第1話 拾われた王
一〇六六年、九月二十五日の朝。
イングランド北部、ヨークの南の川岸に、ノルウェーから北海を渡ってきた船が連なっていた。帆は畳まれ、槍や盾を携えた兵たちが岸へ上がっていく。ノルウェー王ハーラル・シグルズソンは、自分の船の舷側で息子を呼び止めた。
「船を守れ、オーラヴ。俺が戻るまでだ」
息子は舷側に手を置いたまま、返事をしなかった。今度こそ連れていってもらえると思っていたのだろう。もう片方の手は、腰に吊った剣の柄を握っていた。
「父上。いつまで俺を――」
「帰ったら聞く。今夜はお前と飲もう」
ハーラルはその肩を叩き、岸へ降りた。背後で息子が何と答えたかは、出立を告げる声に紛れた。先に上がっていた兵が道を空け、ハーラルは旗の立つ方へ歩いた。
五日前にヨーク近郊で敵軍を破り、その後、街の服従も取りつけた。今日は街の東にあるスタンフォード・ブリッジで、服従の証となる人質を受け取る手筈になっている。それが済めば、さらに南へ進む。イングランドの王冠を手に入れるために、この船団を率いて海を渡ってきたのだ。
船へ振り返ると、オーラヴがまだこちらを見ていた。ハーラルは片手を上げ、そのまま兵たちの間へ入った。
*
スタンフォード・ブリッジで人質を待つうちに、西の道から土煙が上がった。
やがて、光を弾く槍先が見えた。橋の向こうへ続々と現れるのは、盾を持つ兵だった。後ろからも列が途切れずに押し寄せてくる。イングランド王の軍が、もうここまで来ていた。
「旗の下へ寄れ! 列を作れ!」
ハーラルは剣を抜き、駆け戻ってくる兵を左右へ振り分けた。盾を寄せた列の向こうで、槍が一斉に下がる。人質を連れて船へ戻るはずだった道が、敵兵で埋まっていた。
最初の衝突で、前列が押し戻された。踏みとどまった男たちの肩越しに、味方の槍が突き出される。刃の音と怒号に、川の流れる音はかき消された。
左の男が崩れた。できた隙間へ身体を入れ、突き出された槍を剣で払いのける。まだ押し返せる。味方の肩を掴んで引き寄せ、次の命令を叫ぼうとした時、喉の奥で何かが裂けた。
声が出なかった。
指に矢の軸が触れた。吸おうとした息の代わりに血が上がり、視界が傾く。膝が土を打った。
オーラヴには、船を守れと言ってある。
そこまで考えたところで、頬に冷たい水が触れた。
*
小石が口に入っていた。
ハーラルは咳き込み、片肘をついた。足首へ波が寄せ、引いていく水が石を鳴らしている。剣を握った右手が痺れていた。刃の先は、濡れた砂に半ば埋まっていた。
「オーラヴ」
声が出た。
喉へ手をやる。矢がない。指で顎の下から鎖骨まで探っても、穴も裂け目もなかった。胸元の衣には血が黒く染みついている。
もう一度、息子の名を呼んだ。次いで、近くにいたはずの味方を呼ぶ。岩場の上で鳥が飛び立ったほかには、返事がなかった。
身を起こすと、左膝に古い痛みが走った。肩も重く、剣の柄を握り直そうとして指がつった。何度も戦場を歩いてきた身体はそのままなのに、喉だけが、どう触っても傷ついていない。
岩の間から、青い海が見えた。波が砕けた先にも、低い雲の下まで水が広がっている。
川はどこへ行った。
頭の上で、小石が崩れる音がした。
「おい。立てるか」
振り仰ぐと、道から男が下りてきていた。襟元の色が褪せた上着に、膝までの長靴。ハーラルより一回りは若く見え、岩の段を迷わず下りてくる。ハーラルは岸の上を指そうとして立ちかけたが、踏み出した足が滑った。
「待てって。そっちは苔がついてる」
差し出された腕を掴むと、男は岩へ片足を掛けて踏ん張った。肩に下げた革の道具袋が、二人の間で揺れた。
「あんた、まず剣をしまってくれ。助ける方も怖い」
