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森の国フォレスティア

 右を見ても左を見ても乱立する木々ばかりというのは、ひどく圧迫を感じるものだということを、砂漠育ちの僕は今まで知らなかった。

 鬱蒼とした密林は、地面から立ち上るような生命力に塗れていて、息苦しい。

 足元には道らしい道もなく、故郷ですからといって先導するルクスがいなければ、僕なんかにはとても森の国フォレスティアにたどり着けないだろうと思わせる。

 日差しは頭上高く生い茂る枝葉に阻まれ、まだ午前中だというのに薄暗い。そのくせ、汗が止まらないほどに暑いんだからたまったものではない。

 「ねぇ、ルクス……、まだ、つかないの?」

 「もう少しです、ご主人様」

 ……その言葉、当てになら無すぎだよ、ルクス。

 汗を拭きながら、ため息をつく。

 まぁ、すぐに着かないのはわかっていたんだけどね、だって、全く街並みらしきものが見えてこないし。

 

 僕たちがセーフハウスを離れてから、はや一週間が流れていた。

その間に、ルクスが使い魔を通して馴染みの情報屋に収集させていた情報によると、ブラハムは、街の関所での検問では王剣の発見が困難だという判断から、街の住人の協力を得て、街中の一軒一軒の家を回って王剣の捜索を始めたらしい。

 また、それと並行して、王剣盗難事件(という形で呼称されているそうだ)前後から、街を出てその後の足取りが掴めない人物の調査及び捜索が行われている。

無論、冒険者や旅人、駆け出しの商人なんかは一つ所に定住する生活をしないし、本名を名乗っているかも疑わしいので、この捜索は容易に難航することが想像できていた……が、事態は思わぬ展開を見せる。

 それが、僕たちの存在だ。

 没落家とはいえ、一貴族が乗り合い馬車での出国。おまけに、軽装の割には事件から10日ほどたっても戻ってきたという話は聞かない。ダメ押しのように、乗り合わせの馬車は名うての窃盗団「蜂」に狙われるも、ラサネン家を名乗る者一味がこれを撃退。まるで口封じのような大金を他の乗客に手渡し、馬車ごと姿を隠したとなれば、これは誰がどう見たって怪しい。

 ブラハム王都は最優先捜索目標として、現当主ユハ・アングル・ラサネンと従者のルクス・ルル・クスハの捕獲隊を編成したのも無理からぬ話である。


 事ここに至って、ルクスの判断がまたもブラハムに先んじたと言えた。

 というのも森の国フォレスティアが、薄暗き者たちの隠れ家という異名を持つのは、その特殊な国家状況による。

 神の座す樹――フォレスティア周辺にのみ根付く巨大で直立する木々こそが、森の国に住む者たちの信仰対象である。それゆえ、彼らは森林の維持を第一に考え必要以上の文化の享受を好まない。

道らしき道がないというのもそのためであり、とかく外部からの侵入を拒む。

 それともう一つ、この森に人が近づきたがらない理由がある。それは、この森には非人種と呼ばれる者たちや知性を持たない低級の魔族が多く住む場所でもあるということだ。

 彼らは、森の国に住む者以外の人種に対して強烈な害意を覚えるらしく、他国の人間は森の中にいる限り、絶え間なく死の危険が付きまとう。そんな環境に好き好んで住む者など、修行が生きがいの剛のものか、日の当たる道が嫌いなものかくらいだ。

 つまり、ユハ達が確実にフォレスティアに潜伏しているという情報でもない限りは、捜索隊としても森の国など行きたくもないし、可能なら他のところで見つけようとするがゆえに、後回しにされる可能性が高いだろうと考えたのだ。

 とはいえ、その分厳しい道であることには違いなく、一流の冒険者であるルクスならいざ知らず、半人前程度の実績しか作ってない僕には、王剣の加護が無ければ音を上げていたかもしれないとも思う。

