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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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V(6)真実の断片

 私が先日の体験の一部始終を話している間、浅葱さんは微動だにせずまっすぐに私のことを見つめていた。

「みもざさんは、言ってました……。『あのひとに、伝えて』……『もう、泣かなくていいんだよ』って」

 けれど私が受け取った伝言を口にすると、おもむろにその右手が動く。

「……そうかい」

 ティーカップを傾けながら短く告げられた言葉には、どんな感情が込められていたのだろうか。

 浅葱さんの表情は、カップに隠れていてここからではわからない。

 ――『あれ』から三日が経ち、浅葱さんから「魔道具の用意ができた」と連絡が入った。

 例の、余分な魔力を吸い取るという魔道具のことだ。

 そして千晶さん達も、浅葱さんから依頼を受けた品が用意できたとのことだったので、こうして顔を合わせることになった。

 いつものようにお客様用のテーブルの片側に浅葱さん、それに向かい合う形で千晶さん・蘇芳さん・私の三人が並んでいる。

「――話してくれて、ありがとうね」

 カップをソーサーに置きながら、浅葱さんは言った。

 カチャンという硬質な音の後、凪いだ海のような沈黙が訪れる。

 その場にいる誰もがみな、もうここにいないみもざんに想いを馳せ、祈っていた。彼女の眠りが安らかなものでありますようにと。

「――ようやくわかっただろう。誰もお前を恨んじゃあいないって」

 浅葱さんのその言葉は、真っすぐに千晶さんに向けられていた。

「……それでも……」

 千晶さんの声はいつになく弱々しい。

「それでも僕は、僕を許せません……」

 机の上でぐっと握られた拳がふるふると震えている。

 隣に座った蘇芳さんは、その手をじっと見つめながら、何事かを考え込んでいるようだ。

「滅多なこと考えんなよ。お前に何かあったら、そこの二人が路頭に迷うんだからなァ」

 冗談ぽい口調で誤魔化してはいるけれど、それは浅葱さんからの真剣な忠告――いや、お願いだったんだと思う。

「……そんなこと、しませんよ」

 さきほどに比べて、千晶さんの声には幾分か声にハリが戻っている。

「今の僕にも……守るべきものはありますから」

 そう言って両隣の私と蘇芳さんを見てから、少しだけ微笑んだ。

 ――もしかしたら私は、飛んで行ってしまいそうな千晶さんをここにとどめるための、ちっちゃな重しくらいにはなれたのかもしれない……。

「そうかい」

 ぎゅっと目を細めながら、浅葱さんは笑う。まるで眩しいものを見ているような顔で。

「じゃあ、この話はもう終わりだ」

 そう言うなり、浅葱さんは隣の椅子に置いてあった大きなカバンに手をかけた。

「――これが、お嬢ちゃんへのみやげだ。ちょっと試してみてもらえるかい?」

 そう言って差し出されたのは、手のひらにのりそうなサイズの小さな箱だ。

 パカッと開いた蓋の中からのぞいているのは、銀色の太いリングだった。

 「いいんですか?」と浅葱さんに目で確認したら、こくりと頷かれた。

 私は恐る恐るリングを手にとり、指にはめてみる。小指、薬指と順番に試し、結局人差し指に落ち着いた。

 ぽうっとリングが白い光を放つ。柔らかくあたたかい色味のそれは、魔法由来のものだろう。

 ここで働きだしてからまだそんなに経っていないというのに、すっかり見慣れてしまった。

 ――浅葱さんは、私の指に灯った光を見て何事かを考え込んでいるようだ。

