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王剣問答

 目を覚ます。

 いつもより低い天井に、少し埃っぽい空気が鼻にツンと来て、ユハは顔をしかめた。

 見渡せば、ベッドの周りにはほとんど物がなく必要最小限の衣装ケースと鏡台、テーブルくらいしか目に映る家具が無い部屋だった。そしてそのテーブルの上で朝食の準備(保存食だが)をしているルクスと目があった。

 「お目覚めですか? ご主人様」

 いつも通りでない部屋の中にあって、いつも通りのルクスの顔にちょっと安心。

 ルクスの顔をじっと見つめる。

青く、肩まで届く髪はバレッタで留められていて清潔感があり、目は切れ長で強そうにきりりと引き締まった眉が羨ましい。僕より背が高く、体つきはたぶん年相応なんだろう。僕と比べるとかなり豊かだ。

 ……羨ましくはない。

 「どうされました? ご主人様」

 「なんでもないよ、ただ、ルクスはいつも通りだなぁって思っただけ」

 そうですか、といってルクスは横に置いてあった鏡を取り、僕に向けた。

 「早速ですが、ご主人様。確認ですが、今日は火の月の第三週の五日です。……つまりご主人様は丸二日寝ていました。お体に異常は感じますか?」

 ……二日。

 その言葉に、多少愕然とする。自慢じゃないが、僕は寝つきも寝起きもいい方で、かなり正確な体内時計を持っていると自負している。寝ようと思ったってそんなに寝れる人間ではない。そんなに負担がかかっていたのか……と自問して、はたと思い至る。

 ――そういえば、左足はどうなった?

 記憶が正しければ、かなり流血していて力が入らなかったのを覚えている。体の傷に抵抗はないが、神経をやられていればそれは事だ。

 おそるおそる、服の上から刺されたあたりに手を伸ばす。

 ……痛くはない。

 傷はどうなっているのだろうと思い、勇気を出して、ズボンの中に左手を突っ込む。そこには、まるで何も無かったかのようにつるりとした肌の感触だけがあった。

 「ルクスすごい!! ひどい怪我だったのに、治療魔法も得意なの?」

 魔法は、人によって向き不向きがあるものの、普通攻撃魔法の得意な人は回復魔法が苦手で、逆もまた然りというのが常識だ。まぁ、中にはとんでもない例外がいるけど、ルクスの回復魔法が得意だという話を、僕は聞いたことが無かった。

 「それなんですが、正直に申し上げまして、私はご主人様に一切の治療行為を行っていません。必要が無かったからです」

 「えっでも――」

 「――それからもう一つ。鏡をご覧ください。ご主人様の右目の色が黒く染まっています。以上のことから、ご主人様の体は何らかの形で王剣の影響を受けていると考えられます。もう一度聞きますが、お体に異常は感じますか?」

 ゆっくりと、噛んで含めるように言い聞かすルクスの言葉を受け、僕の頭の中は急激に水でも掛けられたみたいだった。

 意識して鏡を見ると、確かに右目が左目よりも黒い。

 王剣の影響、か。

 右手の甲に目をやる。複雑に円形の模様と多角形が絡みあうその文様は、心なしか依然見た時より、画数が増えているように感じた。

 運命を変えたい、と強く希ったはずなのに、いざ変わったかもしれない自分の体を目の前にすると、こんなにも心が落ち着かないのは何故だろう。


 ――ねぇ、王剣。なんで貴方は僕に抜かれたの? 貴方は僕に何を求めるの?

 答えが返ってくるとは当然思っていなかった。それでも、右手の模様を見ながら、ユハはそう尋ねざるを得なかった。

 <うーん。なんで抜かれたかっていうのは俺にもわからん。強いていうなら一番最初に俺を抜こうとしたからじゃないのか?>

 「だ、誰!!!?」

 聞こえるはずのない返答に、僕は焦って辺りを見回す。ルクスも僕の様子に敵襲かと神経を張りつめさせるが、どうやらルクスセンサーに引っかかるものは無かったらしく、僕の顔を見返して、首を傾げた。

 ――まさか、王剣、なのだろうか。

 右手の模様に言葉が通じるのかと思い、藁をも掴む気持ちで念じた。

 ――ねぇ、王剣。僕の声が聞こえるの?

