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宝石花店アリーヴェデルチ —決して枯れない想いを、貴方へ—  作者: あだがわ にな


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Ⅲ(6)報告

 帰りの車の中、私は茜さんとの話の一部始終を二人に話した

「独り言……か」

 言外に何かを滲ませながら、そう呟く千晶さん。

「――まぁ、アレだ。依頼人に何をどこまで伝えるかは、お前次第」

 そう言って蘇芳さんは来た道と違う方向にハンドルを切る。

「……ご依頼頂いたからには、きちんと報告しないとね」

 千晶さんはそう言って微笑んでいる。二人の言っていることから察するに、この後の行き先は……。

 助手席の千晶さんが、スマホを取り出して電話をかけ始める。

「――もしもし、真込さんのお電話でよろしいですか? 私、宝石花店アリーヴェデルチの宝と申します」

 千晶さんは電話口で、茜さんへの配達が終わった旨を報告し、こう付け加えた。

「先日お話した通り、詳細については直接お伝えできればと思います。これからお会いできますか?」

 その後の会話の内容から、真込さんの返事はイエスだったようだ。

 電話を切った千晶さんは、蘇芳さんに「真込家の近くに、喫茶店があったよね?」と尋ねる。

「ああ。あのデカい店だろ」

 真込家の場所がわからない私の頭の中ははてなマークでいっぱいだが、蘇芳さんはすぐに合点がいったようだった。

「あそこでお会いすることになった。向かえるかな?」

「もとよりあっちに向かって走ってっからな」

 蘇芳さんの言葉と共に、車が滑らかに左折する。

「もうすぐだよ」

 あたふたしてばかりの私に、千晶さんが優しく声をかけてくれた。

「できれば、立花さんの言葉で……真込さんに伝えてほしいんだ。お願いできるかな?」

 責任の重さを感じながらも、こくりと頷く。これは、茜さんと直接会った私にしかできないことだから。

「やります。やらせて下さい……!」

 勢い込んでいる私の耳に、ピーッピーッという電子音が聞こえる。そのまま車は、ゆっくりとバックで駐車場におさまった。

「着いたぞ」

 蘇芳さんの声に促されて、私達は車から降り、カフェの中へ入る。

 たしかパンケーキが美味しいと有名なチェーン店だ。私も名前くらいは聞いたことがある。

 店内は騒々しい、とまではいかないが、ほどほどにざわついている。

 ここが真込さんとの待ち合わせ場所というのは、なんだか少し意外だった。

 声をかけてきたスタッフさんに待ち合わせであることを伝えたのとほぼ同時に、店内奥から真込さんが手を振っているのが見えた。

 ボックス席に、私と千晶さん、真込さんと蘇芳さんという順番で腰かける。

「コーヒーはお好きですか?」

 頷く千晶さんと蘇芳さんに比べて、一瞬返事が遅れてしまった私。この状況で「甘いのじゃないと飲めません」なんてとても言えない……!

