第57話 ジェンガ対決
馬車の中には食後の満腹感が広がっていた。テーブルの上には空になった皿がいくつも並び、カレーの香りがまだほんのりと残っている。
四人はそれぞれ椅子やソファに体を預け、しばらく動く気も起きない様子だった。
その中でも、エステルは明らかにぐったりしていた。
ソファの背もたれにもたれ、片手でお腹を押さえながら苦しそうに息を吐いている。
「うぅ……食べすぎた……」
小さく呻くように言う。
その様子を見て、カナタが呆れた顔で尋ねた。
「エステル、何回おかわりしたの?」
エステルは一瞬だけ視線を逸らす。
「さ、三回ぐらい?」
少しだけ声が小さい。
それを聞いたリヴィアが腕を組みながら淡々と言った。
「こんなの将来デブ確定だわ」
容赦のない一言だった。
エステルがすぐに反応する。
「そんなことない!」
勢いよく否定するが、その動きのせいでさらにお腹を押さえることになり、顔をしかめた。
セラフィナがカップを持ちながら静かに言う。
「最近食べてばっかですもんね」
落ち着いた口調だった。
エステルがぴたりと止まる。
「そ、それはそうだけど!」
そのやり取りを見ていたカナタが、ニヤニヤしながらエステルの方を眺める。視線がわずかに下へ落ちた。
「エステルは発育いいから大丈夫じゃない?」
ちらりと胸を見る。
その瞬間、エステルの顔が一気に赤くなった。
「このセクハラやろう!」
勢いよく身を乗り出し、エステルはカナタの頭を思いきり叩いた。
ぱしん、と乾いた音が馬車の中に響く。
「いてっ!」
カナタは頭を押さえながら顔をしかめたが、どこか楽しそうだった。
食後の空気が少し落ち着いた頃、カナタが軽く指を鳴らした。
次の瞬間、テーブルの上に並んでいた皿やカトラリーがふわりと浮き上がる。空になった皿はそのまま滑るようにキッチンの方へ移動し、流し台の中へ収まると同時に水が勝手に流れ出した。
洗浄の魔法が働いたのか、皿は数秒でぴかぴかになり、乾いた状態で棚へ戻っていく。
ほんの数秒の出来事だった。
気づけばテーブルの上は何もない綺麗な状態になっている。
エステルが目をぱちぱちさせた。
「便利すぎるでしょそれ……」
カナタは特に気にした様子もなく椅子に座り直す。
「まあな」
そして三人を見回した。
「今日は何のゲームしたい?」
その問いに、エステルが即座に手を上げ間髪入れずに答えた。
「勝てるゲーム!」
間髪入れずに答えた。
その横でリヴィアが腕を組み、淡々と言う。
「あんたが負けるゲーム」
カナタは余裕の表情で腕を組みながら言った。
「セラフィナとチームでもない限り負けないよ」
セラフィナが苦笑する。
「まだマリ◯カートのこと言ってるんですか」
少し呆れた声で言った。
そしてセラフィナはカナタをちらりと睨む。
「てか、私負けてもないのにマッサージ受けさせられたんですけど」
わずかに不満そうな声だった。
カナタはくすっと笑う。
「気持ちよくて寝落ちしちゃったのに罰ゲーム扱いしてるの?」
からかうように言った。
セラフィナの頬がほんのり赤くなる。
「うるさいです」
しばらく軽口の応酬が続いたあと、カナタがふと思い出したように言う。
「それじゃあ今日はジェンガするか」
三人が同時に首を傾げる。
「ジェンガ?」
聞き慣れない言葉だったらしい。
カナタはテーブルの中央へ手をかざす。
次の瞬間、木のブロックがいくつも現れ、きれいに組み上がったタワーのような形がテーブルの上に出来上がった。
エステルがまじまじとそれを覗き込む。
「なにこれ?」
カナタは説明する。
「木のブロックをこうやって積んだタワーから、順番に一本ずつ抜いて上に乗せていくゲーム。崩したやつが負け」
リヴィアがタワーを観察しながら小さく頷く。
「なるほど、単純ね」
セラフィナも興味深そうにブロックを見ている。
「バランスのゲームなんですね」
ルールを理解した三人は、それぞれ椅子を引き寄せてテーブルを囲んだ。ジェンガのタワーは中央に置かれ、四人がそれを見下ろす形になる。
カナタが軽く手を叩く。
「じゃあエステルから始めていいよ」
しかしエステルはすぐに眉をひそめた。
「は?騙されないわよ」
疑いの目でカナタを見る。
カナタはとぼけた顔で肩をすくめた。
「今回のゲームはターンが回ってくるほど不利じゃない」
エステルは腕を組み、じっとカナタを睨む。数秒ほど考えてから、ふっと鼻を鳴らした。
