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森の国フォレスティア3

 「これは……なかなか……」

 ズメイはそう言いつつも、目の前の華奢な少女から目を逸らす事が出来なかった。

 ひやりと背中に冷たいものを感じる。


 少女自体の外見的な変化は実に軽微であって、ただ髪と眼に黒が混じっただけである。が、その内面に包括される存在規模は先ほどとは比べ物にならない。

 ……藪を突いてなんとやら、か。

 心の中で、彼はそう一人ごちた。

 

 ズメイは、自らの強さを知っている。

 それは彼自身の修行の賜物であるし、種族的特性でもあるが、こと「戦う」という一点において竜人という種は破格である。


 竜の身体能力と人の成長可能性を可能な限りの高レベルで融合させたのが竜人という種だ。

それは人魔大戦で必要とされた能力であったし、人魔大戦が終わって幾星霜と経った今でもなお竜人という種が伝説に名を刻んでいる所以でもある。


 彼自身は人魔大戦より後の生まれであるが、それでも百数十年の時を生き、積んできた研鑽を鑑みれば、その時代に生まれていたとしても十分に戦えていたという自負もある。もし仮に、今の世で自らが負けるとすれば、それは竜種に対してのみ絶対的な能力を発揮する竜喰らいか神々くらいのものだろうと思っていたし、そもそもそれらの存在もまた、彼自身と同じくほぼ噂の中にだけ生きるような数しかいない。

 つまるところ、掛け値なしに彼は今のこの世界において強者であって、間違ってもただの人間であるユハと名乗る少女を脅威に感じることはありえなかった。


 ……ブラハムの伝説がこれほどとは。

 ただの人間種をして、並外れた存在密度に補完する機能を有する魔法。

 彼は王剣をそう看破する。そしてそれはフォレスティアにただ一人のSランク認定者であるズメイをして必勝を確信させえないだけの力を確かに持っていた。




 ……これはどうやらうまくいったかもな。

 内心の動揺を悟られないように、あくまで余裕がありそうな表情を崩さないように心掛ける。可能な限りの愛想を振りまいているつもりだが、「ふてぶてしく、不敵な笑み」と受け取られているということを、彼はまだ気づいていない。

 

 俺こと、秋場啓介の考えた仮説と、ついでに理想の展開はつまり次のようなものである。


 あのズメイとかいう竜とのハーフは「信用が欲しい」と言った。これはフォレスティアが問答歌で入国審査をやるような古式ゆかしい国家であることを考えれば、容易に納得ができるものだ。それでなくとも、女二人が着の身着のままあんなジャングルを越えてきて、おまけに「ブラハムの国宝を今持っています」みたいな紹介をされれば誰だって警戒を抱くに決まっている。

 おそらく彼は現代でいうところの警察の責任者みたいな役職にあるのだろう。

 ユハの話からするとSランクっていうのは滅多にいないらしいし、国の治安維持っていうのはある程度の力と権威がないとうまく回らないというのは知っているから、そういう意味で彼がその手の仕事についていることは推察がつく。それでも旧知の間柄であるというルクスさんがいなければ、もっと下っ端の役人がこの入国チェックを行ったに違いないが、まぁそこは確認しようもない。


 とにかく、今ここで必要なことは友好的アピールだろう。

にこやかに笑いかけてしっかりと挨拶をする。社会生活の基礎基本にして、異世界でも通用すると信じるに値する行為だ。

 ユハに剣として召喚してもらうということも考えなくもなかったが、丸腰の相手に対していきなり刃物を取り出すのもいかがなものかと思い、取りやめた。


 それに、なぁ……。

 実は一度、セーフハウスにいた時に剣としてユハに召喚してみてもらったことがあったが、何故かあんまりうまくいかなかったのだ。というのも、以前の俺は自分で言うのもなんだが、ゲームの世界でいうところの「伝説の勇者の剣」もかくやというほどの美剣だったと自負している。それが何の手違いか、全体的に輝きの失われたような、安っぽさすら漂うただの長剣として召喚された時はさすがにちょっとへこんだ。

 ――なんか、ごめんね?

 そういってユハが慰めてきたのを思い出す。


 まぁしかし、そんな形での召喚も考えようによっては悪くない。形はどうであれ、俺が「不滅」のスキルを持っていることに変わりはないから、戦いになっても砕けることはないし刃こぼれもしない。そしてそれが王剣だと見抜かれることもないとなれば、大量生産品と見栄えが変わらない境遇というのも受け入れられないこともない。

 っと、話が少し横道に逸れたが言いたいことは、安全上の問題だけでなく、剣の姿のままじゃ、王剣と信じてもらえないという可能性があったということである。


 だから、俺は一計を案じた。

 幸いなことに、以前の経験から俺はユハの意識がない時は彼女の体を自分の体のように扱えることを知った。そして最近わかってきたことだが、どうやらユハが意識をなくしていなかったとしても、俺に意識を委ねてさえくれればある程度は俺の意識で体を動かせるらしい。

 まさに憑依状態とも言えるこれほどの規模でユハの体を借りたことはなかったが、この状況を見る限りは、まずまず思惑が成功したのではないだろうか。

 つまり、件の武器にして最も怪しい存在であるところの俺が矢面に立って話し合いをすれば、あのズメイさんもおとなしく引き下がってくれるのでは? という判断だ。


 ……正直な話、今のこの状況で真剣な命のやり取りなんてしたくはない。

 自分の転生担当官を信じてないわけじゃないが――断じて一般人だった前世の俺の感覚とすれば、「いきなり最強になっているはず」といわれても、それをそのまま鵜呑みに出来るかって言われればそんなことはない。

 このズメイさんが、CとかBランクくらいだったら腕試しっていう線も考えられたが、現実はそうもいかない。何事も順番があるのだ。


 ――どうだユハ。なんとか上手いこと切り抜けられそうな感じにみえないか?

