Ⅳ(3)沈黙の中で
アリーヴェデルチ店内――だだっ広い部屋で机に突っ伏しながらうなだれる、呆れた勤務態度のバイトが一人……私だ。
それにしても昨日は散々だった。
久々の学校は超がつくほど居心地が悪いわ、昼休みにいちゃもんつけてきた子が、よりによってお客さんとしてこの店に現れるわ……。
「はぁ……早く千晶さんたち帰ってこないかな……」
今日も今日とて、放課後はこの店でアルバイト。そこまではノープロブレムというか、むしろ大歓迎だ。
ただ問題なのは、千晶さんと蘇芳さんが所用で不在なことと、この後例のあの子――碓氷さんが店にやってくるということ。
「碓氷さんとの約束の時間には絶対に戻るから!」
そう言って千晶さんと蘇芳さんが出て行ってから三十分が経とうとしている。
現在の時刻は午後五時十五分。碓氷さんとの約束は六時とのことだから、まだ猶予はあるけれど……。
「うー……」
早く時間が経って欲しいような、そうでないような微妙な気持ちを抱きながら時計とにらめっこする。
――自分は碓氷さんにどう接したらいいのか。その問いの答えは未だ出ていない。
できればあの子が来る前に、二人と話がしたかった。聞きたいことも、話したいことも山ほどある。
——そういえば……『あれ』についても、聞きそびれてたな。
ふと思い出したのは、茜さんにもらった例のお土産のことだ。
玉の中で弾ける綺麗な花火は、碓氷さん曰く魔法由来のものであるらしい。
でも、私は魔法が使えない。
頭の中であふれかえるはてなマークを消すための手がかりは、これをくれた時の茜さんの言葉にあるような気がしていた。
――これなら、『今の貴方』にも使えると思うの。
……今の、私?
のそのそと机から顔を上げた私は、ポケットのきんちゃくから取り出した玉をじーっと見つめる。
パチパチとはじける美しい火花。開いては消え、開いては消えを繰り返し、途切れることがないそれは見ていて飽きることがない。
「――見事なもんね」
「わぁっ⁉」
急に後ろから声をかけられるシチュエーションには既視感がある。
私はおののきながら、取り落としかけた玉を必死で手のひらで守り抜いた。
「……何よ。入る時ちゃんと声かけたわよ」
そう言って私の後ろに立っていたのは、やはりというかなんというか、碓氷さんだった。
「……き、聞こえませんでした」
「聞いてなかったの間違いじゃないの」
ツンケンした物言いは相変わらずだ。
彼女は私の斜め向かい――昨日と同じ席に腰かけると、つまらなそうにスマホをいじりだす。
「……」
沈黙が耳を、肌をぴりぴりと刺した。針のむしろの上にいるみたいだ。
時計は五時三十分を指している。本来約束した時間まであと三十分。千晶さんと蘇芳さんがいつ帰ってくるのかは、今のところわからない。
私はすごく迷った後で、こう切り出した。
「……千晶さんと蘇芳さん、今出かけてて」
「別に気にしてない。ほんとは六時の約束だから」
スマホから視線を外さずに、淡々とそう答える碓氷さん。
口調は相変わらず氷のように冷たい。でも、あれ、意外と会話になるぞ。
「……花火、好きなの?」
少しだけ調子づいた私は、全く違う話を始めた。
碓氷さんがこの玉の中の花火を褒めたのが、正直意外だったのだ。
「――なによ。悪い?」
「いや、そんなこと……」
ギッと強く睨みつけられたから、慌てて否定する。
だけど碓氷さんは不機嫌そうにこう吐き捨てた。
「……《氷化》の家の娘が花火見て喜んでるなんて、おかしいでしょ。普通」
刃のように鋭い言葉だ。だけどその刃が私ではなく、彼女自身に突き立てられていることは私にもわかる。
「私は……その……魔法使いの家の、なんか難しいことは、よくわかんないから……」
たどたどしく告げた言葉が、今度はわかりやすく碓氷さんの逆鱗に触れたようだ。
「はぁ⁉ だってあんたも、立花の家の子なんでしょう⁉」
まゆ毛を吊り上げながら大きな声をあげる碓氷さんに詰められて、ちぢこまりながら答える。