 <なぁ、ユハ。そういやギルドカードってのは具体的にはどんなもんなんだ? あとA級とかのランクは何を表してるのかも気になる>

 こうやって、ともすれば退屈で気が滅入りそうな道行で話相手がいてくれるというのは、非常にありがたい。もちろんルクスもいるんだけれど、ルクスは普段口数があまり多い方ではないし、これ以上迷惑はかけたくないという負い目もある。なんといってもあの日、僕が王剣に手をだそうと思わなければ、今日あての無い旅をしているなんてことは無かった。

 当然、僕に後悔はない。もしあの日剣に挑まなかったとしても、やはりいつか挑戦してたことは想像に難くない。そうでなければ僕の人生はいつ何時打ち切られてもおかしくないくらいに先行きが不透明だったのだから。だが、ルクスは決してそうではない、今でも冒険者専門に戻れば仕事には困らないだろうし、それどころか落ち目のうちに仕えるよりも遥かに良い生活が送れたに違いない。

 ――ご当主様に受けた恩は生涯を賭けて返させていただきたく存じます。

 そういって頭を下げてきた日のことを僕は忘れることができない。これほどの忠義を捧げられる主君に仕えたいと思ったし、その敬意の相手が父上だったのも誇りに思ったものだ。

 <聞いてる? 聞いてるなら、質問に答えてほしかったりするんだけど、、、>

 ――ごめんごめん、ちょっと考え事してて。でギルドについてだっけ?

 こんな軽口を言い合えるほどには王剣との距離が縮まったことに、ちょっと喜びを覚える。

 <そうそう、俺にとってこの世界の情報源はユハだけなんだからさ>

 ――あのね、ギルドっていうのは各国毎にシステムとか保障の程度は多少違うものの、おおよそ各国共通で認められている組織なんだ。高位の魔物とか、天災級の魔獣なんかは国一つで対応するには限界があるからね。強力なスキルや戦闘力を持った人種は各国共有の財産だって考え方から生まれた組織だって聞いてる。

 <へぇ、皆で力を合わせてってヤツか。やっぱり共通の脅威があれば団結できるってやつなんかな>

 ――それがそう単純でもなくてね、確かに建前はそうだけど。先にギルドランクの説明をちょっとするけど、ABCDEの順でランクが決まってて、Aが一応の最高位だね。で、A以上のランクを持つ人間は国家預かりの身分になるって決められてるんだ。

 <じゃあ、ルクスさんってすごく偉い人なんじゃないか? というか身分的にこんな単独行動みたいなことが許されるの?>

 ――そこが、この制度の微妙なところなんだけど、国家預かりって身分がとっても都合がいい言葉でさ、つまり国の仕事に従事している間は各国共通任務を断れることになってるんだ。だから王族を始め、有力貴族は優秀な冒険者を囲い込むことが国力を高めるっていって暗黙の任務として課せられてたりするっていうのが現実。囲い込んだ冒険者の行動は国益を損ねない限りにおいて自由が保障されるってこともあって、ギルド制度って抜け道がいくつもあるの。そしてルクスは父上がまだ生きていた時に雇った冒険者だったんだけど、父上が無くなったときにもうちに残ってくれた唯一の人なんだ。

 <Aが一応の最高位っていうのは?>

 ――まず、Aランクの認定を受けているのが公称3000人なの。だからAランクって言っても実力に差があるっていう事実があるんだ。とはいっても、たとえば竜の中で弱かったからって言っても竜は他の種族から比べればやっぱり竜であるように、単純な戦闘じゃ最下層のAランクでも信じられない強さだけどね。

 それに……これは完全に裏情報なんだけど、どの国にもAランクを遥かに超える実力を持つ人が数人いるんだ。Sのランクを持つ人は一人で災害級魔物と戦えるって言うけど、見たことはないかな。まぁ、見る機会があるとすれば、国の存亡に関わるような致命的状況しかないだろうけどね。

