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森の国フォレスティア2

 「さっそくで申し訳ありませんが、師匠。実は折り入って相談したい事があります。

……しばらくお時間を頂けませんか?」

 これ以上なく真摯な表情でそう言って、ルクスはもう一度頭を下げた。

 師匠と呼ばれた男は、フードの作り出す影に隠れて判然とはしないが、おそらく顎の辺りを右手でさすりながら、何度か頷いているように見える。

 「ふむ、お前の相談に乗るのも随分と久しぶりだ。いいだろう。ここでは何だ、家に行こうか」

 「はい。ありがとうございます師匠」

 くるりと踵を返し、歩いていく男から数歩ほど離れた位置をキープしながら歩く、ルクスと僕。


 初めて歩くフォレスティアの街並みは、新鮮な驚きに満ちていた。

 街中の地面は舗装されてはいないし、平地らしい平地もない。踏み固められているため、雑草が蔓延っていることは無いものの、とても歩きやすいとは言えないそれを、失礼ながら年を召している方々もすいすい歩いている。

 土地柄なのだろうか、道端では木を削りだした武器作りに勤しむもの、街中では木製の家を建てているものが何人もいる。そしてその全員が男の人である。

 女の人は何をしているのかと探してみれば、どうやら完成したらしい家の前でまじないをしているらしい。お供え物と歌を捧げているところだった。


 彼らの服装は、草で染めたような色をした簡素な服と、繊細な意匠の凝らされた耳元のアクセサリーというのが基本的なスタイルらしい。残念ながら僕はお洒落とかに気を使ったことが無かったし、自分にそういうセンスがあるとも思ってはいないけれど、あのアクセサリーはちょっと欲しい。職業不定無職の今の境遇では望むべくもないが。

 

 いろいろ観察しながら歩き進める僕は、街の中ほどに差し掛かった時、ふと辺りが薄暗くなったのを感じた。

 ……何だろう?

 見上げると、頭上遥かに高く木々の枝が複雑に絡み合い、巨大な社のようなものが形作られている。正直すごい。とても人の手で作られたとは思えない壮大さだ。

 「ねぇルクス、……あれは何?」

 「あれが、私たちが神の座す樹と呼ぶものです。街の四方に生えるドゥーラオという種類の大樹の枝が自然に伸びて絡み合ったものですが、あの形、大きさ、そして人の手が加わっていないということもあって、我らの祖先はあの場所を神の座と呼んだのです。」

 ……神の座かぁ。

 しばし足を止め、じっくりと天然の社を見つめた。たしかにあれにはそう呼びたくなるような威厳がある。

 すると、王剣の声がふっと意識に上った。

慣れてきたこともあって、最近では初めのころのように右手に意識を集中しなくても自然に意志の疎通ができるようになってきている。

 <なぁ、ユハ。さっきから何度も神っていう言葉を使ってるけど、この辺りには神って普通にいるのか?>

 ――僕たちにとっての神ってのはね、大体の場合、災害級を超える存在規模の魔物の事を指すんだ。……山のガイア、海のエレブなんかが有名かな。彼らは基本的に僕たちを顧みないし、僕たちも彼らをどうにかしようなんて思わない。例えばガイアはどこかの渓谷でずっと眠り続けているし、エレブは気ままに海を回遊し続けている。彼らの行動に巻き込まれたら僕らなんかじゃ一たまりもないけど、彼らは大昔にあったっていう人魔大戦以降、意図的に人を襲うってことがないらしいんだ。

永い時を何者にも縛られず生き続ける姿から、僕たちは彼らに敬意を込めて神という呼称を使うのさ。

 <その「神」ってやつには知性とかがあるのか?>

 ――ごめん。正直にいって僕にはわからない。彼らの一挙手一投足はたとえどんなに小さな程度のものでも僕たちにとっては致命だからね。ガイアの身じろぎは地を揺るがし、エレブの尾の一振りは大渦を作り出すって言われるくらいだ。

