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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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Ⅰ(3)お代

 私はひどく動揺していた。

 お城のような屋敷の中で、知り合ったばかりの男性二人と向かい合いながらハーブティーをたしなむ――そんなワンシーンが自分の人生に追加される日がくるなんて夢にも思わなかった。

 せめて少しでも落ち着こうと、カップから漂うハーブの香りを胸いっぱいに吸い込む。

 「せっかくお茶淹れたから、ゆっくりしていってね」という千晶さんの言葉に甘えてこうして座っているけれど、どうにもこうにも場違い感がすさまじいのだ。

 目の前でなにごとかを話し込んでいる二人を、改めてじっくり観察する。

 タイプの違う二人の美青年――蘇芳さんと千晶さんは、初対面の私にとてもよくしてくれている。……そんな彼らは、母さんと同じ魔法使いであるらしい。

 蘇芳さんがもっている、花を咲かせる魔法――《草花の力》は、母さんの手によって何度も見たことがあった。

 しかし千晶さんの、触れたものを宝石や貴金属に変えることのできる《宝化(ほうか)の力》は、見るのも聞くのも初めてだった。

 確かに、そういう能力なら商売にもなるのかもしれない。

 こんな立派なお屋敷を構えることができるくらいの――。

「――っ!」

 そこである一つの考えに思い至った私が、ガタンと勢いよく立ち上がる。

「わ、私……っ!」

 焦りのあまりどもってしまった。

 早口でまくしたてる私の頭の中では、ゼロのたくさんついた数字がぐるぐる回っている。

「お母さんと二人暮らしだったから、お世辞にもあんまり裕福とは言えなくて……! お母さんが遺してくれたお金もあるにはあるんだけど、なんか手続きが面倒臭いらしいし……っ!」

 どうしようと焦りながら、通夜に行った時のままのカバンから財布を取り出した。

 ぱかっとホックを開けた瞬間、焦ったように千晶さんが声をあげる。

「ストーップ!」

 制止の合図に手を止めて、私は恐る恐る二人を見た。

「――何かと思ったらそういう心配かよ」

 呆れた様子で言う蘇芳さんの傍らで、千晶さんがへにゃりと眉を下げた。

「いくらなんでも、高校生からお金を巻き上げたりしないよ」

 だからそれはしまっておいて、と言われても、ここで引き下がるわけにはいかない。

「で、でも……! これだけのことをして頂いて、お礼もなしっていうのは……」

 食い下がる私に、千晶さんはにこりと微笑みを浮かべる。

「してもらったじゃない、お礼。『ありがとうございます』って」

 たしかにそれはそうだけれど、いくらなんでも納得できない。

「それに僕らの目的は、お金を稼ぐことじゃあないから」

 千晶さんの声色から、その言葉に噓偽りはないように思えた。

 しかしそれならなお理解に苦しむ。

「――だって、ここは『お店』なんですよね? ……じゃあ、なんで、なんのためにこういうことをしているんですか……?」

 私は、うーと唸るような声で問うた。

「……単なる僕のエゴだよ」

 千晶さんはそう言ってふっと視線を逸らす。

 彼の答えは、言葉の内容もそこに込められた感情も、まるで私の想定の範囲外だった。

 それまでいつもにこやかに微笑んでいた彼が、初めて見せた皮肉げな表情(かお)――。

 そこにどのような感情が隠れているのか、私には読み取ることができなかった。

「――でも……」

 千晶さんからどのような答えが返ってきても、私の気持ちは変わらない。

 「受けた恩には報いなさい」というのは母さんの教えだ。

 年齢を理由にそれを怠るのは甘えだと思うし、それは私の主義主張に反する。

「……お二人に、お礼がしたいんです……!!」

 ぐっと拳を握りながらそう言うと、二人が顔を見合わせた。

「うーん……困ったな……」

 そう言って頬を掻く千晶さんの傍らで、蘇芳さんがぼそっと口を開く。

「――その制服、美里山高校だな」

「え、あ、はい」

 質問の意図がわからないまま頷いた。

「んじゃあ——俺の記憶が正しければ、校則的には問題ねぇはずだ」

 顎に手をやりながら、蘇芳さんは続ける。

「一応『店』といっちゃあいるが、まだまだ形ばっかだ。俺らも大学があるし、この仕事に割ける時間は限られてる」

 蘇芳さんはそう言って、トン、と人差し指で机を叩いた。

「とにもかくにも人手が足りねぇ。それも、魔法にビビらねぇ、理解のある人手がな」

 トントントン、と何度か硬質な音をたててから、蘇芳さんはちらりとこちらを見る。

「ちょっ……蘇芳、いくらなんでもそれは……」

 驚いた様子の千晶さんが、そう言って蘇芳さんをたしなめた。

 しかし蘇芳さんには、言葉を撤回するつもりはないらしい。

 そして私も、彼の言葉によって示された意図を汲みとれないほど鈍くはなかった。

「――わ、私でよければ……っ」

 口にしたことのない言葉を口にしようとして、喉の奥がぎゅっとなる。

「このお店で、働かせて下さい……っ‼」

 力んだ姿勢のままぎゅっと拳を握り、目をつむって、声を振り絞った。

「――うーん……」

 長いの沈黙の後、次に言葉を発したのは千晶さんだった。

 なんと言ったらいいのか考えあぐねているような様子で、視線を巡らせたり、腕を組みかえたりしている。

「いいじゃねぇか。お前だって困ってただろ」

「それはそうだけど……こんな風に言ったら断ろうにも断れないじゃない」

「俺は無理強いしたつもりはねぇぜ」

 そう言い合う二人に向かって、必死に言葉を振り絞った。

「――母さんがいなくなっちゃったから……どのみちバイトは探すつもりだったんです。それに……」

 これを言っていいものかーー少しだけ逡巡しながらも続ける。

「――魔法をみてると……なんだか母さんのことを思い出して……。だから……」

 うまく言葉にできない想いが、ぐるぐると渦を巻く。

 私が口ごもったことによって生まれた沈黙。

 それを破り、口を開いたのは蘇芳さんだった。

「高校生じゃあ、いいバイト先見つけるのもひと苦労だろうなァ」

 わざとらしい言葉と視線は、隣にいる千晶さんに向けられている。

「――そんなに心配なら、お前が給料で支えてやればいい。違うか?」

「……」

 渋い顔をして考え込んでいる千晶さんに、追い打ちをかける蘇芳さん。

「あ、あの……でも、もし千晶さんの気が進まなかったら……」

 無理に自分の意思を通すのもよくないと思い、弱々しくそう口にした。

「――気が進まないわけじゃないよ」

 千晶さんは静かに否定する。

「君のことは、なんだか……ひとごとのように思えないんだ」

 それは誰に向けられたわけでもない、独白のような言葉だった。

 千晶さんはきれいな顔を歪めて苦笑した後、観念したように息をつく。

「――中途半端なことはしない主義だからね。ちゃあんと面倒はみるから」

 その言葉の意味することを悟り、ハッと目を見開いた。

「それじゃあ……‼」

「――これからよろしく。立花さん」

 にこ、と微笑む千晶さんに、してやったりといった顔の蘇芳さん。

 急展開に次ぐ急展開に、自らの望んだこととはいえ脳みそがついていかない。

 ぽかん、と口を開けたまま呆けること数十秒。

「こちらこそ……っ、こちらこそ、よろしくお願いします……っ!!」

 私はそう言って深々と頭を下げた。

 勢い余って机にぶつけた額がごちん、と音をたてる。

 そこが確かにじわりと痛むのに、私は未だ、自分が体験している一連の出来事が現実であるということを実感できずにいた。

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