第58話 罰ゲームはメイド服
ジェンガのタワーは、すでに限界に近い状態になっていた。
あちこちのブロックが抜かれ、隙間だらけになった木のタワーは、上へ上へと無理やり積み上げられており、ほんの少し触れただけでも崩れてしまいそうな不安定な姿をしている。
四人はテーブルを囲みながら、その危ういタワーをじっと見つめていた。
順番はセラフィナの番だった。
セラフィナは少し身を乗り出し、タワーの側面をじっと観察する。指先でいくつかのブロックを軽く押してみるが、どれも微妙に引っかかるような感触で、安心して抜けそうなものが見当たらない。
「……これは、難しいですね」
その様子を見ながら、エステルは腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「セラちゃん早くしてー」
余裕のある声だった。どう見ても、次で崩れると確信している顔である。
カナタが苦笑する。
「だいぶ追い込まれてるな」
リヴィアは無言のままタワーを見つめていたが、静かに言った。
「もう安全な場所は残ってないわね」
三人の視線がセラフィナへ集まる。
セラフィナはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐いた。
「……仕方ありませんね」
覚悟を決めた声だった。
セラフィナは一本のブロックに指をかける。中央付近にある、わずかに隙間のある一本だった。
指先でゆっくりと押す。
木のブロックが、わずかに動いた。
その瞬間だった。
タワーがぐらりと大きく揺れた。
「うわっ」
エステルが思わず声を上げる。
木のタワーがぐらぐらと左右に揺れ、上に積まれたブロックが今にも崩れ落ちそうに震えていた。テーブルの上に張り詰めた沈黙が落ちる。
全員が息を止めていた。
しかしセラフィナは慌てない。揺れが収まるのを待ちながら、そのままゆっくりとブロックを引き抜いていく。
数秒後、木片は完全に外れた。
タワーは――崩れない。
やがて揺れが静まり、タワーはぎりぎりの形で静止した。
セラフィナは抜き取ったブロックをそっと上へ乗せる。
「……できました」
そう言うと、小さく肩の力を抜いた。
カナタが感心したように笑う。
「すげえ、よく耐えたな」
リヴィアも小さく頷く。
「今のは崩れると思ったわ」
セラフィナは胸に手を当て、ほっとしたように息を吐いた。
「正直、私も崩れると思いました」
その瞬間だった。
「なんで崩れないのよ!」
エステルがテーブルをばんっと叩いた。
悔しそうに顔を真っ赤にしている。
「今の絶対終わったと思ったのに!」
次はエステルの番だった。
ジェンガのタワーは先ほどの揺れのせいでさらに不安定になっている。ほんの少し触れただけでも崩れてしまいそうな、危うい状態である。
エステルは腕を組んだまま、タワーを睨みつけていた。
「……これ絶対無理でしょ」
小さく呟く。
カナタが面白そうに言う。
「さっきまで余裕だったのに」
エステルがすぐに睨み返した。
「うるさいわね!」
リヴィアは淡々と言う。
「さっきまで勝った気になってた人の言葉とは思えないわね」
エステルのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ぐ……」
再びタワーを見る。
どこを抜いても危険そうだった。
数秒の沈黙のあと、エステルは半ばヤケになったように言った。
「もうどう見ても無理じゃない!」
そして一本のブロックに指をかける。
「これよ!」
覚悟を決めたように、勢いよく引き抜いた。
木のブロックがするりと抜ける。
タワーは――崩れない。
エステルの顔がぱっと明るくなる。
「ほら見なさい!」
勝ち誇った声だった。
しかし、その瞬間だった。
上に積み上がっていたブロックの一つが、わずかに傾く。
その傾きが、隣のブロックへ伝わる。
次の瞬間、タワー全体がぐらりと揺れた。
「……あ」
エステルの声が止まる。
そして――
ガラガラッ。
木のブロックが一斉に崩れ落ちた。
タワーは完全に崩壊し、ばらばらになった木片がテーブルの上に散らばる。
しばらく静まり返ったあと、カナタがあっさり言った。
「エステルの負けだな」
エステルは固まったままテーブルを見下ろしていたが、やがて顔を上げた。
「……うそでしょ」
セラフィナが小さく笑う。
「綺麗に崩れましたね」
リヴィアも淡々と頷く。
「見事だったわ」
エステルがテーブルを叩く。
「全然褒めてないわよねそれ!」
カナタは散らばったブロックを眺めながら言う。
「さて、罰ゲームだな」
その言葉で、エステルの表情が一気に険しくなる。
「……罰ゲーム」
しかし次の瞬間、セラフィナが首を傾げた。
「そういえば、今回は一位がいませんね」
普段はゲームの一位が罰ゲームを決めるルールだった。
四人は一瞬だけ顔を見合わせる。
そこでカナタがにやりと笑った。
「じゃあ今回は、一人一個罰ゲーム考えてさ」
エステルが嫌な予感を抱いた顔になる。
カナタは続けた。
「エステル三個受けるってことで」
エステルが即座に立ち上がる。
「そんなわけないでしょ!」
勢いよく否定したあと、びしっと指を立てる。
「一個よ一個!」
崩れたジェンガのブロックを片付けながら、三人の視線が自然とエステルへ向く。エステルは腕を組んだままソファに座り、明らかに警戒した目でこちらを見ていた。