 「――ご主人様」

 ――うわっ。

 話に夢中になって歩いていたら、いつのまにかルクスに追いついてしまっていたらしい。いきなり、耳元で声を掛けられたからすごく驚いた。

 「お話し中、申し訳ありません。ですが、そろそろフォレスティアの関所にたどり着きます。ですので、歌を覚えていただかなくてはなりません」

 「歌? ってどういう意味?」

 「フォレスティアに入るには、門番との問答に答える必要があります。その形式が伝統的に問答歌なのです。そのために」

 関所を通るのに身分証かお金というのは想像していたが、まさか歌とは。考えてもみなかった。つくづく自分の生きてきた世界が狭かったと実感する。そんなとき、

 <へぇ、問答歌か。なるほどね>

 という声が頭に響いた。

 ――知ってるってことは、フォレスティアにいったことがあるの? それとも他の場所でもそういう風習があるとか?

 <そのフォレスティアってとこには行ったことが無い。けど、問答歌ってのは知ってる。俺の前にいた場所にはそういう風習が残ってるところがあってね。そちらにしても実際行ったことは無いが、時と場所が違っても同じような文化があるもんだなぁと思っただけさ>

 ――ふぅん。

 さすがは、剣に宿った意識ということなんだろう。きっと僕の知らないような場所を、時代を知っているのだろう。

 「ではご主人様、歌をお教えいたします。そう難しいものではありません。初めに向こうからの問いかけの歌が送られます。それに対しての返歌を二人で行い、そしてフォレスティアの恵みを頂いて、儀式は終わりです。よろしいでしょうか」


 そうして、ルクスに教えて貰い確認しながら、森の中を歩いていく。

 いつの間にか、鬱蒼とした密林はなりを潜め、左右に測ったかのように等間隔で並ぶ木々に導かれるようになっていた。足元を見れば、自然に踏み均された道。清澄でいながら優しい空気が漂い始める。

 「何か……いいところだね、ルクス」

 「はいご主人様。フォレスティアは今なお生き続ける神々の中で、最も穏やかな神に守られた国です。

 男は技を伝え、女は心を伝える。伝える技は賢きものに、伝える心は正直なものに。

 それのみがフォレスティアの教えであり、この精神は神代の時代より、絶え間なく我らに受け継がれているのです」

 柔らかな表情でそう答えるルクス。

 僕も、疲れは気付けばどこかに置き去ってしまっていたようだ。


 やがて一際大きな木々がまるで門のように聳えている場所にたどり着くと、いつからいたのか5人ほどの巫女姿の女性が朗々と斉唱を始めた。

 ――外より来たものよ。我らは汝を受け入れない。汝らは森を殺し我らに仇なす。しかし汝らは否やと答える。それは何故ぞ?


 ……確かに、と僕は思う。この国の流儀はブラハムとは全く異なる。

 だからこそ、この歌を初めて聞いたときはただ覚えるだけに必死になってしまったが、素直に歌の意味を捉えれば、そこに必要なのは相手を敬う気持ちである。

 僕は、それが伝わってほしいと思いながら、ルクスから教わった歌を彼女と共に歌う。

 ――森に生きるものよ。我らは貴方たちに縁ありしもの。この歌を知るこそその証。遠き道を越え、善き友として貴方の神に頭を垂れよう。森に生きる者よ。貴方は我らに縁ありしもの。

 ――幾千の川、幾万の山を越えて来たりし友人よ。我らは貴方を歓迎する。フォレスティアの恵みがありますよう。


 差し出される竹のカップに口をつける。中に入っているのは神の座す樹の雫らしい。

 よく冷やされたソレを口に含んだ瞬間、体の中心に一本芯を通されたように気持ちが改まる。

 「ようこそ旅の人。フォレスティアは貴方を歓迎する」

 巫女たちの後ろから現れた、目深くフードを被った男の人の声にルクスがゆっくりと頭を下げた。

 「お久しぶりです。師匠」


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