第50話 カナタ初の罰ゲーム、そして甘いケーキタイム
レース結果の画面を見て、エステルが勢いよく立ち上がった。
「勝ったぁ!」
金髪を揺らしながら両手を上げ、まるで本当に大会で優勝したかのような大喜びだ。その隣でリヴィアはモニターを見つめたまま、小さく息を吐く。
「……悪くない結果ね」
声はいつも通り落ち着いているが、わずかに満足そうだった。一方、セラフィナは画面の順位表示を見つめたまま肩を落としている。
「……六位でした」
静かに呟き、少しだけしょんぼりした様子だ。
そんな二人をよそに、エステルはすでに次のことを考えていた。
「さてと」
にやりと笑いながらカナタとセラフィナを見る。
「罰ゲーム、どうする?」
その目は完全に獲物を見る目だった。カナタは腕を組みながら肩をすくめる。
「好きに決めていいぞ、勝者様」
するとエステルは腕を組み、少し考える仕草をしたあと、ぱっと顔を上げた。
「決めた!」
そしてカナタを指差す。
「一発蹴る!」
元気よく宣言する。
カナタは一瞬だけ黙り、すぐに言った。
「それセラフィナにも同じことするんだよ?」
エステルの動きがぴたりと止まる。
ゆっくりと視線が横へ動いた。
そこにはセラフィナがいる。
セラフィナは静かにエステルを見つめ返していた。
数秒の沈黙。
「……やめとく」
エステルはあっさりと提案を撤回した。
その様子を見ていたリヴィアが、淡々と言う。
「靴磨き」
短く、簡潔な提案だった。
だがエステルはすぐに顔をしかめる。
「そんな弱い罰ゲームじゃだめ!」
腕をぶんぶん振りながら強く否定する。
「もっとこう、ちゃんと罰ゲームって感じのやつじゃないと意味ないじゃない!」
そう言って再び腕を組み、しばらく考え込む。
だがその横で、リヴィアが静かに口を開いた。
「……いい考えがあるわ」
エステルがそちらを向く。
リヴィアは表情をほとんど変えないまま、淡々と続けた。
その声は落ち着いていたが、どこか少しだけ意地の悪い響きがあった。
四人は馬車の玄関へ移動し、靴を履き替える場所に並んで腰を下ろすと、エステルが腕を組みながら満足そうに笑う。
罰ゲームの内容はすでに決まっていた。カナタはエステルの靴を磨き、セラフィナはリヴィアの靴を磨く。それが今回の罰ゲームだ。
「ちゃんと磨きなさいよ」
エステルは玄関に座り、自分の靴をカナタの前へ差し出しながら言う。
「手抜いたら後ろから蹴るわよ!」
楽しそうな声だった。完全に勝者の態度である。
カナタは小さくため息をつく。
「はいはい……」
そう言いながらエステルの靴を手に取り、仕方なく磨き始めた。布で表面をこすりながらぶつぶつ文句を言うが、エステルはまったく気にしていない。むしろ面白そうに眺めている。
一方、セラフィナもリヴィアの前にしゃがみ込み、靴を手に取ろうとした。
しかしその時だった。
「私のはもういいわ」
リヴィアが静かに言い、手で軽く止める。
セラフィナは少し驚いた顔になる。
「え、やらなくていいんですか?」
「必要ないわ」
リヴィアは淡々と言い、セラフィナが触れようとしていた靴を軽く手で引き寄せた。
それを見たカナタがすぐに声を上げる。
「ずるいだろ!」
エステルの靴を磨きながら抗議する。
「なんで俺だけ働いてんだよ」
するとエステルが勢いよく振り向いた。
「何手止めてんのよ!」
怒鳴り声が玄関に響く。
「さっさと磨きなさい!」
そう言いながらカナタの背中を軽く蹴るふりをする。
カナタは慌てて手を動かした。
「分かった、磨いてるって!」
布で靴をこすりながら文句を続ける。
「というかなんで俺だけ本気でやらされてんだよ……」
しかしエステルは楽しそうに笑うだけだった。
「ほら、もっと丁寧に! そこ汚れてる!」
完全に命令口調である。
カナタが渋い顔をしながら靴を磨き続ける横で、エステルは腕を組んだまま満足そうにその様子を眺めていた。
まるで自分専属の使用人でも手に入れたかのような態度で、時々わざと難癖をつけてはカナタをいびる。その様子は、見ているだけでもかなり楽しそうだった。
* * *
罰ゲームが終わり、四人は再びリビングへ戻ってきた。ソファや椅子にそれぞれ腰を下ろし、しばらく何もせずに一息つく。
さっきまでの騒がしさが少しだけ落ち着き、部屋の中には穏やかな空気が流れていた。
その沈黙を破ったのはカナタだった。
「ひどい目にあった」
背もたれに体を預けながら、心底疲れたように言う。
するとエステルが即座に反応した。
「何がひどい目よ!」
腕を組んでカナタを睨む。
「こっちは膝枕だったり添い寝だったり着替えだったり!」