「……で?」
エステルが睨む。
「罰ゲーム、何なのよ」
カナタは少し考えるふりをしてから、ふっと笑った。
「エステルの可愛い姿見たくない?」
その瞬間、エステルの眉がぴくりと動く。
「何やらすのよ」
露骨に警戒した声だった。
カナタは特に気にする様子もなく言う。
「最近やってなかったお着替え」
エステルの顔が一瞬で険しくなる。
「は?」
その横で、セラフィナが軽く首を傾げた。
「罰ゲーム思いつかないですし、それでもいいですよ」
あっさりした同意だった。
リヴィアも腕を組んだまま頷く。
「私もそれでいいわ」
三対一だった。
エステルが勢いよく立ち上がる。
「セラフィナ止めなさいよ!」
指を突きつけて抗議する。
しかしセラフィナは落ち着いた顔のまま、エステルの方をちらりと見た。
「昨日、私を寝かしたままでしたよね」
静かな声だった。
「起きたら朝でした」
エステルが慌てて手を振る。
「いや、それはセラフィナのことを思って――」
しかしセラフィナは淡々と言った。
「危うく**されるところでしたよ」
一瞬、馬車の中の空気が止まる。
エステルの目が大きく見開かれた。
「ちょっと何言ってるのよ!」
カナタも慌てる。
「誤解を招く言い方やめろ!」
しかしセラフィナは特に動じる様子もなく、カップを持ちながら小さく首を傾げた。
「事実ですよ」
さらっと言う。
リヴィアは腕を組んだまま、静かにカナタを見る。
「最低ね」
短い一言だった。
カナタが即座に反論する。
「だから違うって!」
しかしエステルは完全に怒りモードだった。
「やっぱり変態じゃない!」
エステルが睨みつけた、その直後だった。
カナタが手を動かす。どこからともなく紙袋がひとつ現れ、そのままテーブルの上へぽんと置かれた。
「じゃあエステル、これに着替えてきて」
そう言いながら紙袋を差し出す。
エステルは嫌そうな顔でそれを受け取った。
「変なものじゃないでしょうね」
袋の中を覗き込みながら、疑いの目でカナタを見る。
カナタはとぼけた顔で肩をすくめた。
「俺がそんな事すると思う?」
エステルは即答した。
「今までしてきたじゃない」
間髪入れない返答だった。
カナタが苦笑する。
「まあまあ、細かいことは気にすんなって」
そして軽く手を振る。
「早く着替えて来てよ」
エステルは紙袋を抱えたまま、三人を順番に睨んだ。
「なんで私が……」
不満そうにぶつぶつ言いながらも、結局は立ち上がる。罰ゲームということもあり、完全に拒否するわけにもいかないらしい。
エステルはそのまま寝室へと消えていった。
しばらくして、馬車の中には微妙な沈黙が流れる。
カナタは腕を組みながら待っていたが、ふと呟いた。
「怒りながらもちゃんと着替えに行くの、偉いよな」
リヴィアが淡々と答える。
「罰ゲームだからでしょ」
セラフィナは小さく笑った。
「なんだかんだで律儀ですよね」
そんな会話をしていると、寝室の扉がぎいっと開いた。
「……着替えたわよ」
少しだけ不機嫌な声が聞こえる。
三人の視線が一斉にそちらへ向いた。
そこに立っていたのは――メイド服姿のエステルだった。
黒と白のクラシックなメイド服に、フリルのついたエプロン。
胸元はすっきりとしたデザインだが、エステルの体型のせいで自然と存在感が強調されている。長い金髪はそのまま背中へ流れ、普段の魔法使いのローブとはまったく違う雰囲気を作り出していた。
腕を組みながら、恥ずかしそうに立っている。
普段は気の強い魔法使いであるエステルが、いかにも給仕役のような服を着ている。そのギャップはかなり強烈だった。
カナタが目を丸くする。
「おお……」
思わず声が漏れる。
セラフィナは素直に感心したように言った。
「……似合ってますね」
リヴィアも少しだけ目を細める。
「悪くないわね」
エステルの顔が一瞬で赤くなる。
「ちょっと!その反応やめなさいよ!」
頬を赤くしたまま睨みつけるが、二人は特に気にした様子もない。
そんなやり取りを眺めていたカナタが、ふと思い出したように手を動かした。次の瞬間、空間から黒い板状の機械が取り出される。
スマホだった。
カナタは慣れた手つきでそれを構える。
パシャッ。
シャッター音が鳴る。
エステルが目を細める。
「またそれ?」
呆れた声だった。
カナタは画面を確認しながら笑う。
「記念記念」
そしてスマホを構えたまま言った。
「エステル、『おかえりなさいませ、御主人様』って言って」
エステルの表情が固まる。
「は?」
一瞬の沈黙。
そしてすぐに怒鳴った。
「言うわけ無いでしょ!」
カナタは当然のように言う。
「罰ゲームだろ」
セラフィナも穏やかな声で続ける。
「罰ゲームですよ」
リヴィアも腕を組んだまま淡々と言う。
「早くして」
三人の視線が一斉にエステルへ向く。
逃げ場はなかった。
エステルはしばらく固まっていたが、やがてぎゅっと拳を握る。顔は真っ赤で、耳まで染まっている。
「……っ」
小さく息を吸う。
そして視線を逸らしたまま、ぼそぼそと言った。
「お、おかえりなさいませ……」
そこで一瞬止まる。
三人の視線がさらに集まる。
エステルは目をぎゅっと閉じた。
「御主人様……」
言い終わった瞬間、両手で顔を覆う。
「もういいでしょ!」
カナタは満足そうにスマホを下ろした。
「バッチリ録画できた」




