第46話 ババ抜き開幕――罰ゲームは添い寝
夕食を食べ終えると、四人はそのまま椅子やソファーで少し休憩していた。満腹感が体に広がり、馬車の中にはのんびりとした空気が流れている。
エステルはソファーにぐったりと体を預け、両腕をだらりと垂らした。
「お腹いっぱい……もう動けない……」
そう言いながら天井を見上げ、完全に脱力している。その横でリヴィアも静かに息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。
「……満腹ね」
普段より少しだけ力の抜けた声だった。セラフィナは湯気の立つカップを両手で持ち、食後のお茶をゆっくりと飲んでいる。
「温かいお茶って落ち着きますね」
穏やかな空気の中で、カナタは立ち上がった。テーブルの上に並んでいる皿や茶碗をまとめて持ち上げる。
「じゃ、片付けとくか」
そう言うと、カナタは軽く手を振った。次の瞬間、皿や椀がふわりと宙に浮き上がる。淡い魔力の光が包み込み、食器の表面を一瞬で洗い流していった。
水は使っていないが、汚れはきれいに消え、さらに温かな風のような魔力が吹き抜けると食器は完全に乾いた状態になる。
そのまま食器は棚の方へと移動し、きちんと整列するように収まっていった。
一連の動作は、わずか数秒だった。
三人はその様子を普通に眺めている。
エステルがソファーから半分起き上がりながら言う。
「もうそれ見ても驚かなくなってきたわね」
リヴィアも腕を組んだまま小さく頷いた。
「便利すぎるわ」
セラフィナも苦笑しながらカップを置く。
「慣れって怖いですね」
片付けが終わると、カナタは満足そうに手を払った。
「よし、完了」
そしてそのままトランプを取り出す。カードの束を軽く叩きながら、いつもの調子で言った。
「今日もゲームするよ」
三人の視線が一斉に向く。
「また?」
エステルが呆れたように眉をひそめる。カナタはニヤリと笑いながらカードをシャッフルした。
「今日はババ抜きをやろう」
三人はテーブルの上に置かれたカードの束を見ながら、そろって首をかしげた。
「ババ抜き?」
エステルが怪訝そうな顔をする。リヴィアも腕を組み、カードをちらりと見ながら言った。
「変な名前ね」
セラフィナも小さく首を傾げる。
「どんなゲームなんですか?」
カナタは椅子に腰かけながらカードを軽く混ぜ、手慣れた様子で説明を始めた。
「ルールは簡単。同じ数字のカードを揃えたら捨てる。それを繰り返して、最後までジョーカーを持ってるやつが負け」
カナタは一枚だけ裏向きのカードを取り出してひらひらと振る。
「このジョーカーがババってやつ」
三人はカードを覗き込みながら話を聞いていたが、やがてエステルが腕を組んで頷いた。
「なるほどね。意外と単純じゃない」
リヴィアも静かに頷く。
「確かに、ルールは簡単ね」
セラフィナも微笑んだ。
「面白そうですね」
ルールを理解した三人の反応を見て、カナタは満足そうに笑う。そして何でもない調子で付け加えた。
「ちなみに今回も罰ゲームありな」
その瞬間、エステルが勢いよく身を乗り出した。
「ちょっと待って!」
テーブルを軽く叩きながらカナタを睨む。
「あんたいつも罰ゲームあとから言うのずるいのよ!」
さらに指を突きつける。
「最初に言いなさいよ!」
リヴィアも冷たい視線を向けた。
「確かに、後出しは不公平ね」
セラフィナも苦笑する。
「心の準備が必要です」
三人に一斉に責められ、カナタは肩をすくめた。
「わかったよ」
少し考えるように顎へ手を当てる。
「じゃあ今回の罰ゲーム」
わざと間を作りながら三人を見回す。
「俺が勝ったら、最下位の人は――」
そしてさらっと言った。
「一緒に寝て」
一瞬、空気が止まった。
三人の表情が同時に固まる。
「は?」
エステルの声が低く漏れる。リヴィアは眉をひそめ、冷たい視線を向けた。
「……最低」
セラフィナも困ったように笑う。
「それはちょっと……」
だがその次の瞬間だった。三人の目つきが同時に変わる。
エステルがカードをじっと睨む。
「……絶対負けない」
リヴィアも腕を組み直す。
「負けるつもりはないわ」
セラフィナも穏やかな笑みのまま頷いた。
「勝たせてもらいます」
三人の間に静かな闘志が燃え上がる。
――絶対に負けられない戦いが始まろうとしていた。
* * *
ゲームの準備が整うと、四人はテーブルの周りに座り直した。カナタはカードの束を手際よくシャッフルしながら言う。
「順番はどうする?」
少し考えたあと、思い出したように付け加えた。
「昨日負けたエステルから時計回りでいい?」
その言葉に三人は特に異論もなく頷く。エステルが腕を組みながら言った。
「私はもちろんいいわよ」
リヴィアも静かに同意する。
「問題ないわ」
セラフィナも柔らかく微笑んだ。
「それでいきましょう」
こうして順番が決まった。
エステル → リヴィア → セラフィナ → カナタ。
カナタはカードを配り始める。ぱし、ぱし、と軽快な音を立てながら、均等になるよう順番にカードを配っていった。全員に配り終えると、四人は手札を広げて確認する。
まずは揃っているカードを捨てるところからだ。
エステルが手札を確認しながら同じ数字のカードをテーブルへ出す。
リヴィアも静かにカードを揃え、無言で三組ほどを捨てた。