言われて初めて、切先が男の脚へ向いていることに気づいた。砂を払って鞘に収めると、男は乾いた岩まで肩を貸し、金属の水筒を差し出した。
「少しずつな」
水が喉を通った。傷に触れるつもりで身構えていたのに、そのまま胃へ落ちていく。水筒を下ろしてもしばらく、ハーラルは口を開けなかった。
「ほかに人は」
「ここにいたのは、あんた一人だ」
「船は見なかったか。川に何隻も繋いであった。俺の息子が残っている」
男は海を振り返ってから、ハーラルの顔を見た。
「この辺に、そんな川はないよ。どこから来たんだい」
「ヨークだ」
「知らないな」
「イングランドは」
今度は首を横に振った。
「船を捜すなら、あの岬の向こうが港だ。島へ寄る船は、たいていあそこに入る」
示された先には石造りの塔があり、その向こうで幾本もの細い柱が空を区切っていた。帆柱だろうか。男に尋ねかけて、そもそもこの言葉が通じていることに戸惑った。耳慣れない響きが混じるのに、意味は分かる。ヨークもイングランドも知らぬ相手が、なぜ自分の話を理解できるのか。
男は返された水筒を道具袋にしまい、岸の上を見た。ハーラルもそこへ目を戻した。今は、人のいる場所へ出なければならない。
「港へ連れていってくれ」
「歩けるかい」
「歩く」
「そりゃ頼もしい。俺一人じゃ運べないからな」
男が先に岩の段を上がって手を伸ばすと、ハーラルはそれを借りた。登り切っても左脚へ体重を移すのが辛く、坂へ出たところで一度足を止め、男の名を訊いた。
「アヴィ。アヴィ・デグラムだ」
「俺はハーラルだ。ハーラル・シグルズソン」
アヴィは一度その名を繰り返し、ハーラルの歩幅に合わせて坂を上っていった。
*
港へ続く道で、ハーラルは荷車に轢かれかけた。
馬がいなかったので、動くとは思わなかった。甲高い音とともに車輪が回り、鉄の箱に座った男が窓から怒鳴った。アヴィに袖を引かれ、道端へ寄る。車は樽を揺らしながら二人の脇を通り過ぎていった。
「今のは、何で動く」
「機関だよ。港じゃいくらでも走ってる。挽肉になりたくなきゃ、道の真ん中に立たない方がいい」
車が角を曲がってからも、ハーラルはその先を見ていた。異国の軍に加わり、石の大都で暮らした頃、故郷にはない物をいくつも見た。それでも、荷を満載した車が馬も牛もなしに坂を上るのは初めてだった。
呼ばれて顔を戻すと、アヴィが路地の入口で待っていた。そこからは道の両側に店が続き、戸口には巻いた綱が掛かり、窓の下には小魚を干した網が並んでいる。背丈ほどもある金属の輪を転がす職人たちに道を譲りながら、ハーラルは頭上の看板を見た。どの店の文字も読めない。通りの人々の話すことは、聞き取れるのに。
アヴィが足を止めたのは、煮炊きの匂いがする店だった。戸を押し開け、奥へ声を掛ける。
「テルナ。浜で倒れてたんだ。奥、座らせていいか」
皿を運んでいた女が立ち止まった。灰色の髪を後ろで束ね、前掛けの腰に布巾を挟んでいる。ハーラルの血に汚れた襟を見て、皿を近くの卓へ置いた。
「傷は?」
「見つからない。本人も分からないらしい」
「頭を打ったんじゃないのかい」
「俺もそう思って訊いたけど、覚えはないってさ」
テルナはハーラルの顔を覗き込んだ。
「気分が悪くなったら言いな。医者を呼ぶから。先にその手を洗っておいで」
裏の水場には、腰ほどの高さの台と、使い込まれた桶があった。ハーラルが水へ手を入れると、指の節に冷たさがしみた。掌を擦り合わせているところへ、布を持ったテルナが来た。
「待ちな。少し温めるよ」
テルナは桶の縁に手を置いた。
水の中にあった指先から、冷たさが薄れていく。ハーラルは手を止めた。桶の底まで見えている。湯を注いだ者はいないのに、両手を包む水が次第に温かくなっていた。