指を折りながら数え始める。
「あの程度の罰ゲームじゃ物足りないわ!」
完全に不満そうな顔だった。
カナタは呆れたようにため息をつく。
「いやいや、普通に考えて靴磨きは十分罰ゲームだろ」
そう言いながら自分の手を見る。さっきまで靴を磨いていたせいで、指先には少しだけ黒い汚れが残っていた。
だがエステルはまったく納得していない。
「それに今回はセラフィナのおかげでこの程度で済んだのよ」
そう言って隣のセラフィナを顎で示す。
「セラフィナに感謝しなさいよね」
その言葉に、セラフィナは少し得意そうに頷いた。
「そうですよ」
当然のような口調で言う。
だがカナタは小さく肩をすくめる。
「いや、もとはといえばセラフィナがあんな順位を取らなければ……」
ぼそっと小声で言う。
その瞬間、セラフィナの視線がゆっくりとカナタへ向いた。
「なにか言いましたか?」
穏やかな声だった。だが妙に圧がある。
カナタは一瞬固まる。
数秒の沈黙。
「いや……」
短くそう言って、そっと視線を逸らした。
罰ゲームの騒ぎが一段落し、四人はリビングでのんびりとくつろいでいた。ソファに座ったまま静かな時間が流れる。そんな中、ふとカナタが立ち上がった。
「ちょっと腹減ったし、おやつでも食べよっと」
そう言いながら手を軽く振ると、テーブルの上に皿が一つ現れる。そこにはふわふわのスポンジに白いクリームが乗ったケーキが一つだけ置かれていた。
カナタはそのままフォークを手に取り、当然のように食べ始める。
その様子を見ていた三人の視線が一斉に集まった。
「私たちの分は?」
エステルが不満そうに言う。
カナタはフォークを口に運びながら、わざとらしく肩をすくめた。
「罰ゲームでいじめられたしなー」
わざと意地の悪い声で言う。
するとエステルがすぐに身を乗り出した。
「それはひどいわよ!」
勢いよく抗議する。
「罰ゲームのこと持ち出すなんて最低ね!」
かなり本気で怒っている顔だった。
カナタはケーキを一口食べながら、三人の顔を順番に見る。
エステルは腕を組んで睨んでいるし、セラフィナは少し不満そうにこちらを見ている。リヴィアは表情こそ変わらないが、視線だけが静かにカナタへ向いていた。
その三人分の圧に、カナタは小さくため息をつく。
「分かったよ、みんなの分も出す」
そう言って手を振ると、テーブルの上にケーキが三つ追加で現れた。
エステルの顔が一瞬で明るくなる。
「私リンゴジュース!」
すぐに注文してくる。
カナタは呆れたように肩をすくめた。
「はいはい」
軽く指を鳴らすと、今度はコップに入ったリンゴジュースがテーブルの上に現れた。
テーブルの上に並んだケーキを前に、四人はそれぞれフォークを手に取った。甘い香りがふわりと広がり、それだけで少し幸せな気分になる。
エステルはさっそくフォークを突き刺した。
「いただきます!」
勢いよく一口食べる。
「んー! 美味しい!」
満足そうに頬を緩めながら、すぐに次の一口へ進む。リヴィアも静かにフォークを動かしていた。
派手な反応はないが、特に文句を言う様子もなく、淡々と食べているところを見ると味には満足しているらしい。
そして一番分かりやすかったのはセラフィナだった。
フォークでケーキをすくい、小さく口に運ぶ。
「おいしい……」
その瞬間、目がぱっと輝いた。まるで宝石でも見つけたかのような顔で、嬉しそうにもう一口食べる。どうやらかなり甘いものが好きらしい。
その様子を見ていたカナタが、ふっと笑った。
「こういうとき一番年下って感じがして可愛いな」
軽い調子で言う。
するとセラフィナがすぐに顔を上げた。
「可愛いと思うならもう一つ出してください」
真顔で言う。
カナタは思わず苦笑した。
その横でエステルもすぐに乗ってくる。
「そうよ! いつも一個しか出さないのはひどい!」
フォークを振りながら抗議する。
カナタは呆れたように肩をすくめた。
「そんなにケーキばっか食べてたら太るぞ」
その言葉にエステルが即座に反応する。
「太らないわ!」
勢いよく言い返す。
すると今まで静かに食べていたリヴィアが、小さく口を開いた。
「私ももう一つほしい」
とても落ち着いた声だった。
カナタは一瞬だけ黙る。
三人の視線が同時に向けられていた。
数秒の沈黙。
カナタは小さくため息をつく。
「……じゃあ今日だけな」
そう言って手を軽く振ると、テーブルの上にもう三つケーキが現れる。
「やった!」
エステルがすぐに声を上げた。
セラフィナも嬉しそうに頷き、リヴィアもわずかに表情を緩めた。




