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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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Ⅳ(2)お家事情

 碓氷さんの正面に千晶さん。その両隣に蘇芳さんと私という配置でテーブルを囲んでいる。

 今回もハーブティーは私と千晶さんで淹れた。といっても、私はただ運んだだけだけど。

 気に食わないけどお客さんである以上、碓氷さんはもてなすべき存在だ。

 一番最初に彼女の前にソーサーとカップを置いたら、意外にも「……ありがと」という言葉が返って来た。視線はそっぽを向いていたけれど。

「――さっきも言ったけど、私は碓氷 澪。碓氷家の一人娘……って言ったら、ある程度ピンとくるんじゃない」

 碓氷さんの言葉に、千晶さんと蘇芳さんが少しだけ頷く。

「まぁ、そうですね……。噂くらいは聞いています」

 千晶さんの言葉に思わず目をむいた。この子はそんなにすごい存在なのだろうか。

「あんたは……その様子じゃ知らなかったんでしょ。言っとくけど、決していい噂じゃないからね」

 碓氷さんはそう言って今度は私の方を見る。

「――由緒正しい碓氷家の、手がつけられない『不良品』とかね」

 碓氷さんが吐き捨てるように言った単語が、ずしんと重く響いた。それだけでなんとなく、彼女を取り巻く環境がわかってくる。

「――……」

 私は、さっきまでみたいに碓氷さんのことを憎たらしく思っていていいのかわからなくなってしまった。

 複雑な感情を飲み込むことができずに、ただじっと彼女のことを見ている。

「……何よ」

 その視線はすぐに彼女に気取られた。

「哀れんででもいるわけ? あんたってやっぱ、ほんとムカつく」

 ハッと鼻で笑いながら、確かに彼女は傷ついた目をしていた。

 私はそのことに気付いてしまったから、もう彼女に何かを言い返すことができなくなってしまう。

「……二人とも、高校が同じ……なんですよね?」

 身にまとっている同じ制服を見比べながら、千晶さんが尋ねる。

「はい……。碓氷さんは隣のクラスで……」

「気安く呼ばないでくれる?」

 ツンツンした声でそう言いながら、碓氷さんはキッと私のことを睨んだ。

 その様子を見つめる千晶さんの目は、とても静かで透き通っている。

 まるで何もかもを映し出す、占い師の水晶玉みたいな……。

「……依頼の話をしたいんだけど」

 見つめられているのに気付いているのかいないのか、碓氷さんは不機嫌そうにそう切り出す。

 千晶さんは「どうぞ」と言うかわりに、こくんと頷いた。

「私が欲しいのは、さっきも言ったけど『手切れの品』。それを見たら一発で、『私があんた達を憎んでます』って伝わるような、ね」

 ――間込さんの依頼とは、まるで正反対だ。

 でも……。

「この店は『枯れない想いを届ける』んでしょう?」

 碓氷さんはそう言って、ひたと千晶さんに視線を据える。

 そう、正反対だけどある意味『同じ』なのだ。

 碓氷さんも真込さんも、求めているのは『枯れない想いを届ける』こと。そこだけが、似ても似つかない二人の共通項だ。

「……あたしはね、あいつらに一生消えない傷をつけてやるの」

 それはどちらかというと、私達ではなく彼女自身に向けられていた言葉だったと思う。言うなればそう、決意表明のような。

「夏休みに入ったら、碓氷家を出るわ。完全に縁を切るつもり」

「!」

 今が六月の半ばだから、ひと月後には彼女はそれを決行するつもりらしい。

 千晶さんと蘇芳さんは、彼女になんと言うのだろう。年長者らしく、止めたり諭したりするのだろうか?

「――んなことしたって、すぐに学校に連絡がいって呼び戻されるんじゃないのか?」

 蘇芳さんが口にしたのは、制止の言葉でも説教でもなかった。どちらかといえば、作戦を成功させるためのアドバイスといった方が近い。

「だから必要なの。あいつらにあたしの憎しみが痛いくらい伝わって、追う手を止めてしまうくらいの『手切れの品』が」

 碓氷さんが求める『手切れの品』……それを渡す相手は、ほかならぬご両親……ということ、なのだろうか。

 ――でも、それって……そんなの……。

「それはどちらかというと、『宣戦布告』に近いようにお見受けします」

 千晶さんは静かな声で言った。

「ええ、はなからそのつもりよ」

 そしてそれを肯定する碓氷さんの言葉も、同じくらい静かだ。その中には聞いているこちらにも伝わってくるくらいの覚悟が垣間見える。

「……わかりました。お引き受けしましょう」

「!」

 そう言った千晶さんに、思わず目を見開いた。

「あいにくだけど、今日は時間がないの」

「お聞きしていますよ。カウンセリングはまた後日にしましょう」

 そう会話する千晶さんと碓氷さん。黙って聞いている蘇芳さん。

 待って、待ってよ。そんな……え……だって……。

 私はどうしても……どうしてもやり場のない気持ちを抑えきれなくて、口を開く。

「……それって……なんていうか、本当に、もうそうするしかないのかな? 他に、もっと何か……」

 家を、両親を憎み、消えない傷をつけてやりたいと望む碓氷さん。

 でも、本当に他の道はないのだろうか?

「――あんたのそういうとこ、ほんと頭にくる」

 碓氷さんはそう言って、ガタンと席を立った。その言葉が私に向けられたものであることくらい、すぐにわかる。

「……知ってた? 愛されて育ったヤツってね、顔見てると何となくわかるの。――そんであたしは、そういうヤツが死ぬほど嫌い」

 私のことをキッと睨みつけながら、碓氷さんはそう吐き捨てる。

 その目元が、僅かに赤くなっているように見えた。

 ローファーの踵をカツカツ鳴らしながら、彼女は足早にアリーヴェデルチを去って行く。

「……」

 残されたのは、手をつけられていない四つのカップと、私達。

「……もったいないから、飲んじゃおうか」

 そう言って千晶さんは、彼の目の前のティーカップにそっと口をつける。蘇芳さんも少し遅れてそれに続いた。

 私も緩慢な仕草で、自分の分のカップに口をつけた。鼻をくすぐるハーブの香りが、ゆっくりと心を解きほぐしてくれるのを感じる。

 ……ああいう時、なんて言ったらよかったんだろう。

 ……こういう時、なんて言ったらいいんだろう。

 正しい答えを導きだせないまま、ちびちびとカップの中のハーブティーを飲む。二人も黙って同じようにする。

 ――愛されて育ったヤツ、か……。

 たしかに私は母さんの愛情を一身に受けて育ったと思う。

 たまには喧嘩もしたけど、いつも優しくてあったかかった母さん。

 焼かれて骨になって、天国に逝ってしまった母さん。

 胸の中に、もやもやした感情と、ちくちくした棘がある。

 それらをどう処理していいかわからないまま、制服の下のスミレを握り込む。

 初めてこの花に向かって心の中で「助けて」と言った。

 今の私は、彼女に対する言葉や行動の『正解』が、ただのひとつもわからないでいる。

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