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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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Ⅳ(1)碓氷 澪

 忌引きを使い切った後もしばらく休んでいた学校に、久しぶりに顔を出すことにした。

 なんとなく少しだけ前向きな気分になれたのは、真込さんの一件があったからかもしれない。

「――おはよう」

「……お、おはよ」

 クラスメイト達は、多分私の事情――つまりは、たった一人の頼れる身内を失い天涯孤独であること――をある程度知っているのだろう。

 ただでさえそれほど親しいひとなんていなかったのに、みんなおっかなびっくり腫れ物のように接するから、なんだかすごく疲れてしまう。

 これがしばらくの間続くのかと思うと憂鬱だった。

 ……早く放課後にならないかな。

 今日も学校が終わったら二時間ほど、アリーヴェデルチに行くことになっている。

 最初に訪れた時は、まさかあそこがこんなにも心安らぐ場所になるとは思っていなかった。

 そうしてやってきた昼休み。絵に描いたような晴天から逃げるように、私は誰もいない空き教室に身を隠す。

「――……はぁ~」

 静けさの中で僅かに聞こえる秒針の音が心を落ち着けてくれる。

 私は古びた椅子にドカッと腰かけて机に突っ伏した。

 昼ごはん用に買ってきたパンがあるけど、正直あまりお腹は減っていない。

 しばらくの間静けさを堪能した後、私は制服のポケットに手をつっこんで、あるものを取り出した。

 てのひらにおさまるサイズの赤いきんちゃく。先日火口家を訪れた際に、茜さんから頂いたお土産だ。

 私はきょろきょろと辺りを見回しひと目がないことを確認してから、その中に入っている『あるもの』を取り出す。

 ビー玉よりもひと回り大きいくらいの透明な球体。

 ――それは私の手の中で、小さな芸術になる。

 パンッ、パンッ、というごく小さな音と共に、玉の中で爆ぜているのは極小サイズの花火だ。

 色とりどりの光が弾けては消えていくのを見ていると、ついつい時間を忘れてしまう。

「きれー……」

 気が付けば、口からそんな言葉を垂れ流していた。

「不用心」

「!」

 いきなり背後から誰かの声がして、慌ててちぢこまる。

 ばくばくと音をたてる心臓。

 両手で手の中の玉を隠しながら、恐る恐る後ろを向く。

 腕を組んで私の背後に立っていたのは、同じ制服を着た女子だった。

 地毛って言ったら先生に怒られそうな明るさのロングヘアはセンターで分けられていて、その間からは形のよいおでこがのぞいている。

 二重の下の気の強そうな瞳には見覚えがあった。……多分、隣のクラスの子だ。

「魔法の力を、誰に見られるかわからない場所で使うなんて」

「――!!」

 彼女の言葉によって、私の鼓動はより強く、早くなる。

 もしかして……まさかこの子も――!?

「あんた、1-Aの立花 リカでしょ? 立花って、まさか『あの』立花だったとはね」

 彼女はそう言いながら、けだるげな仕草で長い髪をかきあげた。

「あ、あなたは……」

「そういうのいらないから。別に仲良しごっこしたいわけじゃないし」

 そう言ってから踵を返し、彼女はすたすたと廊下に向かって歩いていく。

 なびいた長い髪からは、ふんわりと甘いジャスミンの香りがした。

「……いいよね、守ってもらえるヤツは」

 長い睫毛にふちどられた目が、ギンッと私を睨みつける。

「あんたのその平和ボケした顔、マジでムカつく」

 彼女はそう吐き捨てて、私の前から去って行った。

 小さくなっていく後ろ姿をぼんやりと眺めながら、頭の中で状況を整理する。

 しかし何かを理解しようにも、彼女に関する情報が決定的に足りなかった。 

 私にわかるのは、『どうやら彼女は私を嫌いらしい』ということだけ……。

「――ハァ?!」

 あいにくと、ほぼ面識のない相手に『マジでムカつく』と言われてくよくよできるほど繊細な神経は持ち合わせていない。

 私は眉間に皺を寄せながら、あの子の消えていった方をキッと睨みつけた。

 ――なんなんだ、あれは……!

 イライラしながら手の中の玉をきんちゃくにしまう。

 まぁ、彼女が言っていることが正しいのはわかっている。わかっているが……。

「ん?……あの子、これが魔法って言った?」

 たしかに、これは火口家の当主である茜さんが贈ってくれた品だ。

 そこに魔力が込められていても不思議ではない。

 でも、だったらどうして私の手の中で、あんなに美しい花火があがっていたのか。きんちゃくの中の玉が、急にずしんと重く感じた。

 ――これなら、『今の貴方』にも使えると思うの、と。たしか茜さんはそう言っていたはずだ。

 今の、私……?

