第52話 中継都市ベルク・ラディアでお買い物
ベルク・ラディアの通りをしばらく歩いたあと、リヴィアが足を止めた。視線の先にあるのは、通りの一角でもひときわ大きな建物だった。
石造りの重厚な外観で、入口の上には巨大な剣の紋章を描いた看板が掲げられている。
店の前には何人もの冒険者が出入りしており、腰に武器を下げた客が次々と扉をくぐっていく様子から、この店がかなり人気の武器屋であることがすぐに分かった。
「ここがこの町で一番大きい武器屋だな」
カナタが看板を見上げながら言う。ベルク・ラディア最大の武器屋らしく、入口の扉も二枚扉の大きな作りで、店の規模の大きさが外からでもよく分かる。
「……入るわ」
リヴィアは短くそう言うと、そのまま迷いなく店の中へ歩いていった。
扉をくぐると、すぐに金属の匂いと革の匂いが混ざった空気が漂ってくる。店内はかなり広く、壁一面に剣や槍、斧が整然と並べられていた。
中央には大きな棚がいくつも置かれており、そこには初心者向けの装備から上級冒険者用の高級装備まで、さまざまな武器がぎっしり並んでいる。
奥の方にはガラスケースがあり、その中には明らかに高価そうな武器や防具が丁寧に飾られていた。
さらに壁際には魔法装備やアクセサリーの棚まであり、武器屋というより装備店と言ってもいいほどの品揃えだった。
そして店に入った瞬間だった。
リヴィアの目の色が、明らかに変わった。
普段は無表情に近いその顔が、ほんのわずかに興味を帯びたものになる。棚に並ぶ武器をじっと見つめ、視線が次々と移動していく様子は、明らかにいつもより集中していた。
その様子を見たカナタが、口元を緩める。
「お、顔変わったな」
「別に」
リヴィアは素っ気なく答えるが、その視線はすでに壁に並ぶ剣へ向けられており、まったくこちらを見ていない。興味津々だった。
その様子を見て、エステルが呆れたように肩をすくめる。
「普段クールなのに、武器屋来たら子供じゃない」
からかうように言うと、リヴィアの眉がぴくりと動く。
その横でセラフィナがくすりと小さく笑った。
「楽しそうなリヴィアを見るの、嬉しいです」
穏やかな声でそう言うと、リヴィアはほんの少しだけ視線をこちらへ向ける。
「……別に、楽しんでないわ」
そう言いながらも、次の瞬間には再び武器棚へ視線を戻していた。完全に武器屋に夢中である。
店に入ると四人は自然とばらけ、それぞれの棚へと向かっていった。
カナタは特に目的もなく武器棚を眺めながら歩き、適当に並んでいる剣を一本手に取った。装飾も魔法効果も付いていない、ごく普通の鉄剣だ。刃を軽く確かめてから肩をすくめる。
「こういうの一本くらい持っとくか」
そう言ってそのまま購入を決める。カナタの能力なら武器など無くても戦えるが、あまりにも装備が適当すぎるのも目立つため、表向きの装備として一本くらい持っておくのは悪くない。
一方その頃、リヴィアは店の奥にあるアクセサリー棚の前で足を止めていた。
小さなケースの中に並んでいる装飾装備を静かに見比べている。その中で、風を思わせる淡い緑色の宝石が付いた耳飾りに視線が止まった。
リヴィアがそれを手に取り、ケースの中に置かれている説明札へ視線を落とす。
【DATA】
▷ 名称:シルフィア・イヤリング
▷ 区分:装飾装備
▷ ランク:B
▷ 効果:移動速度上昇(中)
機動力を高める風属性系の装備だった。リヴィアは少しだけ考え、すぐに小さく頷く。
「これにするわ」
短く言って耳飾りを手に取ると、そのままカナタの方へ軽く掲げて見せる。買う、という無言の合図だった。カナタはそれを見て小さく頷いた。
その少し離れた場所では、エステルがアクセサリー棚の前で真剣な顔をしていた。並んでいる指輪を次々と手に取り、効果を確認している。やがて一つの指輪を見つけると、満足そうに口元を上げた。
【DATA】
▷ 名称:ソーサリ・リング
▷ 区分:装飾装備
▷ ランク:B
▷ 効果:魔法攻撃力上昇(中)
「これいいじゃない」