驚いて手を引き抜くと、テルナが顔を上げた。
「熱かったかい」
「今、何をした」
「火の魔術だよ。これくらいの方が洗いやすいだろ」
ハーラルは桶の下を見た。薪も炭もない。濡れた床の上に、台の脚が四本立っているだけだった。
女の手へ目を戻し、半歩退いた。右手が胸元へ上がり、十字を切った。
「魔術だと……お前、悪魔か」
テルナは差し出しかけていた布を止めた。
「誰に向かって言ってるんだい」
戸口にいたアヴィが近づいてきた。ハーラルは女から目を離さず、その腕を掴んだ。
「見たか。火もなしに水を温めた」
「見たよ。それがどうした」
「それだけか」
「それだけって、何が」
アヴィは桶に指を入れ、濡れた指先を軽く振った。
「ちょうどいいじゃないか」
テルナは布を桶の脇へ置いた。アヴィの腕を掴むハーラルの手を見て、それからハーラルを見上げる。
「人を悪魔呼ばわりする前に、何が気に入らないのか言ってごらん」
「気に入らんのではない。こんなものは見たことがない」
「湯を?」
「魔術をだ」
アヴィの腕を離した。食堂から、誰かがパンを追加で頼む声がした。テルナはそちらへ返事をしてから、もう一度ハーラルの顔を見た。
「いまのは初級火魔術っていうんだよ。覚えておきな」
「……悪かった」
「洗ったらおいで。悪魔の食事を出してやるさ」
ハーラルは再びアヴィの腕を掴み、空いた手で十字を切った。「痛いって」と言われて、ようやく握る力を緩めた。
テルナが戻っていくと、ハーラルはアヴィの腕を離した。アヴィは戸口の脇へ寄り、ハーラルは桶の前に残って、女が触れていた縁を指でなぞった。
「どっちだ」
「冗談さ、人間だよ」
アヴィは先ほどまで握りつぶされそうになっていた腕をさすりながら答えた。
「この土地では、誰でもああいうことをするのか」
「できない人もいるな。でも、湯を温めるくらいなら珍しくない。子供でもできる」
食堂を覗くと、テルナは籠からパンを取っていた。受け取った客は何か話しかけ、女が笑うと、卓を囲んだ男たちも笑った。
ハーラルは水へ指先だけを入れた。しばらく待ってから両手を沈め、掌に溜まった砂を洗い落とした。
顔も洗うと、髭から落ちた砂が桶の底に溜まった。襟の血も擦ってみたが、固まったところが薄くなるだけで落ちない。テルナに呼ばれ、借りた布を持って食堂へ戻った。
奥の卓には、魚と豆の煮込みが二椀置かれていた。白い身が厚く切られ、湯気の間から細い緑の葉が見える。腰を下ろすと、隣の卓の焼いた肉も目に入った。客の持ち上げた一切れから脂が落ち、皿に残った汁へ混じった。
「あの肉も――」
頼みかけて、腰へやった手を止めた。金は船にある。ここにあるのは剣と、身に着けた物だけだった。向かいではアヴィが卓の端へ小銭を並べ、何枚か数えてから残りを袋へ戻している。
「この人の飯と、今夜一晩。足りない分は俺のつけでいいか」
「あんたの分と一緒につけておくよ」
テルナは小銭を取り、ハーラルの鞘を指した。
「それ、通り道へ出てる。椅子の下に入れて」
剣を置き直して顔を上げると、アヴィはもうパンをちぎっていた。ハーラルが見ているのに気づき、籠を卓の中央へ押してくる。
「取らないと、なくなるぞ」
「金は返す」
「うん。返せる時に頼むよ」
「俺の船へ戻れば――」
「まず、どの海か分からないんだろ。飯は今、温かい」
椀へ目を落とし、魚をすくった。匙の上で崩れかけた身は、舌で押すとほぐれ、煮汁には魚の脂と香草の匂いがあった。豆もよく塩を吸っている。口に残っているうちに次をすくい、パンを浸して食べていると、アヴィが訊いた。
