Ⅴ(7)光差す
辿り着いたのは、アリーヴェデルチのあるお屋敷と雰囲気が似た、けれどもうひと回りくらい小さなサイズの洋館だった。
とはいえ、ここも立派な豪邸であることは間違いない。
白い壁には緑の蔦が這い、鮮やかなオレンジ色の花が咲いている。
門をくぐれば、庭一面に美しい季節の花々。ふと目をやると、蘇芳さんと浅葱さんが、薔薇の育成具合について、ああでもないこうでもないと意見を交換している。
「こ、ここは、一体……?」
困惑する私を見て、千晶さんがこそっと教えてくれた。
「ここは、浅葱さんのお家だよ」
そう聞いて合点がいった。
そりゃあお庭が立派なはずだ。この花たちの中のどれだけが、草花の魔力によって咲かせられたものなのだろう。
「やぁ、悪い悪い。さぁ、入ってくれ」
蘇芳さんとの話がひと段落したのだろうか。浅葱さんがそう言って玄関のドアを開けてくれる。
それに続いて蘇芳さん、次に千晶さん、最後に私がお邪魔する形になった。
家の中も天井が高くて気持ちいい。至る所にある緑もあいまって、とても居心地のよさそうな空間だった。
「こっちだ」
そう言って浅葱さんは、上に向かう階段を上がっていく。
いつの間にか用意されていたスリッパをはいて、私達もそれに続いた。
長い廊下を歩き、突き当たりの部屋へたどり着く。
浅葱さんがドアを開き、中へと私達を招き入れた。
「わぁ……っ!」
――そして中に入った瞬間、息を吞む。
そこに広がっているのは、まるでこの世のものとは思えないほどの美しい光景だ。
天井や壁のいたるところで、きらきらとまばゆく輝く黄色、黄色、黄色。
……注視しなくてもわかる。ミモザの宝石花だ。
そして窓際の一番明るいところに、一枚の写真が飾ってある。――みもざさんのものだ。
「――ただいまー。帰ったぞー」
浅葱さんが、みもざさんの写真にそう声をかける。
「……ほら、お嬢さんにも来てもらったんだ。お前、この子のこと気に入ったんだろう?」
そう言って浅葱さんが私の方を見る。私は戸惑いながら、ゆっくりと写真立てに向かって歩み寄った。
「――あの時は、ありがとう、ございました。……ちゃんと、お伝えしましたので……」
「なんか固ぇなァ!」
ぎこちなく話しかける私に、浅葱さんが笑いかける。
「――それにしても……そうかァ、もう2年も経つか……」
しみじみと呟いた浅葱さんは、白い箱のリボンを丁寧にほどく。
中から取り出した宝石花を、写真立ての傍ら、一番近くに置いた。
「長かったような、短かったような……なんかもう、よくわかんねぇなぁ」
浅葱さんはみもざさんに語りかけながら、箱にかかっていたリボンで器用に写真立てを飾る。
「でもまぁ……みんな、なんとかやってるよ」
そう言って蘇芳さん、千晶さんを順々に見る浅葱さん。
「だから、まぁ……心配すんなよな」
そう言って、写真立てをいとおし気にそうっと撫でる。
しばらくそのふちに手を置いたままじいっとしていたけれど、やがて浅葱さんは立上がり、私たちの方を振り返った。
「今年もありがとうな。また頼むよ」
恐らくは、定期的にこうやってミモザの宝石花を用意しているのだろう。
それはきっと弔いのためでもあり、遺されたひとたちのためでもある。
私は部屋を立ち去る前に、振り返ってもう一度みもざさんの写真を見た。
優しい微笑みをたたえているみもざさんは、あの時私が見たのとそのまま同じ姿をしている。
あの写真立ては、きっと幾度となく浅葱さん、蘇芳さん、千晶さんの心を救ってきたのだろう。
そしてそれは、周りを飾っている宝石花もきっと同じだ。
あの輝きや美しさに触れることで、救われるひとがいる――千晶さん達に出会った時の、私のように。
タンタンタン、と階段を降りながら、私は無意識に胸元のスミレに触れる。
――ねぇ、母さん。いつからだっけ。朝起きた瞬間、絶望しなくなったのって。
一階に降りると、吹き抜けにある天窓から明るい陽が差し込んでいる。
まるで漫画みたいな『希望』の演出だ。でもあながち間違ってはいない気がする。少なくとも、今の私の気分には結構マッチしていた。
◆
「茶でも飲んでいきゃあいいのに」
そう言う浅葱さんの運転する車に揺られて、アリーヴェデルチまでへの帰途を辿っている。
「すみません。この後約束があって……」
千晶さんの言う『約束』は、おそらく商談のことだろう。
「繫盛してんねぇ」
浅葱さんはカラカラと笑った。今の私にはその声だけで、彼女がまるで自分のことのように喜んでいるのがわかる。
「まぁ、お前たちはもうよくやってるからさ。あまり気張らずいけよ」
優しい声がそう言うのと同時に、車が止まった。屋敷に着いたのだ。
「ありがとうございます」
千晶さんがそう言って車から降りる。蘇芳さんが無言でひらりと手を振って、それに続いた。
私も慌てて車から降りようとした時、浅葱さんが制止の声をあげる。
「ちぃっと待ってな」
そう言って、ダッシュボードから何かを取り出した。おそらく毬だろうか。千代紙で作られているが、非常に精巧な出来だ。
「澪から、お前さんへ」
「!」
突然飛び出した予想外の名前に目を見開く。碓氷さんが、これを――私に?
「あの子、面倒見いいもんだからチビ達から引っ張りだこでさぁ。折り紙だのなんだので、たくさん遊んでくれんだよ」
意外な一面――と一瞬思ったが、よくよく考えるとそうでもなかった。
きっと口では起こりながら、色々優しく教えてあげているんだろう。その光景が目に浮かぶようだ。
「毬ってどうやら縁起物らしくてな。『せっかく作ったし、捨てるのももったいないから』だとさ」
その台詞を言っている碓氷さんの姿も容易に想像できる。
……想像したのと同時に胸が熱くなって、ちょっと泣きそうになってしまったのは内緒だ。
「――覚えときなよ。お前さんはな、もう既にどっかの誰かを救ってんだ」
浅葱さんは、千代紙の毬を私の手に置いて、刻みつけるように言った。
「無理に頑張ろうとするんじゃねぇぞ。心の赴くままに進めば、きっとそれでいい」
そう言って微笑んだ浅葱さんの顔に、なんとなくぼんやりとお母さんのそれが重なって見えた。
「――魔力について、何かわかったらまた連絡する」
最後にそう言い残して、浅葱さんの車は走り去っていった。
私は千晶さん達を追いかけることも忘れて、手の中の毬をじっと見つめる。
こんこんと、お腹の底から何かあたたかいものが湧き上がってくるような感覚。
さっき浅葱さんの家でさしてきた光にも似た、まぶしくて優しい何かが、私の内側をゆっりと満たしていくのがわかった。
私は屋敷の門に向かってゆっくりと歩きだす。軽やかに、でもしっかりと地面を踏みしめながら。
「立花さーん!」
玄関の前で、千晶さんが手を振っている。私のことを待っていてくれているんだ。
「はい! 今行きます!」
そう答えると、一目散に駆けだした。
私がいることが当たり前だと思ってくれている、かけがえのない二人のところへ。




