第59話 思い出アルバム鑑賞会
エステルは顔を真っ赤にしたまま叫んだ。
「もう終わり!」
そのまま勢いよく踵を返し、ばたんと音を立てて寝室へと消えていく。しばらくして扉が閉まり、馬車の中には三人だけが残された。
カナタはスマホを下ろしながら満足そうに笑う。
「エステル可愛かったな」
リヴィアが腕を組んだまま淡々と返す。
「顔真っ赤だったわね」
セラフィナもくすっと小さく笑った。
「恥ずかしがってるエステルって本当に可愛いんですよね」
カナタはうんうんと頷く。
「しかもスタイル良いからメイド服めっちゃ似合ってたな」
メイド服姿で真っ赤になりながら「御主人様」と言ったエステルの姿を思い出したのか、どこか満足げな表情だった。
セラフィナは少しだけ困ったように笑う。
「絶対怒ってると思いますよ」
カナタは軽く肩をすくめた。
「みんなの可愛いを引き出すのが俺の仕事だからな。それで怒られるなら仕方ない」
その言葉に、リヴィアが呆れたようにため息をつく。
「変な使命感持たないで」
カナタは気にした様子もなくスマホを操作する。指先で画面を軽く叩くと、リビングに設置されたモニターが淡く光り、そこへ映像が表示された。
画面には、先ほど録画したエステルの姿が映っている。メイド服姿で顔を真っ赤にしながら立ち尽くしていた。
カナタはにやりと笑う。
「みんなもさっきのエステルの動画見る?」
リヴィアがモニターをちらりと見る。
「……本人いないうちに?」
セラフィナも同じ画面を見ながら、小さく笑った。
「あとで怒られそうですね」
しかしカナタはまったく気にしていない様子だった。
「まあまあ、ちょっとくらい大丈夫だろ」
そう言いながら、再生ボタンの上で指を止める。
モニターの中では、メイド服姿のエステルが恥ずかしそうに視線を逸らしたまま固まっている。
そのとき、寝室の扉がぎいっと開いた。
「……着替え終わったわよ」
少し不機嫌そうな声とともに、エステルがリビングへ戻ってくる。メイド服は脱いでおり、いつもの姿に戻っていた。だが数歩進んだところで足が止まる。
エステルの視線は、壁のモニターに向いていた。
そこには――自分の姿が映っている。メイド服姿で、顔を真っ赤にしながら立っている自分の録画画面だった。
エステルの目が一気に見開かれる。
「何してるのよ!」
カナタはソファに座ったまま、特に悪びれた様子もなく答えた。
「今からさっきの録画みんなで見ようと思って」
エステルが即座に叫ぶ。
「罰ゲームはもう終わったでしょ!」
しかしセラフィナは穏やかな顔のまま、モニターを見ながら言った。
「エステルが本当に可愛かったらみんな見たいんですよ」
エステルは一瞬だけ口を開きかける。
「それは……」
言葉が止まる。
そして腕を組みながら、ふいっと視線を逸らした。
「仕方ないわね」
ぼそっと言う。
その瞬間、リヴィアが呆れたようにため息をついた。
「ちょろいわね」
エステルがすぐに振り向く。
「リヴィア!」
顔を赤くして睨みつけるが、リヴィアは特に気にした様子もない。
カナタはそのやり取りを見ながら、にやりと笑った。
「じゃあ再生するぞ」
指先でスマホを操作する。
次の瞬間、モニターの映像が動き出した。
画面の中では、メイド服姿のエステルが真っ赤な顔で立っている。
「お、おかえりなさいませ……」
モニターから自分の声が流れた瞬間、エステルの顔が一気に赤くなる。
「ちょ、ちょっと止めなさいよ!」
しかしカナタは止めない。
画面の中のエステルは目をぎゅっと閉じながら、恥ずかしそうに続けていた。
「御主人様……」
セラフィナがくすっと笑う。
「やっぱり可愛いですね」
リヴィアも小さく頷く。
「思ったより破壊力あるわね」
エステルは両手で顔を覆った。
「もうやめて!」
しかし映像は最後まで再生される。
やがて動画が終わり、モニターは静止画へ戻った。
リビングの空気が、少しだけ静かになる。
エステルは真っ赤な顔のまま、ゆっくりと顔を上げた。
「……もういいでしょ」
モニターの映像が終わり、リビングの空気が少し落ち着いたところで、カナタがスマホを手の中でくるりと回した。
「そういえばさ」
軽く画面を指でなぞる。
シュッ、と音を立てて画面が切り替わった。
次の瞬間、モニターに別の写真が表示される。
そこに映っていたのは――ベッドで眠っているセラフィナの姿だった。
柔らかな銀髪が枕に広がり、穏やかな寝息を立てている。普段の整った表情とは違い、どこか無防備で、安心しきったような寝顔だった。
その写真を見た瞬間、セラフィナの目が見開かれる。
