第51話 中継地点ベルク・ラディア到着
それから数日が過ぎた。
カナタたちの旅は順調に続いており、豪華馬車は街道を進みながら、目的地である海の街セレナ・マールへと着実に近づいていた。道中は特に大きなトラブルもなく、比較的穏やかな旅になっている。
もっとも、退屈というわけではない。
馬車の中ではカナタが持ち込んだゲームで遊んだり、カナタが作った料理をみんなで食べたり、時には街道付近に現れた魔物を軽く倒したりと、それなりに忙しい日々だった。
「また赤甲羅投げたでしょ!」
エステルの怒った声が馬車の中に響く。
カナタはコントローラーを握りながら笑った。
「いや、これは戦略だろ」
「絶対わざとよ!」
そんなやり取りを横目に、セラフィナは静かに紅茶を飲み、リヴィアは窓の外の景色を眺めている。だが二人も時々会話に加わり、気づけば馬車の中はいつもそれなりに賑やかだった。
そんな旅を続けること数日。
やがて馬車の前方に町の姿が見えてくる。石造りの建物が並び、その周囲を囲むように低い城壁が広がっている。街道を行き交う商人や冒険者の姿も増え、どうやらそれなりに人の多い町のようだった。
カナタは窓からその町を眺め、小さく頷く。
「着いたな」
その言葉にエステルが身を乗り出す。
「え、もう?」
窓の外を覗き込みながら言う。
「ここが目的地?」
カナタは首を横に振った。
「いや、まだ手前だ」
そして町を指差す。
「ここはベルク・ラディア。セレナ・マールへ行く途中の中継都市だな」
海の街セレナ・マールまではもう少し距離がある。そのため旅人や商人たちは、この町で一度休憩を取ることが多い。
ベルク・ラディアの城壁が見えるあたりで、カナタは馬車を街道から少し外れた場所へ止めた。
町の入口までは歩いて数分ほどの距離だが、周囲には木々があり、街道からも少しだけ見えにくい場所になっている。
馬車の扉が開き、四人は順番に外へ降りた。旅の間ずっと馬車の中にいたせいか、外の空気はどこか新鮮に感じられる。
その時、セラフィナが少し首を傾げた。
「なんで町から少し離れた場所に止めたんですか?」
素直な疑問だった。
カナタは肩をすくめながら答える。
「馬車は普通なんだけどさ」
そう言って後ろを指差す。
「あいつが目立つんだよ」
視線の先には、馬車を引いていた二頭のストームホースがいた。普通の馬よりも一回り大きく、青白い鬣が風に揺れている。その存在感はどう見ても普通の馬ではない。
「確かに……」
セラフィナが納得したように頷く。
「町の中であれ引いてたら、かなり目立ちますね」
「余計な注目は集めたくないからな」
カナタはそう言いながら軽く手を振った。
次の瞬間、豪華馬車がふっと消える。
インベントリーへ収納したのだ。
セラフィナが小さく感心した声を漏らす。
「便利ですね、その能力」
その横でリヴィアが静かに呟いた。
「用心深いわね」
カナタは特に気にした様子もなく、今度はストームホースの方へ歩いていく。
「お疲れさん」
そう言って首元をぽんぽんと叩き、鬣を軽く撫でる。ストームホースは嬉しそうに鼻を鳴らし、カナタの肩に頭を擦りつけてきた。
「おいおい、甘えすぎだろ」
カナタは苦笑しながらさらに何度か撫でる。
しばらく戯れたあと、カナタは手を軽く振った。
するとストームホースの体が淡い光に包まれ、そのままふっと消える。モンスターファームへ送還したのだ。
周囲は一気に静かになった。
カナタは手を軽く払う。
「よし」
そして町の方を顎で示した。
「行くか」
四人は街道を進み、やがてベルク・ラディアの城門をくぐった。門番の軽い確認を受けて町の中へ入ると、途端に空気が変わる。
石造りの建物が並び、広い通りには多くの人が行き交っていた。荷車を引く商人、武器を腰に下げた冒険者、露店で商品を並べる店主の呼び声が混ざり合い、町全体が活気に満ちている。
通りの両側には店が立ち並び、串焼きの香ばしい匂いや、焼きたてのパンの香りが風に乗って漂っていた。旅人の姿も多く、どうやらこの町が中継地点として栄えていることは間違いなさそうだ。
エステルが周囲を見回しながら腕を組む。
「で、この町で何やるのよ?」
カナタは歩きながら肩をすくめた。
「ここまでずっと馬車移動だっただろ」
そう言って通りを見渡す。
「ちょっと町で休憩しようと思ってな」
その言葉にエステルが眉を上げる。
「具体的には?」
カナタは指を折りながら答える。