エステルは嬉しそうに指輪を指にはめ、魔力の流れを確かめるように軽く手を握った。
「魔法威力上がるなら文句ないわ」
そのまま迷いなく購入を決める。
さらに店の別の棚では、セラフィナが小さなペンダントを手にしていた。銀色の鎖に、淡い光を宿した白い宝石がついている。神聖魔法系の装備らしく、穏やかな魔力が感じられた。
セラフィナがそれを手に取り、ケースの中に置かれている説明札へ視線を落とす。
【DATA】
▷ 名称:セイント・ペンダント
▷ 区分:装飾装備
▷ ランク:B
▷ 効果:回復魔法効果上昇(中)
「これは便利そうですね」
穏やかに微笑みながらペンダントを胸元に当ててみる。回復役の彼女にとっては相性のいい装備だった。
「これ、買ってもいいですか?」
そう言ってカナタの方を見る。
店の中央で鉄剣を持っていたカナタは軽く頷いた。
「いいぞ」
その言葉にセラフィナは嬉しそうに小さく頭を下げ、ペンダントを大事そうに手に取った。
武器屋での買い物を終え、四人は店の外へ出た。
通りには相変わらず多くの冒険者が行き交っており、店の前では新しい装備を眺めながら話し込む客の姿も見える。そんな賑やかな通りを歩きながら、カナタは小さくため息をついた。
「今の会計だけで三百万G消えたんだけど」
ぼそりと呟くと、隣を歩いていたエステルが肩をすくめる。
「武器買わなかっただけマシでしょ?」
軽い調子で言い返すエステルに、カナタは呆れた顔を向けた。
「武器はこの前プレゼントしただろ」
そう言うと、前を歩いていたリヴィアが振り向きもせずに答える。
「パーティリーダーならそれくらい当然よ」
あまりにも当然という口調だった。
カナタは思わず空を見上げる。
(こいつら……)
そんなカナタの横で、セラフィナが穏やかに微笑みながら軽く頭を下げた。
「今回もありがとうございます」
その丁寧な言葉に、カナタの表情がぱっと明るくなる。
「セラフィナちゃんは本当にいい子」
しみじみと言いながら頷く。
「なんでも買ってあげる」
その言葉を聞いた瞬間、後ろからエステルの声が飛んできた。
「カナタ騙されないで」
エステルは腕を組みながら、セラフィナをちらりと見る。
「セラフィナが一番狡猾よ」
すると今度はリヴィアも静かに口を開いた。
「男の扱いはセラフィナが一番上手いわ」
短く言いながらセラフィナを見る。その視線にはどこか疑いの色が混ざっていた。
だが当の本人は、まったく動じる様子もなく穏やかな笑顔を浮かべている。
「そんなことないですよ」
にこりと微笑んで答えるその姿は、どう見ても善良な聖職者そのものだった。
カナタは腕を組みながらその様子を見比べ、少しだけ首を傾げる。
「いや、どう見てもセラフィナが一番まともだろ」
あっさりそう結論づけると、エステルとリヴィアが同時に小さくため息をついた。
そんなやり取りをしながら通りを歩き、カナタはふと前方の店並みへ視線を向ける。
「じゃあ次はエステルの魔法書店行くか」
そう言った瞬間だった。
「ほんと!? 行く!」
さっきまで普通に歩いていたエステルが、急に元気になって一歩前へ出る。満腹で少しぐったりしていたはずなのに、魔法の話になると途端に元気になるのは相変わらずだった。
そんなエステルの後ろ姿を見ながら、カナタは苦笑する。
「ほんと魔法関係になると元気だな」
武器屋を出て少し通りを歩くと、やがてエステルが目を輝かせて立ち止まった。
視線の先には、大きな木造の建物がある。三階建ての古風な店で、入口の上には複雑な魔法陣が描かれた看板が掲げられていた。
「ここよ!」
エステルが嬉しそうに言う。
どうやらこの町の魔法書店らしい。
四人が店の扉をくぐると、すぐに紙とインクの匂いが漂ってきた。店内はかなり広く、壁一面に本棚が並んでいる。
本棚にはびっしりと魔法書が詰め込まれており、棚には「基礎魔法」「魔導理論」「魔導書」「魔法研究書」などの札が付けられていた。
奥の方には高級そうな魔導書の棚まであり、魔法使いなら一日中でも居られそうな場所だった。