 神に近づこうなんて思うのは、どうにかして彼らの生命力の一部を手に入れようとする命知らずか、狂信者くらいのものだよ。

 

 急に立ち止まった僕が気になったのかルクスが振り返り、どうかしましたか? と声をかけてきたので、僕は何でもないよと言って少し早めの速度で再び歩き出す。


 説明してて思い出したのだが、確か今僕の右手に宿る王剣が作られたというのは、かの人魔大戦の折ではなかっただろうか。

 ……やっぱり王剣は、本能的に神々に思うところがあるのかな。

 僕は、見慣れてきた感のある右手の幾何学模様を左手でそっと撫でた。


 

 「今戻った。奥の部屋を使う。門下生は近づけないようにな」

 はい、と言って奥に下がっていく女性。奥さんだろうか?

 

 僕たちが案内されたのは、フォレスティアの入り口からちょうど反対側といえる場所に立つ大きな道場のようなところだった。

 あんなに強いルクスだって、あのレベルに達するのは独学では無理だろう。そんなルクスが師匠と呼ぶ男性の事を考えても、ここが戦う術を教えるところという推測はそう的を外したものではないだろう。

 木造りの家とはこんなに床が鳴るのかと思いながら板張りの廊下を進み、先導するルクスの師匠についていく。

 ……決して僕の体重が重いわけではないのだ。不安になってルクスに聞いたところ、侵入者対策で特別にそういう仕掛けをしてあるのだと言っていたから間違いはない。

 くくっという王剣の笑い声にカチンときたので右手の甲をつねってみる。

 痛い。

 自分の手を自分でつねったんだから、自分が痛いのは当然だが、王剣は何のダメージも受けて無いようだ。理不尽である。

 どうやったらこの不届きな王剣に、この怒りを効果的に伝えられるのだろうかと考えていると、目的の場所についたらしい。白い……布地だろうか? で表面を張られた扉の上段と下段を挟むレールを見るに、横開きの扉らしい。

 <へぇ、襖じゃないか。うぐいす張りの廊下といい、俺にとってはずいぶん懐かしいものが多いなここは>

 ――フォレスティアは、貴方の前世に近いってこと?

 <正確にはどうだかわからんがな。それにこういう風情の家っていうのは俺のいた場所ではもう、半分骨董品みたいなものだった。だからもの珍しさを感じているという意味ではユハとそう変わらないよ>

 ふすま、というらしいそれを開けて入った部屋は3メートル四方くらいの小さな方形だった。天井もあまり高くなく、棚に飾ってある壺と、人が座るように設えられた厚手の布地のクッション以外は何もないため、妙な圧迫感を覚える。



 「それで? 相談というのはどんなものだ? その隣にいる御嬢さんの事についてか?」

 全員が予め用意された席に着くや否や、フードの男は、室内だというのに目深に被ったそれを取りもせずにそう切り出した。

 ……何か宗教的な意味合いでもあるのだろかと訝しんでいると、男は気まずそうに軽く笑った。

 「すまんな、コレが気になるかね? だが、まぁ我慢してくれ。深い意味はないが、お互いこの方が気分よく話ができると思うのでね」


 「……師匠。単刀直入に申し上げます。ブラハムの王剣はご存知ですね?」

 「ああ、もちろん。数少ない竜を殺しきれる武器だと聞いている。俺たちのようなものにとっては、とても無視できるものではないからな」

 「ご主人様は、現在その王剣の所有者です」

 ほう……。そう息を吐いた男の目が強く僕を捉えたのが、感覚で分かった。依然としてその素顔はフードによって判然としないが、その眼光の鋭さはそれ越しでもはっきりと感じる。

 「……なるほど、な。御嬢さん、差支えなければお名前を聞かせていただけるかな?」

 「ユハです。ユハ・アングル・ラサネン」

 「よし、じゃあユハ、君にもいろいろ立場や思惑があることだろう。それについては聞かない。……だが、フォレスティアの民として、それほどの力をもつ君の存在を看過するにはお互い信用が足りない。そう思わないかね?」