「騙そうとしたバツとしてカナタから始めて」
カナタの顔が一瞬止まる。
「え?」
予想外だったらしい声だった。
その横でリヴィアが淡々と頷く。
「そうするべきね」
セラフィナも小さく頷いた。
「当然だと思います」
三対一だった。
カナタは小さくため息をついた。
「じゃあ俺から時計回りで、セラフィナ、エステル、リヴィアの順番で」
テーブルの中央に積まれた木のタワーを、四人がじっと見つめていた。小さな木のブロックが互い違いに積み上げられたタワーは、まだ綺麗な形を保っている。
カナタが軽く指を鳴らした。
「じゃあ始めるか」
そう言うと、タワーへ手を伸ばす。下の方のブロックを指で軽く押し、ゆっくりと横へ滑らせる。まだ序盤で隙間も多く、ブロックはあっさりと抜けた。
カナタはその木片をタワーの一番上に乗せる。
「こんな感じ」
何でもない顔だった。
次はセラフィナの番である。
セラフィナは少し身を乗り出し、タワーをじっと観察する。どのブロックが動くのか、指先で軽く触れながら確かめていた。
「……これですね」
そう呟くと、中央あたりのブロックをゆっくりと押す。慎重に、少しずつ引き抜いていく。
やがてブロックがするりと抜けた。
セラフィナはそれを上へ重ねる。
「できました」
ほっとしたように微笑んだ。
次はエステルの番である。
エステルは腕を組みながらタワーを睨んでいたが、やがてゆっくり手を伸ばした。
「別に簡単じゃない」
そう言いながらも、指先の動きは少しだけ慎重だった。ブロックを押してみて、動くものを探す。やがて一つのブロックが少し動いた。
「これね」
ゆっくりと引き抜く。
タワーはほとんど揺れない。
エステルはふん、と鼻を鳴らしながらそれを上へ乗せた。
最後はリヴィアである。
リヴィアは無言でタワーを見つめると、迷いなく手を伸ばした。指先で軽く押し、動くブロックを見つけると、そのまま静かに引き抜く。
動きはとても落ち着いていた。
ブロックは問題なく抜け、そのまま上に積まれる。
こうして一巡した。
しかしタワーはまだほとんど崩れる気配がない。序盤ということもあり、全員が安全そうなブロックを選んでいた。
それから何ターンか同じようなやり取りが続いた。
やがて再びカナタの番が回ってくる。
カナタはタワーを軽く見上げ、指を伸ばした。
「そろそろ怪しくなってきたな」
そう言いながら一つのブロックを押す。
すると、その瞬間だった。
木のタワーがわずかに揺れた。
三人の目が一斉に見開かれる。
「ちょっと揺れた!」
エステルが思わず声を上げた。
タワーはしばらくゆらゆらと揺れていたが、やがて静かに止まる。
カナタはそのままブロックを引き抜き、ゆっくりと上へ乗せた。
今度の揺れは、さっきまでとは明らかに違っていた。
四人の視線が、自然とタワーへ集中する。
数ターンが過ぎた頃には、ジェンガのタワーはすっかり姿を変えていた。あちこちのブロックが抜かれ、タワーに隙間がたくさんできている。
上へ上へと積み重ねられたせいで高さも増し、見た目にもかなり不安定だった。
順番はリヴィアの番である。
リヴィアは静かに身を乗り出し、タワーを観察する。どのブロックが動くのか、指先で軽く押して確かめていた。
「……これね」
小さく呟くと、中央あたりの一本に指をかける。
ゆっくりと横へ引く。
木のブロックが少しずつ外へ滑り出す。
その瞬間、タワーがぐらりと揺れた。
エステルとセラフィナが思わず息を止める。
しかしリヴィアは慌てない。
揺れが収まるのを待ちながら、そのまま静かにブロックを引き抜いた。
やがて木片は完全に外れる。
リヴィアはそれをタワーの上に乗せた。
タワーはまだ崩れない。
「……セーフ」
エステルが小さく息を吐く。
次はカナタの番だった。
カナタは腕を組みながらタワーを見上げる。
「だいぶ怪しいなこれ」
そう言いながら手を伸ばした。
いくつかのブロックを軽く押してみる。
そのうち一本がわずかに動いた。
「これか」
カナタが指先でゆっくり引き始めた、その瞬間。
タワーが大きく揺れた。
「ちょっと待って!」
エステルが思わず叫ぶ。
木のタワーがぐらぐらと揺れ続ける。上に積まれたブロックが今にも崩れそうに揺れていた。
しかし――崩れない。
数秒の揺れのあと、タワーはぎりぎりのところで静止した。
カナタはそのままブロックを完全に引き抜き、何事もなかったように上へ乗せる。
「ほらな」