「どうかしたんですか?」

 千晶さんが私の心の声を代弁してくれた。

「いやぁ……おかしいと思ってな」

 顎に手をやり首をひねりながら、浅葱さんは続ける。

「この間茶ァ淹れた時以降、魔法を使ったり、魔道具を使ったりはしてないんだよなァ?」

「は、はい」

 念を押すような浅葱さんに、慌てて頷く。

「今日の感じを見てみると、ポットからあんだけ湯をあふれさせたヤツの魔力量には見えねーな」

 浅葱さんの言葉をそのまま受け取ると、魔力の暴走=命の危険が遠ざかっているという意味に聞こえる。 

「それは……喜ばしいことなんじゃ……?」

 そう尋ねるも、浅葱さんは首を捻るばかりだった。

「だがなァ……なーんかおっかしいんだよ……」

 俯いて考え込みながら、ぶつぶつと思考を整理しているらしい浅葱さん。

「魔力の湧出量は日々変化するが、一度湧出した魔力が何もしないうちに消えることはねぇ。つまりは……どこかで魔力を消費した可能性が……?」

 そこまで言って、ハッと何かに思い至ったように顔を上げる。

「――嬢ちゃん。さっき話してくれたことについてなんだが」

 唐突にそう切り出されて、身構えながらも浅葱さんの言葉の続きを待った。

「みもざの過去にふれた時、『白い光を見た』とか『白いもやがあった』とか言ってたな?」

「は、はい……」

 頷くと、再びみもざさんが深く考え込む。

「――千晶。みもざの手帳、見せてくれるか」

 そして今度は、千晶さんに向かって真剣な声でそう言った。

 千晶さんはこくりと頷くと、書棚から黄色い背の手帳を持ち出してくる。

 「――何の変哲もない普通の手帳だ。もちろん魔道具でもない」

 浅葱さんの声と顔が、どんどん険しいものになっていく。

「……だったら」

 そこでパッと顔を上げ、今度は私の目を真正面から見つめる。

「嬢ちゃん。……千晶の胸元に、ブローチがついてるだろう? それに触ってみてくれないか?」

「えっ……でも……」

「いいから!」

 ただならぬ様子の浅葱さんに根負けする形で、私は千晶さんの方に身体を向ける。

「い、いいですか……?」

「――うん」

 頷く千晶さんに促されるように、私は右手をそっと千晶さんの右胸にとまっている黄色いーーミモザの花のブローチに触れた。

 途端にパァッと、辺りは鮮烈な白い光に包まれる。

 ――黒いスーツに身を包み、うなだれている千晶さん。

 そこにやってきたのは、喪服に身を包んだ浅葱さんだ。

 白い壁に囲まれたここはおそらく通夜の会場……。

 私はどうやらまた、在りし日の光景を覗き見ているようだった。

「――あんたが、宝 千晶か」

 浅葱さんがそう声をかける。

 しばらく逡巡した後、頷く千晶さん。

「――このたびは……」

 そう言いかける千晶さんの眼前に、浅葱さんは『あるもの』を突き出した。

「枯らすなよ」

 それは、一輪のミモザの花。

 一瞬にして私の中に、みもざさんが亡くなった時の光景が思い起こされる。

 どうしてか私は確信した。あれはみもざさんが遺した花だ。

 ――そして千晶さんも、それは同じだったのだろう。

「ありがとう……ございます……」

 千晶さんはみもざの花を抱きしめて泣き崩れる。

 みもざさんの遺した花が枯れてしまうことのないよう、宝石花に変えた千晶さん。

 そこからまるで走馬灯のように、場面がパッパッと切り替わっていく。

 ふさぎこんでしまった千晶さんが、大学を休学したこと。

 アパートの部屋にひきこもってまともに外に出ることがなくなったこと。

 様々な情報が、視覚を通してだけでなく、頭に直接流れ込んでくる。

 ずっと薄暗かった千晶さんの部屋に、不意に刺しこんだ一条の光。

