表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/26

Ⅴ(5)もしもの向こう側

「――い、おい!……大丈夫か!?」

 私の意識を引き戻したのは……蘇芳さんだ。珍しく切羽詰まった声をあげながら、私の顔を覗き込んでいる。

「――蘇芳、さ……」

 喉が異様に乾いていて、うまく声がでない。

「無理に喋んな」

 蘇芳さんはそう言うなり、くるりと(きびす)を返してどこかに姿を消した。

 次に戻って来た時に彼が手にしていたのは、カップに入った水だった。

「飲めるか」

 問いかけにこくりと頷いて、カップを受け取る。持ち手を握る右手は、ふるふると僅かに震えていた。

 一口水を飲み下すと、心がすうっと落ち着くのがわかる。

 蘇芳さんは私の手からカップを受け取ると、デスクの上に置いた。

 どうやら私は、千晶さんのデスクの横で倒れてしまっていたらしい。

 一体どうして……と記憶をたどり出したタイミングで、蘇芳さんが尋ねた。

「何があった」

 険しい顔つきに、さきほど見た夢の――いや、過去の中の蘇芳さんの姿が重なる。

「――光ってたんです……その、手帳が……」

 まだうまくまわらない頭で、必死に言葉を選び出す。

「そうしたら、私……知らないうちに、どこかにいて……」

 要領を得ない私の説明の続きを、蘇芳さんは辛抱強く待ってくれている。

「みもざさんが……笑ってました」

 その一言に、ハッと鋭く息を吞んだのが伝わって来た。

「千晶さんも……すごく、楽しそうで……。でも、みもざさんは……」

 言葉を詰まらせる私を見ている蘇芳さんも、沈痛な面持ちだった。当たり前だ。束の間彼女の人生を垣間見た私なんかよりも、弟としてずっと傍にいた蘇芳さんの方が……。

「――お前が何を見てたのかは……大体わかった。原理はさっぱりだがな」

 蘇芳さんはそう言って、短く息をついた。

「とにかく、落ち着け。そのまま取り乱してると、お前まで危ない」

 蘇芳さんはそう言って、床に座り込んだままの私の横にどっかりと腰をおろす。

「危ないって、どういう……?」

 首を傾げる私の質問に、蘇芳さんが小さく息をつく。

「魔力の暴走には、共通する一つのトリガーがある、ってデータがあってな。――それが……『感情の爆発』だ」

 蘇芳さんはあくまで淡々としている。そんな風に話せるのは、おそらく様々な感情を全て乗り越えてきたからだろう。

「強い一つの感情に囚われるとな……魔力が一時的に増えたりするんだと」

 そこから私に言い聞かせるような口調になった。

「だから、なるべく感情を昂らせるな。特に今はな」

 蘇芳さんの言葉は今の私に向けられたものだったのに、私の頭の中を占めているのはみもざさんのことだ。

 みもざさんが体調を崩した理由……それが『感情の爆発』なのだとしたら――。

 あの時みもざさんの心を埋め尽くしていた強い感情なんて、一つしか思い当たらない。

 でも、もしそれが真実なのだとしたら、なんて悲しい、なんて残酷な――。

「余計なこと考えてんなよ」

 蘇芳さんがそう言って釘をさす。

「――なんでとかどうしてとか、ンなもんは全部どうでもいい。そんなクソつまんねぇこと考えるようなヤツは……悪趣味な立ち聞き野郎だけで充分だ」

 言い放たれた言葉と同時に、音もなく広間の扉が開いた。

 姿を現したのは――千晶さんだ。

「……いつから気付いてたの」

「さぁな」

 ばつの悪そうな表情を浮かべる千晶さんに、飄々と肩をすくめる蘇芳さん。

「千晶さん……! 具合、大丈夫なんですか……?」

 床にへたりこんだまま尋ねる私に、千晶さんは困ったような笑みを浮かべる。

「――立花さんは、まず自分の心配をしないと」

 こちらに歩み寄ってきた千晶さんは、ふっと視線をデスクの上の手帳にやった。

「……それを、置きっぱなしにしてしまったのが、気になって……戻って来たんだ」

 手帳を見つめる千晶さんの目は、優しい。みもざさんを見つめていたのと同じ、慈しみの込められた瞳だ。

「んで、そこから堂々と立ち聞きってわけか」

「だから違うって」

 そう答える千晶さんの言葉には全く覇気がない。

 紙のように真っ白な顔色は——さきほど別れた時より明らかに悪化していた。

「――……『それ』が……見せてくれたんだね。立花さんに、あの頃の僕らを……」

 千晶さんはそう言って、あの時の私のように、そうっと指先で手帳に触れる。

 しかし何も起こらない。

「……やっぱり、だめか」

 そう言って眉尻を下げて笑う顔が切なかった。

「あの時、僕は……花崎さんの苦しみに気付けなかった。彼女に幸せをもらうばかりで、何一つお返しできなかった……っ!」

 脳裏によぎるのは、初出勤の日の千晶さんの言葉だ。

 自分は『守れなかった』と彼は言った。

 その言葉の裏にあったのはおそらくみもざさんのこと。そしてみもざさんの苦しみに気付けなかった、千晶さん自身に対する後悔――。

「んな下らねぇタラレバは、とっととどっかに捨てちまえ」

 千晶さんの独白にかぶせるようにして、蘇芳さんは言った。

「俺やおふくろが、一度でもンなクソつまんねぇこと言ったか? お前は『何もしてくれなかった』なんて、俺らや……姉貴が言うと思うか?」

「……っ」

 千晶さんは短く息を吞むと、すっと視線を逸らし、黙り込んでしまった。

 その目尻は赤く染まり、今にもこぼれそうな涙を必死に押し戻している。

 ……伝えなくちゃ。

 私はその感情に突き動かされて、身体を千晶さんの方に向ける。

「――私……伝言を頼まれたんです……」

 唐突な言葉に、千晶さんとその傍らの蘇芳さんが目を見開いた。

 私はすうっと息を吸って、心を落ち着けながら……なるべくはっきりと口にする。

「もう、泣かなくていいんだよ、って……そう、伝えて欲しいと、言ってました……」

 私の言葉を最後に、室内はしん、と静まり返っていた。

 じっと息を止め、物思いにふけっている様子の蘇芳さん。

 千晶さんはその隣でずっと下を向いていて、私からはその表情を伺い知ることができない。 

 ただ、スン、と何度か鼻をすする音が聞こえて……掠れた声が「ありがとう」と言った。

 その言葉に、じんと胸があたたかくなり――同時に痛みのようなものを覚える。

 ――千晶さんのように、自分を責めてしまう気持ちはよくわかる。

 それは母さんを亡くした時に、私自身が経験したことだ。

 学校から帰宅した私は、家の中で冷たくなって倒れている母さんを見つけた。

 もしもっと早く帰ってきていれば、学校に行っていなかったら——そんな幾千通りもの『もしも』を繰り返し考えてしまうのだ。亡くしたひとが大切であればあるほど。

 だからこそ私は思う。

 悲しみのふちにいる人をそっと支えるのがこのアリーヴェデルチなら、このひとたちが悲しい時、傷ついた時、誰が彼らを支えられるのだろう。

 ――こんなことを考えること自体、おこがましいのかもしれない。

 けれど私はできることなら——彼らの背中をさする手になりたい。

 私は胸元のスミレを握りしめながら祈った。

 ――できるだけ長い時間、このひとたちが笑っていられますように。

 ……このひとたちと、笑っていられますように、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