第53話 ヒロイン達のご褒美マッサージ
夜になり、ベルク・ラディアの城壁から少し離れた街道脇へ戻ると、カナタがインベントリから豪華馬車を取り出した。現れた馬車へ四人は順番に乗り込んでいく。
昼間は賑やかだった町の喧騒もここまでは届かず、周囲には静かな夜の空気が広がっている。今日一日、町でかなり歩き回ったせいか、全員どこか疲れた様子だった。
露店での買い食いから始まり、武器屋、魔法書店、服屋と店を回り、夕食も町の料理屋でしっかり食べてきた。
ベルク・ラディアを一日満喫したと言っていい。馬車に戻ると、四人は順番に風呂を済ませ、今はもう寝る前の休憩時間だった。
ソファに体を沈めながら、カナタが大きく息を吐く。
「今日はさすがに疲れたな」
その言葉にエステルがぐったりと背もたれに寄りかかる。
「食べすぎたわ……」
昼から露店でかなり食べていたうえ、夕食も普通に食べていたのだから当然だった。隣ではセラフィナが穏やかな表情で小さく頷く。
「夕飯も美味しかったですね」
思い出すように微笑みながら言う。魚料理やスープなど、この町の料理はどれも評判通りの味だった。
その横でリヴィアは椅子に腰掛け、腕を軽く組んだまま短く言う。
「悪くなかったわ」
相変わらず素っ気ない言い方だが、今日の食事も町も気に入っていたのは間違いなさそうだった。
カナタは立ち上がると、手を軽く振った。次の瞬間、空中にいくつかの荷物が現れる。インベントリから今日買った品物を取り出したのだ。
武器屋で買った装備、魔法書店で買った本、そして服屋で買った服。
それらをテーブルの上へ順番に並べていく。
「みんなが買ったもの、ここに置いとくからな」
そう言いながら軽く指で示す。
すると三人がそれぞれ自分の買い物へ視線を向けた。
「ありがとう」
セラフィナが先にそう言い、エステルとリヴィアも小さく頷く。
そんな中、カナタがふと天井を見上げながら、いかにも思い出したような声を出した。
「あーそういえば、今日五百万Gぐらい使っちゃったなー」
わざとらしく伸ばした声だった。
その瞬間、エステルの眉がぴくりと動く。
「……何が言いたいのよ」
警戒した目でカナタを見る。リヴィアも腕を組んだまま、じっとカナタを見ていた。
「この前もAランク武器二個プレゼントしたなー」
カナタはさらに続ける。
その言い方があまりにも露骨だった。
リヴィアが小さくため息をつく。
「この雰囲気、嫌な予感がするわ」
冷静な声だったが、完全に警戒している。エステルも腕を組みながらじっとカナタを睨んでいた。
そんな二人を見ながら、カナタはにやりと笑う。
「みんな俺に感謝してる?」
その質問に、セラフィナがすぐに頷いた。
「もちろんしてますよ」
穏やかな笑顔でそう答える。
その言葉を待っていたかのように、カナタは体を乗り出した。
「じゃあマッサージしてくれない?」
その一言で空気が止まる。
「は?」
エステルの口から素っ頓狂な声が出た。
「それとこれは話が違うでしょ!」
すぐに抗議する。
カナタは肩をすくめた。
「エステルは感謝してないの?」
その言葉にエステルの眉がぴくりと跳ねる。
「もちろんしてるわよ!」
反射的に言い返す。
カナタはすぐに続けた。
「ならマッサージぐらいしてくれても良くない?」
完全に誘導だった。エステルは一瞬言葉に詰まり、悔しそうに歯を噛みしめる。リヴィアは横で呆れたように小さく息を吐き、セラフィナは困ったように微笑んでいた。
しばらく沈黙が流れたあと、エステルが観念したように肩を落とす。
「……分かったわよ!」
半ばやけになった声だった。
* * *
馬車の奥にある寝室。広めのベッドの上で、カナタはうつ伏せになって寝転がっていた。両腕を枕の横に投げ出し、いかにも「さあどうぞ」と言わんばかりの姿勢である。
その周りには、同じベッドの上で腕を組んだり呆れた顔をしたりしながら座っている三人の姿があった。
エステルが眉をひそめる。
「マッサージって何すればいいのよ」
不満そうな声だった。カナタは顔を横に向けたまま、気楽な調子で答える。
「全身揉んだり叩いたりしてほしい」
その言葉にエステルの声が一段上がる。
「叩く!?」
驚いたように言う。カナタは平然としていた。
「もちろん俺が気持ちよくなるようにね」