 <ん? おお、聞こえる聞こえる。なんだ、宿主と会話できるのか、いや、俺もそろそろ人恋しいと思ってたところでね、こりゃ都合がいい>

 ……意外と軽いな、王剣。

 それが偽らざる第一印象だった。なんか、急激に体の力が抜けた気がする。

 がくりと背筋を弛緩させ、気を吐いた僕を訝しく思ったのか、ルクスが声をかけてきた。

 「ご主人様? どうされました? まさか、何か不調が?」

 「いや、違うんだ。どうやら王剣ってのは思ったより威厳が無いなって、がっくりしただけ」

 「王剣の、威厳? それはっ意志の疎通ができるという意味ですかっ!?」

 急にかぶり付くように顔を近づけてきたルクスに驚いて、少し後ろに下がる。

 「う、うん、たぶん。右手のこの模様を見ながら、念じたら返事が返ってきて――」

 ――言うが早いか、ルクスは僕の右手を取って、目に人を殺せそうなほどの力を込めて僕の右手を見た。

 なんとなく声を掛け辛く、しばらく黙っていると、ルクスは目を爛々と輝かせたまま

「してご主人様、王剣はなんと返答を?」

 と聞いてきた。まるで分らない。試しに王剣に聞いてみることにする。 

 ――ねぇ、ルクスはなんて聞いてたんですか?

 <知らんよそんなの。残念ながら俺にそんなニュータイプ能力みたいなのはないからな>

 ニュータイプ能力ってなんだろうと思いながらも、言われたことをそのままルクスに告げた。すると ルクスは真剣な顔をして、しばらく考えた後

 「おそらく、剣とご主人さまの間には何らかの契約のようなものが結ばれたのかもしれません。使い魔が使役者の言葉をある程度解する事が出来るように、王剣の言葉もご主人様に理解できるような変換がなされている可能性があります。そして意味の伝わらない言葉は、そのまま変換されずに残るということではないでしょうか」といった。

 ……なるほど、ルクスの仮説はかなり筋が通ってるように思えた。確かに使い魔を使役する場合、お互いの体に何らかの紋章が刻まれることはよくある。ただ、普通はただの三角形だったり四角形だったりと単純な図形であるのだが、王剣ほどの高位の存在と契約するには、こんなに複雑な図形が必要なのだと言われれば、いかにもありそうな話である。

 「では、ご主人様、私の代わりに剣にいくつか質問していただけませんか? まずは――」

 といってルクスは矢次ぎ早に言葉をつなぐので、僕は慌てながら右手に意識を集中した。


 ――なぜ、貴方は僕に抜かれたの?

 <あー、いろいろ考えてみたけど、全然理由が考え付かないわ。やっぱり早い者勝ちとかじゃねーの?>

 ――貴方は、気の遠くなるような年月誰も抜くことができない剣だったのに?

 <それなんだがね、俺の意志があの剣に乗り移ったのはあんたが抜く二日前でね。その間に抜こうとチャレンジしたのがあんただけだったんだよね。だからそれより前のことは知らないし、あんた以外に抜けたかどうかも良くわからん>

 ――僕の右手に複雑な紋章が刻まれたんだけれど、これの意味は?

 <知らんよ。俺は魔法とかそういうのは全然わからないし>

 ――右目の色が黒く変わったのは?

 <それもわからん。まぁ、俺の前世は瞳が黒かったから、その影響でもあるんじゃない?>

 ――これ以上体に変調をきたす可能性は? 