「買い食いとか、買い物とか、あとは適当に散策かな」
その瞬間、エステルの目がきらりと光った。
「買い物!?」
勢いよくカナタの方を見る。
「あんたの金で買ってくれるってこと?」
カナタは苦笑しながら言う。
「常識的な範囲だったらな」
するとエステルは胸を張った。
「私の常識は百億までよ!」
堂々と宣言する。
その横でセラフィナが小さくため息をついた。
「エステルはお金の話になるとバカになりますね……」
ぼそりと呟く。
「誰がバカよ!」
エステルがすぐに振り向いて抗議するが、セラフィナは特に気にした様子もなく通りの店を眺めている。リヴィアも静かに周囲を観察しており、町の様子を冷静に見ているようだった。
町の通りをしばらく歩くと、やがて露店が並ぶ一角へ出た。串焼きの香ばしい匂い、焼き魚の香り、甘い菓子の香りが入り混じり、通りの空気は完全に食べ物の匂いで満たされている。
屋台の前では旅人や町の人たちが立ち止まり、手軽な食事を楽しんでいた。
カナタがその光景を見て言う。
「とりあえず腹減ったし、買い食いからだな」
その言葉にエステルの目が輝いた。
「いいわね!」
さっそく近くの屋台へ突撃する。
「これとこれと、それも!」
次々と串焼きを指差して注文する姿は完全に食欲の塊だった。店主が慣れた手つきで肉を焼き、香ばしい串焼きを渡すと、エステルはその場ですぐにかぶりつく。
「んー! これ美味しい!」
嬉しそうに叫びながらもう一本手を伸ばす。
その横でセラフィナは焼き魚の屋台を見つけていた。
「これ、いい匂いですね」
串に刺さった焼き魚を受け取り、小さく一口食べる。
「おいしいです」
穏やかに微笑みながらゆっくり味わっている。
一方、リヴィアは特に騒ぐ様子もなく屋台を見て回り、気付けばミートパイと焼きたてのパンを手にしていた。
静かに一口食べる。
「悪くないわ」
短くそう言うが、そのまま黙々と食べ続けているあたり、味はかなり気に入ったらしい。
「ほら、次はあっちのスープでも飲むか」
野菜スープの屋台を指差す。
するとエステルが振り向いた。
「それも買って!」
「分かってるって」
カナタは苦笑しながら銅貨を渡す。
湯気の立つスープを受け取ると、四人は屋台通りを歩きながら次々と食べ物を試していく。
串焼き、焼き魚、スープ、パン、ミートパイ、甘い菓子まで、気になるものを見つけては立ち止まり、少しずつ食べていった。
その間もエステルは食べ続け、セラフィナは楽しそうに味わい、リヴィアは静かに食べ続ける。そしてカナタはその後ろで、ひたすら代金を払っていた。
* * *
屋台通りを一通り回り終えた頃には、四人ともすっかり満腹になっていた。通りの端にある木のベンチに腰を下ろし、それぞれ軽く息をつく。
さっきまで次々と食べ歩いていたせいで、さすがに胃が落ち着くまで少し時間が必要そうだった。
「食べすぎた……」
エステルがぐったりと背もたれに体を預けながら呟く。さっきまであれだけ勢いよく食べていたが、さすがに限界らしい。
その隣でセラフィナもお腹に手を当てて小さく息を吐いた。
「お腹いっぱいです」
満足そうに言いながらも、さすがにこれ以上は入らないという表情だった。
一方リヴィアは特に苦しそうな様子もなく静かに座っているが、食べていた量を思い出すとかなり満腹なはずである。カナタはそんな三人を見て軽く笑った。
「じゃあ次は買い物だな」
そう言いながら立ち上がる。
エステルが顔だけ上げた。
「もう行くの?」
「少し休んだし大丈夫だろ」
カナタは肩をすくめてから三人を見る。
「みんな行きたい場所ある?」
その問いに最初に答えたのはリヴィアだった。
「武器屋」
短く、それだけ言う。いかにも彼女らしい答えだった。
続いてエステルが手を挙げる。
「魔法書店!」
さっきまで満腹で動けなさそうだったのに、魔法の話になると急に元気になる。
そしてセラフィナも穏やかに言った。
「服屋です」
三人とも見事にばらばらだった。
カナタは少しだけ苦笑する。
「見事に全員違うな」
だが特に困った様子もなく頷いた。
「じゃあ順番に回るか」
ベンチから立ち上がり、町の通りを指差す。
ベルク・ラディアの街は相変わらず活気に満ちており、通りには多くの店が並んでいた。武器屋、魔道具店、服屋、雑貨屋など、見て回るだけでも時間がかかりそうだ。
四人はその賑やかな通りへと歩き出した。