「ちょっとこれなんですか!」
思わず声を上げる。
カナタは特に悪びれた様子もなく答えた。
「可愛かったから取っちゃった」
軽い口調だった。
セラフィナは慌ててモニターの方を指さす。
「早く消してください!」
しかしその横で、エステルが興味深そうに画面を覗き込んでいた。
「え、ちょっと待って」
顔を近づけてじっと見る。
「セラちゃん可愛いね」
にやっと笑いながら言う。
そしてそのまま、ぽんぽんとセラフィナの頭を撫でた。
セラフィナがびくっと肩を震わせる。
「やめてください!」
慌てて頭を押さえるが、エステルは楽しそうに笑っている。
「だって本当に可愛いんだもん」
セラフィナの頬がわずかに赤くなる。
「これは盗撮です!」
真面目な声で抗議する。
カナタはくくっと笑った。
「寝てる時のセラフィナ、めっちゃ無防備だったからな」
セラフィナが慌てて顔を背ける。
「だから消してくださいって言ってるじゃないですか!」
カナタは軽く手を振る。
「はいはい」
そう言いながらスマホの画面をまた指でなぞる。
モニターの画像が切り替わった。
次に表示されたのは――ベッドで静かに眠っているリヴィアの姿だった。
長い黒髪が背中に流れ、いつもの鋭い表情は消えている。目を閉じて穏やかに眠るその顔は、普段の凛とした剣士の姿とはまるで違い、どこか幼さすら感じさせる静かな寝顔だった。
数秒の沈黙が流れる。
そのあと、リヴィアが静かに口を開いた。
「私の寝顔まで撮ってたのね」
怒鳴るわけでもなく、淡々とした声だった。
カナタは悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「可愛かったからつい」
あっさりした答えだった。
リヴィアは小さくため息をつく。
「……はぁ」
呆れたように目を閉じるが、それ以上は何も言わない。しかしその瞬間だった。
カナタがまたスマホをスワイプする。
モニターの画像が次の写真へ切り替わった。
そこに映っていたのは、同じく眠っているリヴィアの姿だった。
ただしさっきとは違う。寝返りを打ったのか、服の襟元が少しだけ崩れており、普段は見えない胸元のラインがわずかに覗いている写真だった。
一瞬、空気が止まる。
リヴィアの目が見開かれた。
「ちょっと!」
鋭い声が響く。
次の瞬間、リヴィアの顔が一気に赤くなる。
エステルが目を丸くする。
「うわっ」
セラフィナも思わず口元を手で押さえた。
「これは……」
カナタは画面を見ながら軽く笑う。
「いや、これも可愛くてさ」
その言葉の直後だった。
リヴィアが勢いよく立ち上がる。
その頬は、はっきり分かるほど赤く染まっていた。
「この変態野郎」
静かな声だったが、明らかに怒っている。
カナタがその表情を見て、ぱっとソファから飛び退いた。
「待て待て待て!」
しかしリヴィアは止まらない。すぐにカナタへ詰め寄る。
「待たないわ」
短く言うと、そのまま手を伸ばした。
カナタは慌ててテーブルの横を回り込む。
「ちょ、落ち着けって!」
馬車のリビングはかなり広く、ソファやテーブルの周りをぐるぐる回ればそれなりに逃げ回ることはできる。カナタは必死に家具を盾にしながら逃げ、リヴィアはその後ろを冷たい目で追いかけていた。
その様子を、エステルはソファに座ったまま見ていた。
そして突然、吹き出す。
「ちょっと、リヴィアの顔」
肩を震わせながら笑う。
「リヴィアの顔があんなに赤くなってるの初めてみたわ」
確かに、普段は冷静なリヴィアの頬は今ははっきりと赤く染まっている。
セラフィナもその様子を見て小さく笑った。
「リヴィアも可愛いところありますね」
その言葉に、追いかけていたリヴィアが一瞬だけ動きを止める。
「……何ですって」
しかしその隙に、カナタはさっとソファの反対側へ逃げた。
「助かった」
それからしばらく、馬車の中では小さな追いかけっこが続いた。
やがてリヴィアも追いかけるのをやめ、四人は再びリビングへ集まる。
カナタはソファに腰を下ろしながら、スマホをもう一度手に取った。
画面には、これまで撮った写真が並んでいる。
メイド服で真っ赤になっているエステル。
穏やかな寝顔のセラフィナ。
そして、珍しく無防備に眠るリヴィア。
エステルがモニターを見ながら呆れた声を出す。
「ほんと、ろくでもない写真ばっかりね」
セラフィナは苦笑する。
「でも、楽しそうです」
リヴィアも小さくため息をついた。
「……消しなさいよ、あとで」
そう言いながらも、完全に怒っている様子ではない。
カナタは画面を眺めながら笑った。