「船には、息子のほかにもいるのかい」
「大勢いる。留守を任せて、俺は兵を連れて出た」
「兵隊だったのか」
「王だ。ノルウェーの」
アヴィの手が、パンの籠の上で止まった。
「王様?」
「ああ、そうだ」
「ノル……聞いたことのない国だな。そこの王様が、どうして一人で浜に倒れてたのさ」
「俺にも分からん。兵を率いて戦っている最中に、矢で喉を射抜かれたと思ったら、あそこで倒れていた」
アヴィはちぎりかけのパンを手にしたまま、ハーラルを見た。
「そりゃまた、ずいぶんな話だな」
「信じておらんな」
「会ったばかりだぞ。いきなり信じろって方が無茶だろ」
ハーラルは鼻を鳴らし、椀に残った煮汁をパンでぬぐった。アヴィは籠に残っていたパンをその脇へ置き、自分も食事へ戻った。ちょうどテルナが、別の卓から皿を下げて戻ってきた。
「腹に入ったかい」
「うまいな。ここの魚か」
「今朝、裏の桟橋に揚がったやつ。お代わりは?」
ハーラルはアヴィを見た。見てから、己のしたことに気づいた。椀一杯の飯を頼むのに、ほかの男の顔色を窺っている。アヴィは空の椀を見て、少し身を寄せた。
「なんだ気に入ったか。煮込みなら、まだ俺のつけでいける。焼き肉は、あんたが稼いでからにしてくれ」
「感謝する。いずれ焼き肉にしてお返ししよう」
「聞いたか、テルナ」
「はいはい。先に今日の分を食べな」
差し出された椀へ、テルナが熱い煮込みを注いだ。
*
二階の寝台は短く、横になると足がはみ出した。少し休むだけのつもりが、目を覚ました時には窓の光がずれている。階下から皿の触れ合う音が聞こえ、ハーラルは寝台の縁を掴んで身を起こした。
脇に置いた剣へ手を伸ばすと、朝、船に残してきた息子の顔が浮かんだ。自分の帰りを待っているのか、それとも戦の知らせがもう届いているのか。あいつは言われたとおりに待つ。そう思うと寝てはいられず、靴を履き、剣帯を締め直した。
階下では、アヴィが道具袋の口を縫っていた。ハーラルが降りてくると、針を布へ刺して顔を上げた。
「まだ寝ててもいいんだぞ」
「船乗りに会いたい。南でも北でも、遠くまで行った者がいい」
「じゃあ、表を回ろうか。俺も職人に用がある」
ハーラルは戸口で足を止めた。
「アヴィ」
「ん?」
「助かった」
アヴィは一度ハーラルの顔を見て、道具袋を肩へ掛けた。
「今度は車に気をつけてな」
表の通りは、さっきより混んでいた。干した綱の下を人が通り、店先で腰掛けた老人が、小さな弦楽器を弾いている。曲の途中に魚売りが割り込み、値を叫んだ。老人がもっと大きな音で弾き始め、近くの女が笑った。
アヴィは通りを歩くたびに声を掛けられた。遠洋航海から戻ったという船乗りと、昔からこの港に住む綱屋の主人にハーラルを引き合わせたが、どちらもノルウェーを知らなかった。
綱屋の店先で、ハーラルは地面へ右膝をついた。小石で海岸の形を描き、海峡を示すと、主人もしゃがんで見てくれたが、首を捻るばかりだった。
「俺たちの国は、リセラだよ。そのなんとかってのは、どっちの方角にあるんだい」
ハーラルは答えられず、描きかけの線の先で手を止めた。主人が膝を払って立ち上がり、店に呼ばれて戻っていく。
「その名を聞いたら、テルナの店へ知らせてくれ」
ハーラルが頼むと、主人は戸口で頷いた。小石を置いて立ち上がったところへ、アヴィが寄ってきた。
「この港には、よその国の船も来る。今日会った連中が知らないだけかもしれない。俺も訊いてみるよ」
ハーラルは礼を言い、手についた土を払った。アヴィと並んで歩きだすと、通りの先で視界が開け、湾を囲む岸壁と、そこに連なる船が見えた。