 頭の中をはてなマークでいっぱいにしながらも、私はきんちゃくをポケットにしまう。

 ――店に行ったら、千晶さんと蘇芳さんにも聞いてみようかな……。

 ひとから悪意を向けられた時って、どうしようもなく胸がざわざわするものだ。

 私は制服の下に隠れているスミレにそっと触れて、その輪郭を確かめる。

 それだけで不思議と心のざわめきが穏やかになっていくから不思議なものだ。

 この花は、私にとって心ののよりどころなのだと思う。

 感慨にふける私を追い立てるよう、なりだしたチャイムが昼休みの終了を告げた。

「やばっ!」

 私は慌ただしく空き教室を後にして、自分の居るべき場所へと向かう。

 中庭の方からははしゃいでいる男子生徒の声が聞こえてきて、なんとなくここが自分の居るべき場所ではないように思えてならなかった。


 ◆


 放課後が嬉しいっていうよりは、やっと解放されたか、っていう気分だ。

 まるでずっと真綿で喉をぎゅうぎゅう絞められていたみたいだった。息苦しさから解放されて、ようやく胸いっぱいに空気を吸える。

 私は学校に居た時より断然軽い足取りでアリーヴェデルチに向かっていた。

 それでも道中、何度か周囲に視線を配ることを忘れない。

 ――あのお屋敷に私が一人で入っていくところを見られたら、怪しまれるどころの騒ぎではすまないだろう。

 何度もきょろきょろしている自分がかえって怪しくないか心配になりながらも、最初に蘇芳さんに案内されたのと同じルートで屋敷に向かう。

「……立花さん!」

 不意に声をかけられたが、今度はちぢこまったりしない。

 その声の主はもう既に警戒対象ではないからだ。

「千晶さん!」

 リュックサックを背負った千晶が、にこにこと笑いながらこちらに歩み寄ってくる。

「今日もだもんね。本当、ありがとうね」

 そう言って当たり前のように隣を歩いてくれることが嬉しい。

「こちらこそ、ありがとうございます……! 今、私、ここでのお仕事が、なんていうか、すごく好きで……」

「ほんと? それは嬉しいな」

 そう言って千晶さんが花が綻ぶみたいに笑うと、なんていうか、ほわんと胸があたたかくなる。

「だから、今日も一緒に働けてすごく嬉しいです」

 私がそう続けると、千晶さんは再びにこりと笑った。

「じゃあ、今回も活躍してもらおうかな」

 なにやら意味ありげなもの言いだ。

 その言葉の真意をたしかめようと千晶さんの方を見ると、穏やかに細められた瞳とぶつかる。

「今日はね、蘇芳が新しいお客様を連れてくる予定なんだ」

「!」

 千晶さんの言葉によって胸に巻き起こったのは、緊張が半分、高揚が半分。

「ちゃんとおもてなししないとね」

 そう言って穏やかに微笑む千晶さんに、こくりと頷く。

「私も、頑張ります!」

 そう言ってぐっと握り拳を作ると、「まぁ、固くならなくていいから」と優しく言われた。

 屋敷の前にたどり着いた私たちは、魔力のこもった門扉を超え、長い廊下を抜けてそこにたどり着く。

「蘇芳の方が早かったかな?」

 広間の扉が開いているのを見て、千晶さんがごく小さくこぼす。

 ――ドアの向こうに、新しいお客様がいらっしゃるかもしれない……!

 そう思うと緊張で肩に力が入った。

 少し間をおいてから、千晶さんがスッと扉の前に立つ。

 音もなく開いた扉の向こうには、予想通り蘇芳さんと、もう一人の人影があった。

「おう、来たか」

 ――いや、人影っていうか、なんていうか。

 私はそのひとのことを知っていた。いや、どんな人だとかどんな事情があるとかは知らないけれど……少なくとも、どうやら私を嫌いらしいってことくらいは。

「いらっしゃいませ」

 にこやかに挨拶する千晶さんに目もくれず、彼女は私のことを睨みつけて言う。

「――なんであんたがここに」

 そう言われて、思わず胸元のスミレをぎゅっと握った。

「……それはこっちのセリフですけど……」

 警戒心丸出しで返す私の拳を、彼女は冷たく一瞥する。

「――はじめまして。宝石花店アリーヴェデルチの店主、宝 千晶です」

 普段よりさらに穏やかな声で、千晶さんがそう挨拶した。

 蘇芳さんと千晶さんの視線は、彼女に注がれている。もちろん私も彼女のことをじっと見つめていた。

「……碓氷(うすい) (みお)

 短く名乗った彼女の声は、不機嫌さを隠そうともしない。

 私達三人を見る目は、まるで手負いの獣みたいだ。

「――この店には手切れの品を探しに来たの。とびっきりの、皮肉がきいたやつをね」

 彼女――碓氷さんはそう言ってフン、と鼻を鳴らす。

 千晶さんは一度蘇芳さんと視線を合わせてから、こくりとごく浅く頷く。

「――ひとまず、話を聞かせて頂けますか。貴方の口から、貴方の言葉で」

 千晶さんはそう言って、いつもの大きなテーブルに向かって歩いていく。

 少し遅れて、蘇芳さんと碓氷さんも続いた。

 私はそこからさらに遅れて、三人についていく恰好になる。

 一瞬だけ、碓氷さんと目が合った。

 フンッとまるで漫画みたいな仕草でそっぽを向かれて、またしても腹の底がむかむかしてくる。

 ――それにしても、手切れの品……?

 訝しげな私の視線に気づいているのかいないのか、碓氷さんの横顔からは、昼休みのあの時以上のひりついた空気が感じられた。

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