑みを浮かべると、受け取ったそれにひとつ、またひとつと宝石花をのせていく。

「それじゃあ行こうか」

 大量の宝石花を携えながら、中庭に向かって歩き出した千晶さん。

「は、はいっ!」

 私も慌ててそれに続いた。急ぐけど、トレイをひっくり返さないよう、慎重に。

「……」

 蘇芳さんが、何かを言いたげにちらっとこちらを見る。けれど結局何も言わずに、そのままPCに視線を戻してしまった。

 私はただ、千晶さんに置いていかれないように必死で前に進む。

「大丈夫だから、ゆっくりね?」

 そう言って穏やかに笑う今の千晶さんからは、憂いの影を感じることはできない。

『……アイツはまだ、過去形で話せねぇから』

 それなのになぜだか、さっきの蘇芳さんの言葉が頭にこびりついて離れなかった。

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