「ブレンド三つと、カフェオレを一つ」

 まるで心を読んだみたいに、真込さんがそう注文したものだから思わず目をむいた。

「アイスとホットはどちらになさいますか?」

 店員さんの問いかけに、真込さんがこちらに視線を向ける。

「あ、アイスで……」

 ためらいがちにそう注文すると、注文を復唱した店員さんはそそくさと席を後にする。

 ――ほんとに……優しいひとなんだなぁ……。

 そしてきっと、人のことをすごくよく見ているのだろう。それは仕事柄そう、というだけではない気がする。

「すみません。お呼び立てしてしまって」

 真込さんはそう言って苦笑を浮かべた。

「家では、とても落ち着いて話せそうになかったので」

 そう言う真込さんを取り巻く状況は、もしかしたら私が思っているのよりもずっと厳しいものなのかもしれない。

「では――ご報告させて頂きますね」

 そう切り出した千晶さんは、火口家に訪問した時の様子を話し出した。

 途中で店員さんが、四人分のドリンクを運んでくる。

 私たちは各々のコーヒーを手に、千晶さんの話をただ黙って聞いている。

「そうですか……。貴方が、渡して下さったのですね」

 やがて話は佳境に入り、私が単身茜さんの元に赴く場面になった。

 真込さんは感慨深げに呟くと、じっと私の目を見つめる。

 私の言葉を待っているんだ。

 私は心臓をバクバクいわせながら、店内のざわめきに負けないよう口を開く。

 ここに来るまでの短い間、何を言おうか少しだけ考える時間があった。

 でも、真込さんの顔を見てしまったら、もうだめだ。あの時の茜さんの泣き顔が、ぐあーっと頭の中に迫ってきて……。

「茜さんは……すごく丁寧に、お礼を言って下さいました……。『ありがとう』って……何度も何度も……。バレッタも、とても気に入ってくださって……!」

 けれど、ここで『彼女が泣いていた』ことを伝えてしまってはいけないような気がした。

 ここでそれを言えば、きっと私は楽になる。なんとなくいいことをしたような気持ちになって、満足するだろう。でも、それではきっと——。

「――えっと……茜さんから、真込さんにお礼をすることは、禁じられている、って……」

 私の言葉に、真込さんは苦々し気にこくりと頷く。

「でも、私……聞いたんです……茜さんの独り言を……」

 そう言った瞬間、真込さんが僅かに目を見開いた。

「『どうか、幸せになって』――そう言っていました」

 私の言葉を聞いた瞬間に、真込さんがガクリとうなだれる。

「……そう、ですか……」

 両肘をテーブルについて、祈るように組んだ手に額をつけている真込さん。

 その声は少し……ほんの少しだけ涙で濡れていた。注意深く聞いていなければ、この店の喧騒にかき消されてしまっていただろう。

「……そういうひとだから、好きになったんだと思います」

 そう言って顔を上げた真込さんは、目を潤ませながら笑っていた。

 私はその瞬間、彼女が言っていた秘密を真込さんに伝えたい衝動に駆られる。

 本当は、『忘れられてしまうことが寂しい』と……真込さんが思っていたのと同じように、『あのひとの中に、ずっと残っていたいと思ってしまっている』のだと、泣きそうな顔をして教えてくれた茜さん。

 けれど私の中のもう一人の私が、ぶんぶんと首を振る。

 これは、私と茜さんだけの秘密だ。これを言ってしまったら、きっと真込さんは前を向けなくなる。そうしたら多分、茜さんも――……。

「みなさんにお願いできて、本当によかった……。改めて、ありがとうございます」

 そう言って深々と礼をする真込さん。顔を上げた時の彼は、目を潤ませながらも、どこかさっぱりとした顔をしていた。

「お代については、ご指定の口座に振り込ませて頂きますね」

 そう言ってカップに残ったコーヒーを飲み干すと、スッと座席から立ち上がる。

「申し訳ないのですが、次の予定がありまして。これで失礼させて頂きます」

 忙しない様子の真込さん。大企業の副社長ともなれば当然だろう。

「本当に、ありがとうございました」

 何度もそう繰り返す姿が茜さんのそれとリンクする。

 颯爽と店内を後にした真込さんが、私達が気づかないうちに全ての会計を済ませてくれていたと気づいたのは、しばらく後のことだった。


 ◆


「よかったんじゃねぇの」

 アリーヴェデルチに戻る車内で、蘇芳さんがおもむろにそう切り出した。

「そうだね。すごくよかった。初仕事だったとは思えないくらい」

 続けられた千晶さんの言葉に、ようやく二人が自分のことを言っているらしいということに気付く。

「そ、そうでしょうか? ……ちゃんと……やれましたかね……?」

 もごもごと自信なさげに喋る私へ、千晶さんがルームミラー越しに微笑みかける。

「――真込さん、とっても喜んでたでしょう?」

「……はい」

「――茜さんも、喜んでくれたんでしょう?」

「……は、はい」

 私の自信なさげな返事を包み込むように、千晶さんは笑った。

「だったら、それは大成功だよ。違う?」

「……ちが……いません」

 もごもごとそう返す私を、蘇芳さんがハッと笑い飛ばした。

「だったらもっと喜べよ。やってやったぜー! ってな」

 蘇芳さんの言葉に、「そうだよ」と言って千晶さんが同意を示す。

 そこでようやく、私は自分の中で張り詰めていた何かが緩んでいくのを感じた。

 後部座席の背もたれに身体を預けて、ほうっと大きく息をつく。

 そこでようやく初めて、この初仕事が終わったのだと実感できた。

「疲れたんなら寝ててもいいぞ」

「着いたら起こすから」

 優しい二人の言葉に甘えて、襲い来る睡魔への抵抗をやめる。

 少しだけ体の向きを変えると、右ももの辺りに硬い感触があった。

 ――あ、茜さんからのお土産……。

 結局中身を確認できずじまいだった。

 私はまたあのひとに、改めてお礼を言うことはできるのだろうか……。

 思考は間もなく眠りに絡めとられて、何も考えられなくなる。

 すぅ、と大きく息をついて、私はゆっくり目を閉じた。

「――……おやすみなさい」

 遠のいていく意識の中で聞こえる、優しくて、あったかい声。

 眠りにつく直前、私に囁いてくれたのは千晶さんだったはずなのに――。

「おやすみ……おかあさん……」

 思わず口をついたのはその言葉だった。

 ――ぽろりと涙がこぼれてしまったのは、多分あくびのせい。

 間もなく日の入りを迎える空は、うっすらとかげり始めている。

 走り続ける車の心地良い揺れに身を任せながら、私はそのまま深い眠りの世界に落ちていった。

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