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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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Ⅰ(2)宝石花

 ひまわり、コスモス、色とりどりのチューリップに百合の花。

 この部屋はありとあらゆる花で埋め尽くされている。いや、『花の形をしたもの』と言ったほうが正しいだろうか。

 まるで生花のようにリアルな花弁の一つ一つが、ランタンの灯りを反射して光り輝いている。

宝石(ほうせき)花店(かてん)……?」

 訝し気に呟いた私に、栗毛の男性が笑みを深めた。

 白いオックスフォードシャツを着た彼の胸元には、小ぶりな宝石のついたブローチが輝いている。

 鮮やかな黄色をした丸い石は――ミモザの花のようだ。

「そう。あんまり聞いたことがないでしょう?」

 男性はゆっくりと、部屋の奥から私達の方に歩み寄ってくる。

「僕の名前は、(たから) 千晶(ちあき)。一応、この店の店主……ってことになるのかな」

 はにかむような笑顔とともに告げられた語尾は、どことなく自信なさげだ。

「それでそこにいるのが、花崎(はなさき) 蘇芳(すおう)。彼は――うーん、何て言えばいいんだろう……」

 次の言葉に至っては、語尾の辺りで自問を始めてしまった。

「共同経営者、だろ。何度も言ってるじゃねぇか」

 蘇芳さん――私をこの部屋に連れてきた男性――は、不満げにそう付け加える。

 「ごめんごめん」と微笑む千晶さんに食ってかかる蘇芳さんは、やはり初めて会った時と随分印象が違う。

「――あそこにある花たちは、どうやって生まれたと思う?」

 千晶さんの細くて長い指が、チェストの上の花瓶から一本の薔薇を抜き取る。

 それを使って指し示したのは、さきほどのひまわりやコスモスをはじめとした、この部屋を埋め尽くす花たちだ。

「どうやって……?」

「百聞は一見にしかず、ってね」

 そう言って微笑んだ千晶さんの指先に、ぽうっと白い光が灯る。

 ——そのあたたかくて優しい色味に感じたのは、懐かしさだった。

 光はゆっくりと薔薇の花全体を包み込み、やがて消えていく。

 そして千晶さんの手の中に残ったのは、まるでルビーのように輝く『薔薇の花のような何か』。

「これが宝石花(ほうせきか)。……っていっても、僕たちが勝手にそう呼んでるってだけだけどね」

 微笑みをたたえたままそう言って、千晶さんは宝石花となった薔薇を花瓶の傍らに横たえる。

「魔法……」

 私は呆然と呟いた。

「今の、魔法……?」

 千晶さんが見せた奇跡は、魔法という単語で説明するよりほかないようなものだ。

 そしてさきほど彼の指先に灯った光は、母さんが花を咲かせてくれる時に現れたそれによく似ていた。

「でも——魔法って、女のひとしか使えないんじゃあ……?」

 これまでに聞きかじった知識と、目の前の事実がうまく噛み合わない。

 訝しがる私に、二人は顔を見合わせた。

「――君、お名前は?」

「リカです。……立花リカ」

 千晶さんの問いにそう答えると、二人は一瞬息を吞んだ。

「なるほど、立花の家のお嬢さんか……」

 合点がいったという様子で、千晶さんが独り言のように呟く。

「お茶でもいれるよ。――聞かせてもらえるかな? 君の『枯らしたくない想い』のこと」

 色素の薄い琥珀の瞳が、まっすぐにこちらを向いている。

 ランタンの灯を映した両目は、まるで彼の作り出す宝石花のようにまばゆく、美しかった。

 

 ◆

 