「――宝 千晶だな」

 そう言って現れたのは蘇芳さんだ。

 突然の出来事に目をむく千晶さんに、蘇芳さんは言い放つ。

「あんたに仕事の依頼だ」

 そうして蘇芳さんは語り出した。

 蘇芳さんが咲かせた花を、千晶さんが宝石花にして売る。

 現在のアリーヴェデルチの商売の形を。

「……そんなこと、許されるわけ……」

 千晶さんが強い抵抗を示したのは、倫理的な問題だろうか。

 しかし蘇芳さんはあくまで強気だ。

「許す、許さないの問題じゃねぇ」

 断定的な口調に、気圧(けお)される千晶さん。

 そして蘇芳さんは静かに言った。

「――世の中に、枯れない花に救われる奴はごまんといるだろうさ。例えばお前みたいにな」

 まっすぐに千晶さんを見つめる赤い瞳。その目は、千晶さんの手に握られているミモザの宝石花に注がれていた。

 またも場面が切り替わる。

 蘇芳さんの申し出を受け入れたらしい千晶さんは、ミモザの宝石花をブローチに変えた。

 そして歩きだす。アパートの暗がりを飛び出して、ここ、宝石花店アリーヴェデルチへと……。

「……っ!」

 パァンと再び白い光が眼前を覆い、次の瞬間には屋敷の広間に『帰って』きていた。

「――何か、見えたんだな?」

 浅葱さんの言葉に、やっとのことで一度だけこくんと頷く。

「……大丈夫?」

 千晶さんが、用意していてくれたらしい水をそっと手渡してくれた。

 こくりと嚥下すると、少し身体から力が抜ける。

「――やっぱりか」

 そう口にする浅葱さんの視線は、真っすぐに私の右手人差し指……魔力を吸い取る魔道具に向けられている。

 指輪が放っている光は、さきほどまでより格段に弱い。

 そのことが何を意味しているのか私にはわからなかったけれど、浅葱さんは何かに対する確信を深めたようだった。

 私の呼吸が落ち着いたタイミングで、厳かに宣言する。

「お嬢ちゃんはなぁ、もう魔法を使ってるよ」

 浅葱さんの言葉に、私は自分の耳を疑った。

「ただ、嬢ちゃんの家に伝わる『草花』の魔法じゃない。……おそらくは、物を媒介にして過去を()る力……」

 静かに語る浅葱さんの口調は冷静そのもので、とても『ウソですよね?』なんて言える空気じゃない。

「でも……普通は、その家に伝わる魔法しか使うことができませんよね?」

 私の疑念のうちの一つを、千晶さんが言葉にしてくれる。

「ああ。『普通』はな……。だからこれから色々調べる必要がでてくるはずなんだが……」

 浅葱さんはそう言って、真っすぐに私の方を見た。

「そこから先に踏み入るには、お嬢ちゃんの許可と覚悟がいる。……嬢ちゃんは……知りたいかい? 自分の中にある魔力が、どのようにして、どこからきているのかを」

 浅葱さんだけでなく、千晶さんと蘇芳さんの視線が私に集中する。

 ごくり、と唾を飲み込み、しばらく考え込んでから……私は答えた。

「知りたい……です」

「――わかった」

 私の回答を受け止めた浅葱さんは、そう言ってニッと笑った。

「だったらまかせろ。必ず何かを掴んでみせるさ」

 カラッと明るく、とても頼もしい笑顔だ。

「……とりあえず今の段階では、魔力の暴走はさほど心配しなくてもいいだろう。ただ、どっちかっていうと、意図せず突然魔法を使っちまった時の方が怖いな。……だからとりあえず、それは貸しておく。つけておけば魔力を吸い取ってくれるから、魔法が発現することも減るはずだ」

 それ、と言って浅葱さんが指さしたのは、魔道具のリングだ。

「ありがとうございます……」

 そうお礼を言いながらも、私は不安でいっぱいだった。

 どうしたら魔法が発現するのかもよくわからないのに……。

 もしも意図せず誰かの過去を盗み見てしまったら……?