 「はぁ……」

 ……どういう意味だろうか。

 フードの男の真意が今一つ掴めない。信用。それが容易に得られないものであることなどすぐにわかる。だからこそ、それをこの場で示せというようなこの男の意図がわからない。

 右横を見てみれば、ルクスは目を閉じて微動だにもしない。ルクスも師匠と呼ぶこの男の提案を受け入れているということだろうか。


 「ではユハ。まずはこちらから信用を得るために、曝け出せるものは曝け出そう。」

 そう言って、頑なに被り続けていたフードを捲る。

 短くツンツンと逆立つ銀髪に顎先に軽い髭。太く筋張った首筋は充実した膂力を、鋭い眼差しは優秀な狩人のそれを思わせる。だが、男を他の人種と明確に隔絶させる特徴はそれだけではない。尖った耳、そしてなにより頭頂部の左右から後頭部に沿って肩口まで伸びる硬質な角。

 角の長さだけ長い年月を生き、力を蓄えるという竜人種。

 人魔大戦にて生み出された、竜喰らいと並ぶ人の切り札の一つ

 「俺はズメイ。フォレスティアのSランクで、まぁ、見ての通りの竜人だ」


 一瞬、言葉を忘れた。

 Sランクを持つ人物がルクスの師匠で、今目の前にいることも十分に驚きだが、竜人とは。

 人魔大戦中、他の種族に生存を著しく脅かされた人類が禁呪を駆使して作り上げられたといわれる伝説上の存在にして、純血種はほぼ絶滅したといわれる太古の怪物。

 なるほど、Sランクが天災級魔物と互角に戦えるという噂の真実が今わかった。なんということはない、彼ら自身が天災級魔物に指定されているのだから。

 「さぁ、ユハ。俺にはもはや秘するところは何もない。ゆえに望むのは、王剣がその名の通りの力を持っているかどうかを見極めることのみ。剣を抜き、その姿を示せ。

……さもなくば、フォレスティアの名においてこの場で打ち砕かざるを得ないがな」

 お互いにまだ座ったままだというのに、張りつめる緊張感は先ほどとは雲泥の差だ。

 <ははっ、まさに脅迫だな。で、どうするユハ。あの目は生半な答えじゃ勘弁してくれなさそうだぞ?>

 ――貴方が何でそんなに余裕に溢れているのか、僕にはまるでわからないんだけれど、何か秘策でもあるの?

 <秘策? そんなものいらないさ。ただ、ちょっとユハには協力してして欲しいことがあるが、ね>

 ――えっ?



 張りつめる場の空気の中、ルクスはじっと目を閉じて成り行きを静観していた。

 師匠の性格を知っているものとしては、この展開は十分に予想できている。

 ああは言っているものの、彼は決して全力を出すことはないだろう。

 それに、ルクス自身としても、王剣の力を見極めたいという思いがあるのは否定できない。仮にもし王剣の暴走が、私の力ではどうにもならなかった場合でも、師匠が遅れをとる姿というのは彼女にはどうしても想像できなかった。

 しかしその時、やおら彼女の予想にない出来事が起こった。

 師匠の圧力によって剣を召喚するものとばかり思っていた、自らの主人の様子が、おかしい。

 荒れ狂うような力の気配に目を見開く。

 「こいつは……なかなか……」

 ごくりと息をのむ師匠のつぶやきが聞こえる。


 「ご主人、様?」 

 「やぁ、ルクスさん、初めまして。それにズメイさんだったかな? 俺が君たちの会いたがってた王剣さ」


 金のショートカットで、華奢な自らのご主人様。

 大きなとび色の目が特徴的な彼女の面影は今はなりを潜めている。

 薄く黒がかった髪に、黒い双眸。どこかそそっかしい彼女と決定的に異なるふてぶてしい気配が、ルクスを不安にさせる。

 自分の判断は間違っていたのではないか――、ルクスは思わず自らのこぶしを握りしめていた。


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