 アンティークのテーブルを挟んで、千晶さん・蘇芳さんと向かい合う形で着席した。

 私の目の前には、湯気がたちのぼる花柄のティーカップが置かれている。

 ただよっている香りは、どこか清涼感があった。普通の紅茶ではなく、ハーブティーか何かだろう。

「――これ、です」

 私はそう言って、制服のポケットから例のケースを取り出した。

 透明なプラスチックの中で、今もいきづいているスミレの花。

「……先日、母が亡くなって」

 その言葉は、口にすると思っていた以上の重みがあった。

「……これはその時、最期に咲かせたもので……」

 説明する時くらい、落ち着いて話せるのではないかと思っていたけれどだめだった。言葉尻がどうしても涙で滲んでしまう。

 二人はただ、黙ってそれを聞いていた。しかし、気遣ってくれているのは視線で伝わる。

「――『草花』の力をもつ人間は、大体最期に花を遺す。そしてその花には、本人の強い思いが宿っていることがほとんどだ」

 私が落ち着いてきたのを見計らって、蘇芳さんが言った。

「……詳しいんですね」

「まぁ……俺も一応『そう』だからな」

 蘇芳さんはなんてことのように言い放つと、きゅっと右手で拳をつくった。

 ぽうっと白い光が灯って、消えて、ゆっくりと節くれだった指が開かれる。

「わぁっ……!」

 そこに咲いていたのは小さなたんぽぽの花だ。

「もしかして、蘇芳さんも……⁉」

 驚いて正面の蘇芳さんを仰ぎ見る。

「俺も一応『草花』の家系だ。お前とは遠縁の親戚ってことになるな」

 なんてことのないように言うけれど、その言葉によって私の中の謎は深まるばかりだ。

「あんたが言うように、俺らみてぇな男の魔法使いは珍しい。――が……」

 蘇芳さんは私の疑問に答えを与えつつ、さらに切り込んできた。

「そっちはそっちで、なにかしら事情がありそうだ」

 その言葉にドキリとする。魔女の家系に生まれたのに、魔法が使えない娘――通夜の時に遠巻きに私のことを見ていた、親戚連中の冷たい目を思い出した。

 しかし蘇芳さんは、それ以上私に質問を投げかけようとはしない。

「千晶」

 そして傍らの千晶さんの名前を呼ぶ。まるで眠りから揺り起こすような、柔らかい声だ。

 事実、千晶さんの心はここではないどこかへいってしまっていたらしい。ハッとした様子で、大きな目が見開かれた。

「……ごめん」

「――謝んな」

 小さく謝罪した千晶さんに、蘇芳さんはそう答える。

 数秒——いや、数十秒の沈黙の後、千晶さんがようやく口を開いた。

「スミレの花言葉って、知ってる?」

 その問いはおそらく私に向けられたものだろう。

「えっと……知りません」

「『謙虚』『誠実』……そして、『小さな幸せ』」

 どこまでも優しく光る千晶さんの瞳は、まっすぐにケースの中のスミレの花に向けられている。

「――幸せだったんだね。お母さんは、貴方と一緒にいて」

 そしてその目が、ゆっくりと私の方を向いた。

 どこまでも優しく、包み込むような光をたたえて、まっすぐにこちらを見つめている。

「ふっ……っ、く、うぅっ……」

 気が付けば再び、ぼろぼろと幾つもの涙が頬を伝っていた。

『わたしね、あなたのお母さんになれて、幸せよ』

 ことあるごとにそう言ってくれていた母の、無邪気な少女のような笑顔が蘇る。

「母さん……かあさん……っ!」

 縋るものがないから、ぎゅっと胸の前で両手を握りしめて泣いた。

 俯いた口元に拳を押し付けて、なるべく嗚咽が漏れないように。

 けれど、次々にこみあげてくる涙にそんなものはすぐ意味を為さなくなる。

 泣きじゃくる私の嗚咽は、三人で過ごすには広すぎるこの部屋を満たしてもなお止まることはなかった。


 ◆


「――すみません」

 涙でぐずぐずの顔でそう言うと、千晶さんは穏やかな声で「謝らないで」と返してくれた。

「――悲しい時は、その分だけ悲しむといいよ。そうすることしか、できない時もある」

 伏せられていた千晶さんの目が、ふっと私のことを真正面からとらえる。