「だぁいじょうぶだ」

 浅葱さんが、そんな私を安心させるように大きな声をあげた。

「嬢ちゃんにはこいつらがいる」

 千晶さんと蘇芳さんが、見るからに不安な顔をしているだろう私を安心させるように微笑んでいる。

 そうだ。私は……ひとりじゃない。

 だからといって全てが解決するわけではないけれど、その事実は私の心を少しだけ軽くしてくれた。

「――じゃあ、この話もとりあえずここまでだな」

 浅葱さんがそう言うと、こくりと頷いた千晶さんと蘇芳さんが席を立つ。

「では、ご依頼の品をお持ちしますね」

 千晶さんはそう言うと、蘇芳さんと連れ立って廊下の奥に消えて行った。

 広間に残された私は、気になっていたことを浅葱さんに聞いてみた。

「――……さっき、何を見たか……聞かないんですか?」

 私の質問に、浅葱さんは微笑を浮かべながら答える。

「……大体わかるさ。少なくとも、ここにいる連中にはね」

 その言葉には、三人で乗り越えてきた――あるいは乗り越えようとしている苦しみに対しての、感慨のようなものが込められている。

 しん、という数十秒の沈黙ののちに、浅葱さんは語り出した。

「みもざはね、いつもいつも、そりゃあ楽しそうに千晶のことを話してたんだ」

 赤い瞳が、優しい光を宿しながら遠くを見ている。

「あいつ――蘇芳もそれをずっと聞いていてね。みもざが亡くなった時に咲かせた花と、部屋いっぱいにあった宝石花を見て……千晶に興味をもったらしい」

 懐かしむような顔には慈しみがあふれている。そこに恨みや後悔といった負の感情は見受けられない。

「だが、いきなり殴り込んで引っ張り出してくるとは思わなかった。あたしもそりゃあびっくりしたよ」

 カラカラと可笑しそうに笑いながら、浅葱さんは続ける。

「もともと千晶はそこまで魔力は強くなかったらしいけどね。今は蘇芳にも負けず劣らずの無尽蔵さだ。だからこうやってちょくちょく魔力を使わせないと、なにかと危なっかしくてね」

 浅葱さんの視線が、遠くにあるここではいどこかから現実に戻ってくる。

「――この店は、千晶をこの世界に繋ぎとめておく鎖でもある」

「……」

 私の頭の中には、アリーヴェデルチを作った目的を尋ねた時に蘇芳さんが返した煮え切らない返事が蘇っていた。

 『枯れない想い』を形にすることによって、どこかの誰かを救うこと――。

 魔力の消費によって、千晶さんと蘇芳さんを救うこと――。

 そして、未だに後悔の中で生きている千晶さんを現実に繋ぎとめること――。

 この店には幾重もの意味がある。そしてそのどれもが、ひとつとして欠けてはならない……。

「お待たせしました」

 そう言って、千晶さんと蘇芳さんが広間に戻ってくる。

 手にはトランク型のケースが一つだけ。

「ご確認頂けますか」

 そう言って、テーブルの上でケースを開く。

 そこにあったのは、美しくも可憐なミモザの宝石花だった。

「――確かに」

 美しく輝く黄色の花をひとしきり見つめた後、浅葱さんはそう言って頷く。

 千晶さんは手袋をした手で丁寧にそれを白い箱におさめた。

「すぐ家に飾るから、ンなに気にすることないんだがなぁ」

「……それじゃあ、僕の気がすみませんから」

 千晶さんはそう言って、今度は箱の外側に淡い黄色のリボンをかける。

 ていねいにていねいに結ばれたそれは、華やかに白を彩った。

「さぁて、それじゃあ行くかね」

 浅葱さんはそう言って立ち上がる。

 次いで、千晶さんと蘇芳さんも。

「お嬢ちゃんも、来るかい?」

 唐突な質問に、思わずぽかんと口を開ける。

「――お前さんにもおそらく、来てほしいんじゃないかと思う」

 そう言う浅葱さんがひどく真剣な目をしていたから、私は思わずうなずいてしまった。

 あれよあれよという間に、私達は屋敷を出て、浅葱さんの車に乗り込む。

 向かう先がどこなのかは、全くわからないままだった。

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