セラフィナも手元を見ながら丁寧にカードを並べ、揃っているものをテーブルへ置く。
カナタも軽く確認し、いくつかのカードをまとめて捨てた。
しばらくして、全員の整理が終わる。
それぞれの手元に残ったカードの枚数は――
エステル、五枚。
リヴィア、七枚。
セラフィナ、七枚。
カナタ、四枚。
その瞬間だった。
「ちょっと待って!」
エステルがテーブルを叩きながら叫ぶ。勢いよくカナタを指差した。
「こいつまたズルした!」
カナタは目をぱちぱちさせる。
「してないって」
あっさり否定するが、エステルの目は疑いに満ちていた。リヴィアも腕を組みながらカナタの手札をちらりと見る。
「……一番少ないわね」
セラフィナも苦笑する。
「本当に偶然ですか?」
三人の視線が同時にカナタへ向く。疑い、半分。警戒、半分。
カナタは肩をすくめた。
「だからズルしてないって」
だが三人の表情はまったく納得していない。エステルは目を細めながらカードを握り直した。
「いいわ……」
そして小さく呟く。
「その余裕、あとで絶対崩してやる」
カードを持った四人の視線がテーブルの中央に集まる。空気が少しだけ張りつめた。
「じゃあ始めるわよ」
エステルがそう言い、リヴィアの方へ手を伸ばした。リヴィアは無言のままカードを扇状に広げて差し出す。エステルはそのカードをじっと見つめ、適当に一枚を引き抜いた。
引いたカードを自分の手札に加え、すぐに確認する。
「……揃わない」
小さく舌打ちしながらカードを並べ直す。
次はリヴィアの番だった。リヴィアは落ち着いた動きでセラフィナの方へ手を伸ばす。セラフィナは穏やかな笑顔のままカードを広げた。リヴィアは迷う様子もなく一枚を抜き取る。
手札へ加えて確認した瞬間、リヴィアの手がわずかに止まった。
「……揃ったわ」
静かにそう言い、同じ数字のカードを二枚テーブルへ置く。ぱし、と軽い音が鳴った。
エステルが悔しそうに顔をしかめる。
「もう揃ったの!?」
リヴィアは特に得意げな様子もなくカードを整えた。
「偶然よ」
次はセラフィナの番だった。セラフィナはゆっくりとカナタの方へ手を伸ばす。カナタは軽い笑みを浮かべながらカードを広げた。
「どうぞ」
セラフィナは少しだけ迷ったあと、一枚をそっと引く。手札に加えて確認するが、すぐに首を横に振った。
「揃いませんね」
そのままカードを整える。
次はカナタの番だった。カナタはエステルの前へ手を伸ばす。エステルは警戒するようにカードを広げた。
「なんかムカつくわねその顔」
「気のせいだって」
カナタは適当に一枚引き抜く。カードを確認し、肩をすくめた。
「残念、揃わない」
こうして一巡目が終わる。
そして再びエステルのターンが回ってきた。
エステルはリヴィアの前に手を伸ばす。リヴィアは無言でカードを広げた。エステルはそのカードの上を指先で触りながら、真剣な顔で見つめる。
「うーん……」
しばらく迷う。
リヴィアが冷静に言った。
「早くして」
エステルはすぐに顔を上げる。
「急かさないでよ!」
さらにカードを触りながら唸る。
「こういうのは勘が大事なのよ……」
そして突然、一枚を勢いよく引き抜いた。
「もうこれにする!」
カードを確認する。
しかし次の瞬間、エステルの顔がわずかに歪んだ。
「……揃わない」
カードを手札に戻しながら、小さくため息をつく。
リヴィアは手札を軽く整えると、静かな動きでセラフィナの前へ手を伸ばす。セラフィナは相変わらず穏やかな表情のままカードを扇状に広げて差し出した。
リヴィアはそのカードをしばらく見つめてから口を開く。
「セラフィナ」
セラフィナが小さく首を傾げる。
「なんでしょう」
リヴィアは視線をカードへ向けたまま、淡々と聞いた。
「ジョーカー持ってる?」
セラフィナは一瞬も迷わなかった。
「持ってません」
にこりと笑顔で即答する。
その返事にエステルが眉をひそめた。
「絶対怪しいでしょそれ」
だがリヴィアは表情を変えないまま続ける。
「ほんと?」
セラフィナは同じ笑顔のまま頷いた。
「はい」
短い沈黙が落ちる。リヴィアはカードをじっと見つめたまま、どれを引くか考えているようだった。指先がカードの前で止まり、わずかに動く。
「じゃあこれ引いていい?」
そう言って一枚のカードの上へ指を置く。
セラフィナはすぐに首を横へ振った。
「だめです」
あまりにもはっきりした拒否だった。エステルが思わず吹き出す。
「今の絶対ジョーカーじゃないでしょ!」
だがリヴィアは静かなままだった。視線をカードの並びに落としたまま、もう一度尋ねる。
「どれ引いてほしい?」
セラフィナは少しだけ考え、そして優しく言った。
「一番左を引いてください」
カードの端を指で軽く示す。その仕草はとても自然だった。
リヴィアはそのカードを見つめる。しばらく考え込むように視線を落としたあと、ゆっくりと手を動かした。
そして。
一番右のカードを引いた。
セラフィナの笑顔がわずかに深くなる。
リヴィアは引いたカードを手札へ加え、静かに確認した。次の瞬間、動きがほんのわずか止まる。
テーブルの上に短い沈黙が落ちた。
エステルが身を乗り出す。
「どうなのよ?」
リヴィアの手にあるカード。その絵柄は――
ジョーカー。
セラフィナは何も言わず、ただ静かに微笑んでいる。
エステルがテーブルを叩いた。
「引かされたーー!!」