「そんなひとのために、僕たちはいるんだから」

 そう言った彼の表情からは、先程までの(かげ)りのようなものが消えていた。

「――お願いが、あります」

 そう言葉にした時にはもう、私の気持ちは決まっていた。 

 二人にももう、わかっているのだろう。

 まるで初めからそうなるべくして出会ったかのように、自然な流れだった。

「これを……お母さんの花を、『枯れない花』にしてくれませんか?」

 私はそう言って、机に頭がつきそうなほどに頭を下げた。

「――顔をあげて」

 千晶さんの穏やかな声が聞こえた。

「君が望むなら、喜んでお応えするよ。だけど……本当に、いい?」

「宝石花にするってことは、少なからず『今と形が変わる』ってことだ。後から元に戻すことはできねぇ」

 二人の言葉に、私はこくりと頷いた。

「お願いします……!」

 二人は顔を見合わせると、こくりと頷いた。

「――それじゃあ、ちょっとお借りするね」

 千晶さんはそう言って、慎重な手つきでケースからスミレの花を取り出す。

 てのひらの上に、ちょこんとのった紫色の花。

 千晶さんが大きく息をついて、目を閉じた。

 しばらくすると、ぽうっと豆粒ほどの光が彼の手のひらに灯る。

 少しずつ大きくなったそれは、やがて右手全体を覆い、輝きだした。

 そして光は音もなく収束する。

 私はごくりと唾を飲み込みながら、千晶さんの手のひらの上をじいっと見つめた。

「……っ!」

 そこにあるのは、きらきらと繊細な光を放つスミレの宝石花だ。

「すごい……。本当に、綺麗……」

 感嘆の声をあげる私に、千晶さんはにこりと微笑みかける。

「ありがとう。……っていっても、僕は大したことしてないんだけどね」

 椅子から立ち上がった千晶さんは、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。

「宝石花が美しいのは、元になった花と……そこに至るまでの様々な想いのおかげだよ」

 そう言って、あらためて手のひらの中の宝石花をリカに示した。

 見ればみるほど美しい、深みのある色と輝きだ。

 思わずほぅ、と溜息をついたリカに、千晶が質問を投げかけた。

「学校って、校則厳しい方?」

「ええっと……そこまででもないですけど」

 質問の意図が理解できずに訝しがる。

 千晶さんはしばらく考え込んだ後、

「あなたが望めば……こういう風に形を変えることもできる」

 と言って、右の手を閉じた。

 彼がすうっと息を吸い込むと、再びその右手が数秒の間光に包まれる。

 次に手のひらが開かれた時、宝石花はあるものに姿を変えていた。

「これ……ネックレス?」

 スミレの宝石花をトップにした、イエローゴールドの華奢なネックレス。

「小さいし、チェーンを長めにしたから、学校の時でも服の下につけていられるんじゃないかな」

 千晶さんはそう言って、丁寧な仕草でネックレスをつまみ上げる。

 思わず出したてのひらの上に、ゆっくりとそれを置いてくれた。

 もっとひんやりするかと思ったけれど、存外肌になじむ。

「もちろん、いつでもさっきの形に戻せるよ」

 私を安心させるように、千晶さんは言った。

「だけど……こうしたら、いつでも一緒にいられるかなと思って」

 その言葉に、ふっと心が軽くなる。

 ――母さんと……いつでも、一緒に。

 私は不器用な手つきでネックレスのヒキワを手に取り、首の後ろにまわす。

 スミレの宝石花は、鎖骨よりも少し下におさまる格好になった。

 本来冷たいはずのそれが温かく感じられるのは、きっと錯覚なんだろうけど——。

「ありがとう、ございます……!」

 そう言ってもう一度、深々と礼をする。

 きゅっと握りしめた胸の上の宝石花は、こころなしかほんのりとあたたかいような気がして——その感覚が、私の心を少しだけ軽くしてくれた。

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