 <うーんどうだろう。ズメイさんもルクスもなんか難しい顔してこっちをみている気がするけど>

 自信を深める俺に対して、どうも疑問が払拭できない様子を見せるユハ。

 この認識の違いの原因を考えていたところで閃くものがあった。

 ――それはあれだ、こういう憑依状態をみたことが――ひょっとしてこういうのって非常識なのか? 悪魔祓いとかされちゃう系の?


 しまった。その可能性を考えて無かった。これほど信心深い国家ならそういうことももしかしてありうるのかもしれない。


 <確かに、意識ごと体の制御を乗っ取られるってのは聞いたことないなぁ。せいぜいが腕一本くらいを操る干渉系の能力を持つ魔物がいるってくらいで>

 ――むぅ。さっきからガン見されている気がしてきたのはそういうことか。だがしかし、誠意を持った対応さえすれば問題は無いはず!!

 <なんだか……僕は先行きが不安になってきたよ……>

 今にもため息をつきそうな、物憂げな感じでそう言うユハの存在をしっかり感じながら、俺は状況を好転させるために、こちらから仕掛けていくことにした。


 「さて、ズメイさん。あなたは先ほど信用が欲しいとおっしゃった。大切なことです。よってこちらとしてはそちらの質問に答えることでそれを示そうと思うがいかがか?」

なんとか対話でこちらに敵意がないということをわかってもらうために、そう切り出す。

すると、ズメイは「あぁ……うむ……」とか一通り訝しんだ後

 「ブラハムの伝説よ、俺は貴方を何がしかの魔法的な存在だと考えていたのだが、どうやら貴方には十分な自我があるようにお見受けする。まずは名を教えていただけないだろうか」

と問うてきた。

 「名……ですか」

 なんでも答えるといっておきながら、いきなり言いよどんでしまう俺。


 ……名前かぁ。

 この質問は実はかなり困る。何故なら俺の人であった時の名前は当然、秋場啓介だが、この名前はたぶん求められていないからだ。

 日本的な名前が場違いというのもあるし、それにこの質問の意図はおそらく「本当にブラハムの宝剣ならば、その真名を知っているだろう?」というものに違いない。


 たぶん街中に刺さっていた時に聞いた話だったかと思うが、俺の転生先のこの剣は神代の時代から存在するもので、今となってはその真の名を知る者はほとんどいないという。ゆえにそれを知っているかどうかが王剣の証明と考える向きは十分に解る。

 外界からの接触を嫌うフォレスティアの民たるズメイがそのことを知っているのにはいささか驚いたが、立場が高いものは皆知っているレベルのことなのだろうか。


 「……名など、人が私を勝手に呼ぶときに使うものに過ぎません。人魔大戦の折に呼ばれた名もあれば、それより昔に呼ばれた名もあります。それは人とは違う時間を生きる私にとって何の意味を持ちませんし……・私の剣としての在り方にも影響を与えないでしょう」

 しばらく悩んでから、俺はそう答えた。

 なるべくそれっぽく聞こえるように考えたセリフだが、これはなかなか説得力がありそうに思える。現に、名を聞いてきたズメイも「ふむ、なるほど」と言って思案に暮れている様子がありありと見てとれた。……しかし、この世界で生きるならこの世界用の名前を考えておいた方がいいのかもしれない。


 というか、ユハ達にすら聞かれたことないからな……俺の名前は。

 まぁ、それは仕方ないか。

 ユハが求めているのは俺の王剣としての能力だし、俺は俺で自分のミスはあったにせよ、思うがままの形での転生を経てこうなっている。他の人間が死んでからどうなっているのかは知る由もないが、そこに対して文句を言う気は無い。


 ――そう、全く気にする必要などないのに<王剣の、名前……? そんなの考えたこともなかった……>なんて思考ダダ漏れで自失状態になっているユハに、俺は複雑な感情を覚えてしまった。


 「ならば剣よ、こちらとしては貴方に聞きたいことはあと二つだ。当面の目的と貴方の実力が伝説通りなのか否か。……だが、それは座して分かり合えるものではない。長く人の世に生きた貴方なら十分に解るだろう?」


 ズメイの問答は実質的に先ほどの誰何で終わっていたらしい。

 この質問は完全な宣戦布告に他ならない。

 「……いいでしょう。フォレステイアの子にして竜の戦士よ。それが貴方の流儀なら、私に否やはありません」

 いささか演技のしすぎなきらいがあるが、今の俺はよくわからない。ちょっと熱くなっているのだろう。

 ……ぶっ飛ばされて、頭を冷やすのも悪くないかな。

 そんなことを思いながら、俺は立ち上がるのだった。


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