「いやぁ……それがちょっと色々特殊で……それに私、魔法使えないし……」
「はぁぁっ⁉」
さっきは四十五度くらいだったまゆ毛の傾きが、今度は八十度くらいまで上がった。
「魔法が使えない⁉ 魔法使いの家系の娘が⁉」
その言葉が、私の心を思ったより深く抉ったのは、母さんの葬儀の時のことを思い出したからだ。
あの時の親戚連中の視線が記憶の中から引きずり出されて、指先がすっと冷えていく。
「――ごめんなさい」
私の様子を見て、何かを悟ったのだろうか。なんと碓氷さんが私に対して謝罪の言葉を口にした。
「……うん」
ひりついていた喉から、かろうじて短い言葉がこぼれ出る。視線はずっと、手の中の玉から外さない。
「……それ、見たことない品だけど、多分真込商店の商品でしょう」
少し考えるような素振りの後、碓氷さんが尋ねた。
「うーん……わかんないけど……多分……?」
商品かどうかはわからないけれど、真込家の魔法で茜さんの火の力をこの玉に宿した品……というのが、たしかに一番しっくりくる推測だろうか。
「……真込商店の商品は、魔力を持っている人間にしか使えないはず」
碓氷さんの言っていることは真実だと思う。以前千晶さんも同じようなことを言っていた。
じゃあ、なぜ私にはこの玉を使うことができるのか?
私達二人は、目を合わせることなくその場でじっと考え込む。
長いような、短いような、気まずいような、そうでないような、不思議な沈黙の中をたゆたう。そんな感覚は、意外と悪いものではなかった。
「――あたし達がどんなに悩んでも、解決する問題じゃなさそう」
そう言って先に沈黙を破ったのは碓氷さんだった。
「うーん……まぁ、それはそうかも……」
私もそれを肯定するしかない。現段階では、知識も謎を解く材料も、なにもかもが不足している。
私たちは再び沈黙を持て余し始めた。だけどどうしてだろう。さきほどまでの居心地の悪さは感じない。
「――……よかったら……一緒に見る?」
しばらく悩んでから、今度は私が沈黙を破った。
碓氷さんの方に向かって、玉をのせた右のてのひらを差し出す。
絶えずはじける花火は、まるで生き物のように不規則に、ちかちかとまたたいては消えていく。
碓氷さんは、怒らなかった。
かわりに私の手のひらの上で繰り返し咲く火の花をじーっと見つめて、小さくこぼす。
「……きれい」
少し掠れたその声は、まるでちっちゃな子供のものみたいにあどけなく聞こえた。
私は少し悩んでから答える。
「……そうだね」
ちらっと盗み見た碓氷さんは、嬉しそうとも悲しそうともいえない複雑な表情をしていた。
大きな瞳に映った花火が、ゆらゆらと不安定に揺れている気がして――私はそっと目をそらす。
もしも私にできることがあるとしたら、それは涙の理由を尋ねることじゃない。知らんふりをしながら、一緒にこの、小さな光が弾けて消える、暗くてあたたかい沈黙の中に身をおくことだ。
再び手の中の花火を見つめながら、私は横目で壁の時計を確認する。
現在の時刻は五時四十五分。さすがにそろそろ二人が戻ってくる頃だろう。
気まずい沈黙にも慣れ切ってしまった頃、ようやく聞こえてくる二人分の足音。
少しずつ近づいてくるそれに安堵しながら、私は手の中の玉をきんちゃくにしまい、立ち上がった。
「……お茶、今度は飲むでしょ」
私が投げかけた問いに、碓氷さんは少し間をおいてからこくりと一回だけ頷く。
その反応に満足した私は、室内にやってきた二人に向かってこう声をかけた。
「お客様がお待ちです……!」
千晶さんは私達二人の顔を見比べた後、柔らかく微笑んで言う。
「お待たせしてしまいましたね。――それじゃあ立花さん、お茶の準備を手伝ってくれるかな?」
向けられた問いに、返す言葉は決まっていた。
「はい……!」
自分の声が思っていたよりも明るいことに驚く。
この部屋に一人で居た時の陰鬱な気持ちは、いつの間にかその姿と温度を変えていたようだ。
私は小走りで、例の小部屋へと向かう千晶さんの後を追った。