 <わからん。こうなった経験がないからさ>

 ――前回の戦闘で負った怪我を直したのは貴方?

 <あー、それに関しては、俺個人が意識的に何かをした覚えはないんだけどな、一応俺の所持スキルというか、設定に「不滅」ってのがあるから、それが作用したんじゃないか?>

 ――あの時、僕の体を乗っ取った?

 <おお、それな。どうも宿主たるあんたの意識が無い時は代わりに動かせるっぽいぞ>

 ――さっき所持スキル「不滅」あるって言ってたけど他には?

 <確か、豪力無双、攻撃無効、金運、自動翻訳、良縁、自我保存だったかな? 他にもなんかあるかもしれないけど、今はちょっとわからん>

 ――貴方を使役する代償は?

 <さあ? そんな契約は使いのやつとしてないから詳しく知らない>

 ――貴方を武器として使うことはできるの?

 <試してみればいいんじゃないか? 個人的にはできそうに思えるけど>

 ――最後の質問、貴方は僕に何を望むの?

 <……望みは、この世界を見せてもらうことだな。所謂英雄って存在をこの目で見てみたくてね。なんなら、あんたがソレになってくれてもいい――>


 それからいくつか雑談交じりに、僕やルクスに関する王剣の疑問に答えて、質問会は終わった。これでとりあえずは、剣について知っておくべきことは聞けた気がする。

 それに、どうやら思っていたよりも気さくで良い人?なのかもしれない。これはいよいよ僕も自分の人生を思うがままに生きれるようになるかもという希望が持てるのではないだろうか。

 ……それしても英雄、である。絵本の中で何度も読み、憧れた存在。

 男らしくしたくても女の身がそれを邪魔するし、性別の差なんて歯牙にもかけないような才能には恵まれなかった僕に、そんな選択肢を選べる日がくるなんて夢のようだ。

 僕は晴れやかな気分のまま立ち上がり、伸びをする。そうして二日ぶりのご飯を食べるため、テーブルに向かった。



 一方ルクスは、深く考え込んでいた。

 ……あまりに王剣の存在がご主人様に都合良すぎる。

 王剣の持つ破格さは、先ほど聞いた所持スキルから見ても瞭然だ。そのどれもが超一級なスキルで、特に不滅や無双、自己保存などは求める者があまりに多く、人の身には余るため、そのうち一つのスキルの万分の一を手に入れるために修羅の道に入らざるを得ないほどであり、神々のスキルと言われるものである。それを単身で複数所持しているなど、もはや人知を超えている。

 おまけに、剣の使用に制限が無いというのは如何なる理由によるものだろうか、普通あれだけ規格外のエネルギーを召喚しようとすると、国一つ分の命を全て生贄に捧げた上で、数分間の維持が限界と言えるほどの存在規模である。とても人一人の身で、しかも無制限に振るわれてよいものではない。

 ルクスは一流の冒険者として、力を持つということの意味を多少なりとも知っているつもりだ。そして強すぎる力が災いを引き寄せるということも、本能的に悟っている。

 ……王剣は完全に信用するには危険すぎる。

 ルクスは熟考の末、そう結論付けた。

 そして万が一前回のように敵に襲撃され、自分が戦闘不能に陥った時には、ご主人様には自分で自身を守ってもらわなければならない。王剣が引き寄せるであろう運命に抗えるよう、ご主人様はもっと強くならねばならない。爛と目を輝かせたルクスの決心は固かった。

 「あぁ、そういえばご主人様。ご主人様がお休みの間に、次の目的地を考えておきました。私の故郷があるフォレスティアはどうでしょう? 隠れるには最適ですし、私の師匠もおります。安全は、ここより保障されているかと」

 満面の笑顔でそう告げるルクスに、浮かれていたユハは二つ返事でOKを出した。

 自らの侍女がこういう顔をするときは、決まって難題を持ちかけてくることなど、この時のユハの記憶には全く残って無かったのだった。

 

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