黒い船腹の上へ家ほどの建物を載せた大船の間を、小舟が白い跡を引いて進んでいる。漕ぎ手はいない。前へ突き出した短い竿にも、帆は張られていなかった。
「あれも、機関か」
「そう。魔導機関。あの小さいのは港の連絡艇だ」
「魔導というのは、テルナが湯を温めた、あの術か」
「そう。魔術を使って動かす仕掛けだよ。さっきの車にも積んでる」
ハーラルは連絡艇を目で追った。船尾には何人も客が座り、白い航跡が長く伸びている。
「あの力で、船まで動かすのか」
「あれよりでかいのも走るぞ」
向かい風に上着の裾がはためいた。小舟はその風に逆らい、櫂も出さずに進んでいく。ハーラルは岸壁の縁へ寄り、遠ざかる船尾を見送った。その先、港口に近い桟橋に繋がれた一隻に気づいた。
濃い青の、細い船だった。周囲の貨物船よりずっと低く、舳先から船尾へ伸びる縁が浅く反っている。前寄りに窓のある小さな船室があり、その後ろは広い甲板になっていた。短い帆柱には畳んだ帆を残しているが、櫂を出す穴は見当たらない。
ハーラルは岸壁に沿って歩きだした。積み荷の間から船首がよく見える場所まで行くと、後ろからアヴィに呼ばれた。
「そっちじゃない。職人の店は、次の通りだよ」
「少し待て。あれを見たい」
長さのわりに幅がない。あれで横波を受ければ、扱いは難しいだろう。だが、細く絞られた舳先と、その後ろへ滑らかに張っていく船腹の形が気に入った。あの先端が波へ入った時、甲板に立つ足へどんな揺れが伝わるだろう。船尾も見ようと、さらに数歩進んだ。
「いい船だな」
アヴィが足を止めた。
「……分かるかい」
「あれは速いか」
「速いとも」
返事が早かった。
「さっきの小舟よりも?」
「沖へ出たら勝負にならない。連絡艇なんか、最初の波を越えた辺りで見えなくなる」
アヴィが並び、船尾を指した。
「後ろの甲板が広いだろ。前はあそこにも客室があったんだ。上の重い物を下ろして、舵も替えた。小さい入江で回せるようにね。最初は曲がりすぎて、機関長の朝飯をひっくり返したけど」
「そいつは怒ったろう」
「まだ言うんだよ。一年以上前の話だぜ」
アヴィは笑い、舷側の白い線を指でなぞるようにして示した。
「その下に、もう一つ手を入れてる。ここからじゃ見えないけど、船底の――」
「乗ってみたい。案内しろ」
桟橋へ向かいかけたハーラルの前に、アヴィが回り込んだ。
「待った。ここからでいい」
声が低くなっていた。船へ渡る桟橋の入口には柵があり、腕に同じ色の帯を巻いた男が二人、その脇で話している。船の甲板にも一人見えた。
「俺は職人のところへ行くよ」
「その前に、持主を紹介しろ」
「金がないだろ」
「今はな。話ぐらいできる」
「売らないと思うよ」
「お前、ずいぶん詳しいな」
アヴィは返事をせず、船を見ていた。甲板の男が舷側へ寄ると、一歩下がって、積まれた木材の陰に入った。
ハーラルはその横顔を見た。
「誰の船だ」
「俺のだよ」
アヴィは笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「俺が直して、俺が走らせてた。今は、港の武装船団に押さえられてる」
「取り戻す気はあるんだろうな」
「あるから、毎日ここまで来てるんだよ」
今度の声には、先ほどまでの軽さがなかった。
ハーラルはもう一度、船へ目を戻した。甲板の男が船室へ入っていく。桟橋の二人は、柵の脇に立ったままだった。岸から見える者だけで、船を押さえているとは限らない。
「中に、お前の仲間は残っているのか」
「いるよ」
アヴィは船を見たまま答えた。ハーラルは、木材の陰に立つその横顔へ目を戻した。
「アヴィ。職人の用が済んだら、さっきの店で続きを聞こう」
「船底の話かい」
「それもだ」