「じゃあ、各自好きなの探すか」
カナタがそう言うと、四人は自然とばらばらに本棚へ向かっていく。
カナタは適当に棚を眺めながら歩き、軽くページをめくりつつ何冊か本を手に取った。魔法理論の本や、冒険者向けの魔法知識の本など、興味本位で読めそうなものを数冊選ぶ。
一方リヴィアは戦闘関連の棚の前に立っていた。剣術の戦術論や、魔物との戦闘理論などを静かに読み比べている。しばらく考えたあと、一冊の本を手に取った。どうやら戦闘理論の本らしい。
セラフィナは回復魔法の棚を見ており、神聖魔法や治癒術について書かれた本を丁寧に選んでいる。ページをめくりながら内容を確認し、気に入った本を二冊ほど抱えた。
そして一番奥では、エステルが完全に本棚に埋もれていた。
気づけば彼女の腕の中には大量の本が積み上がっている。さらに棚から次々と本を抜き取り、その上へ重ねていく。
「多すぎない?」
カナタが呆れた声で言うと、エステルは胸を張った。
「知識は力よ!」
堂々と宣言しながら、さらにもう一冊本を追加する。結局エステルだけが山のような本を抱えた状態で会計へ向かうことになった。
支払いを終えると、カナタは本の山を軽く手で触れた。
次の瞬間、本の束がふっと消える。
すべてインベントリへ収納したのだ。
その様子を見ながらカナタは小さく息を吐く。
「書店だからそこまで高くなくてよかった……」
心底安心したような声だった。
するとエステルが悔しそうに唇を噛む。
「くっ……」
腕を組みながら本棚の奥をちらりと見る。
「高級魔導書もっとあればよかったのに」
魔法書店を出たあと、四人は町の通りをさらに歩き、やがて人通りの多い中心街から少し外れた区画へ入った。
そこはベルク・ラディアでも比較的落ち着いた雰囲気の場所で、並んでいる店もどこか上品なものばかりだ。
その通りの一角に、白い石造りの建物があった。大きなガラス窓がはめ込まれ、入口の上には洒落た字体の看板が掲げられている。
「ここです」
セラフィナが静かに言い、店の扉を開けた。
中へ入ると、柔らかな光の照明に照らされた落ち着いた空間が広がる。店内には高級そうな布地が並び、棚やハンガーにはドレスや旅装、外套など様々な服が整然と並べられていた。
「へぇ、いい店じゃん」
カナタが店内を見回しながら言う。
今回は武器屋や書店の時と違い、四人一緒に店内を見て回ることになった。三人はそれぞれ気になる服を手に取り、鏡の前で軽く合わせてみたり、店員に勧められた服を試着したりしている。
リヴィアは動きやすそうな旅用の軽装を見ており、エステルは派手なデザインのローブを興味深そうに眺めていた。セラフィナは落ち着いた色合いのワンピースを手に取り、静かに鏡の前で合わせている。
そんな三人の様子を見ていたカナタは、ふと近くの棚から一着の服を取り上げた。布の面積がやけに少ない、かなり際どいデザインの服だった。
「これ似合いそう」
何気ない顔でそう言いながらリヴィアの方へ差し出す。
「そんなのいつ着るの?」
リヴィアは即答だった。
さらにエステルが振り向く。
「変態!」
怒鳴りながら腕を組む。
その横でセラフィナも静かに首を横に振った。
「ダメです」
三人同時の拒否だった。
カナタは肩をすくめる。
「えー、絶対似合うと思ったんだけど」
だが三人は完全に無視し、そのまま服選びを続ける。
結局しばらく店内を見て回ったあと、リヴィアは動きやすい旅用の軽装、エステルは新しいローブ、セラフィナは落ち着いた色合いの服をそれぞれ選び、カナタがまとめて購入することになった。
買い物を終えて店を出ると、ベルク・ラディアの空はすでに夕方の色に染まり始めていた。通りには夕食の匂いが漂い、人々の行き交う声がどこか穏やかに響いている。
「今日はかなり買ったわね」
エステルが満足そうに言う。
カナタは肩をすくめた。
「まだセレナ・マール前だぞ」
その横でセラフィナも穏やかに微笑んだ。
「楽しい買い物でした」