さらっと言い放つ。
その横でリヴィアが腕を組んだまま静かに口を開いた。
「力加減間違うかもしれないわね」
どこか意味深な言い方だった。
するとセラフィナも小さく頷く。
「私もです」
穏やかな声だが、言っている内容は同じだった。
カナタは一瞬だけ沈黙し、それからわざとらしく笑う。
「俺達の仲だからそんなことしないよな?」
軽く言いながら三人の方をちらりと見る。
だがエステルは腕を組んだまま、冷たい目でカナタを見下ろしていた。
「今までの罰ゲーム思い返したら?」
さらりと言う。
その言葉を聞いたカナタの表情が一瞬だけ固まる。これまでの出来事を思い出したのか、わずかに沈黙が流れた。
「……エステル大好き」
突然そう言う。
エステルは即座にため息をついた。
「その作戦は逆効果ね」
文句を言いながらも、結局三人はベッドの上で、カナタの背中へ手を伸ばした。
まず肩に手を置いたのはリヴィアだった。指先で肩を押しながら、筋肉の固さを確かめるようにゆっくり揉んでいく。
その横ではセラフィナが背中の中央あたりに手を当て、優しく指圧を始めていた。エステルも不満そうな顔をしながら腕を伸ばし、渋々肩の反対側を押している。
「あー気持ちいい」
カナタが満足そうな声を出す。するとすぐにエステルが顔をしかめた。
「その声できればやめてほしいわ」
露骨に嫌そうな声だった。
セラフィナも少し困ったように微笑む。
「ちょっと気持ち悪いです」
二人にそう言われても、カナタはまったく気にしていない様子だった。
「えー気持ちいいのに」
むしろさらに力を抜き、ベッドに体を預ける。三人の手が肩や背中を揉むたびに、気持ちよさそうに息を吐いていた。
しばらくその状態が続いたあと、カナタがふと思い出したように声をかける。
「エステル」
「何?」
エステルは手を止めずに答える。
「お尻もやって」
その瞬間、エステルの動きが止まった。
「は?」
ゆっくり顔を上げ、カナタを睨む。
「絶対に嫌よ!」
即答だった。
だがカナタはあっさり言い返す。
「マッサージでは普通だって」
あまりにも自然な口調だった。
エステルは疑いの目を向ける。
「変なこと考えてない?」
じっと見下ろしながら言う。
カナタは枕に顔を埋めたまま答えた。
「考えてない」
短く言い切る。
エステルはしばらく黙ったままカナタを睨んでいたが、やがて小さくため息をついた。
「……」
完全に納得したわけではなさそうだったが、結局そのまま手を下へ移動させる。
そして渋々ながら、お尻のあたりを軽く押し始めた。
それからしばらくの時間が経った。三人の手は肩や背中、腰へと順番に移動し、なんだかんだ言いながらも真面目にマッサージを続けている。
ベッドの上でうつ伏せになっているカナタは、すっかり力を抜きながら満足そうに息を吐いた。
「リヴィアマッサージ上手いな」
突然の言葉に、リヴィアの手が一瞬止まる。
「そんなこと褒められても嬉しくないんだけど」
冷たい声で返しながらも、指先は再び肩を押し始めた。
カナタは枕に顔を埋めたまま続ける。
「細長い指がちょうどいい感じ」
その瞬間だった。
バシッ。
乾いた音が寝室に響く。
「いて!」
カナタが顔を上げる。
「なんで急に叩くんだよ!」
背中をさすりながら抗議するが、リヴィアは平然としていた。
「気持ち悪かったから」
あまりにも簡潔な理由だった。
だがカナタは懲りずに次の標的へ向かう。
「セラフィナの小さい手も気持ちいい」
穏やかにマッサージを続けていたセラフィナの手が止まる。
そして。
バシッ。
「いてっ!」
また叩かれた。
「なんで!?」
カナタが振り返ると、セラフィナはにこりと微笑んでいる。
「私だったら叩かれないと思いましたか?」
笑顔のまま言うが、言葉の内容は容赦なかった。
カナタが言葉を失っていると、さらに背後から鋭い音が響く。
バシッ。
「いてぇ!」
今度はエステルだった。
「なんで叩くんだよ!エステルには何も言ってないのに!」
思わず叫ぶカナタに、エステルは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「言われる前に叩いたのよ!」
まったく悪びれた様子はない。
カナタはベッドの上で顔をしかめながら叫んだ。
「理不尽すぎるだろ!」




