第41話 UNO決着の夜――罰ゲーム膝枕で大騒ぎ
UNOの勝負は終盤に差しかかっていた。
テーブルの上には何度も重ねられたカードが広がり、山札もかなり減っている。豪華な馬車の中は夜の静けさに包まれていたが、このテーブルの周りだけは妙に緊張した空気が漂っていた。
すでにカナタとリヴィアは上がっており、残っているのはエステルとセラフィナの二人だけである。
エステルは手札をじっと睨みながら唇を噛む。残りはわずかだった。対するセラフィナは落ち着いた表情のまま、静かにカードを持っている。
やがてエステルの番が回ってきた。
「これ!」
勢いよくカードをテーブルへ叩きつける。
カードが場に置かれ、エステルの手札は――残り一枚。
エステルは満足そうに腕を組み、勝ち誇ったように笑った。しかしその瞬間、テーブルの向かい側から穏やかな声が聞こえた。
「エステルさん」
セラフィナが静かに口を開く。
「UNO言ってませんよ」
一瞬、空気が止まる。
エステルの表情が固まった。
「……え?」
そしてすぐに顔をしかめる。
「言ったわよ!」
慌てたように言い返す。
しかしカナタがあっさり言った。
「言ってない」
リヴィアも腕を組んだまま淡々と続ける。
「言ってないわね」
二人の証言は一致していた。
エステルの顔から血の気が引く。
「うそでしょ……」
テーブルの中央に置かれた山札が、妙に存在感を放っている。ルールはさっき説明されたばかりだった。UNOを言い忘れた場合――
セラフィナが静かに山札を指差す。
「二枚ですね」
エステルはしばらく動かなかったが、やがて観念したように肩を落とす。
「……最悪」
UNOの勝負はその後も続いたが、エステルの形勢は完全に崩れていた。
UNOを言い忘れて二枚引かされた影響は大きく、手札はなかなか減らない。対してセラフィナは落ち着いた様子でカードを出し続け、静かにゲームを進めていく。
やがて、セラフィナの番が回ってきた。
彼女は手札を一度だけ確認すると、静かに一枚のカードをテーブルへ置く。
「終わりです」
その言葉と同時に、手札がなくなった。
セラフィナの勝利である。
テーブルの上に沈黙が落ちる。
エステルはしばらく固まっていたが、やがて力なく机に突っ伏した。
「……うそでしょ」
これで順位は決まった。
一位、カナタ。
二位、リヴィア。
三位、セラフィナ。
そして――最下位。
エステル。
カナタが椅子の背にもたれながら、にやりと笑う。
「じゃあ罰ゲームだな」
エステルがゆっくり顔を上げる。その表情は明らかに警戒していた。
「……何させる気よ」
カナタは少しだけ考えるように顎へ手を当て、それから楽しそうに口を開く。
「膝枕」
一瞬、空気が止まる。
次の瞬間。
「はぁ!?」
エステルが勢いよく机を叩いた。
カナタはまったく悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「罰ゲームだからしょうがないだろ」
エステルは信じられないという顔で、すぐに左右を見る。
「ちょっと!止めなさいよ!」
リヴィアとセラフィナへ助けを求める視線だった。
しかしリヴィアは腕を組んだまま淡々と言う。
「罰ゲームだから」
セラフィナも穏やかに頷いた。
「ルールですから」
その言葉を聞いた瞬間、エステルの額に青筋が浮かぶ。
「あんたたち覚えておきなさいよ!」
しばらくの口論の末、結局エステルは観念するしかなかった。
ソファーの上に、エステルが不機嫌そうな顔で腰を下ろす。足を前に伸ばし、膝を軽く叩くようにして座り直した。
白く伸びた素足がソファーの上にすらりと伸び、膝から太ももへかけて滑らかな曲線を描いている。細く引き締まった脚は健康的な艶を帯び、思わず視線を引き寄せる綺麗な形をしていた。
「……ほら」
そして嫌そうに言う。
「早くしなさいよ!」
カナタはその様子を見て、嬉しそうに口元を緩めた。
「はいはい」
軽い返事をしながらソファーへ近づくと、そのまま横になり、迷いなく頭をエステルの膝へ乗せる。
ふわりと柔らかい感触が後頭部に伝わった。
「おお」
思わず声が漏れる。
エステルの太ももは思った以上に柔らかく、クッションのような弾力がある。素足の肌から直接伝わる温もりが心地よく、ほんのりとした体温がはっきり感じられた。顔との距離も近く、少し動けばすぐにエステルの体に触れそうな距離である。
「これいいな」
カナタは満足そうに呟く。
その上で、エステルは腕を組みながら露骨に不機嫌な顔をしていた。眉はきつく寄り、口元も完全にへの字になっている。
「……」
しばらく黙ったままカナタを見下ろしていたが、やがて苛立ったように言う。
「さっさと終わりなさい」
声は完全に怒っていた。
しかしカナタはそんなことなど気にした様子もなく、エステルの膝の上でのんびりと頭を預けたまま、満足そうに天井を眺めていた。
カナタはふと、視線を少しだけ上に動かした。
すると、自然と視界に入ってくるものがある。
エステルの体だ。
膝枕の体勢のまま見上げると、視界の先にはエステルの胸元がしっかりと入ってくる。寝間着越しでもはっきり分かるその存在感は、下から見ると普段よりもずっと強調されて見えた。
カナタは思わず呟く。
「下から見ると絶景だな」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、エステルの顔がみるみる赤くなる。
「上向くな!」
慌てたように怒鳴り、カナタの顔を睨みつける。膝枕をしている側なのに、完全に余裕がない様子だった。
その様子を、向かいの席から二人が静かに見ていた。
リヴィアが小さく息を吐く。
「エステルが負けてよかったわね」
ぼそりと呟くように言う。
セラフィナも穏やかな顔のまま続けた。
「もし私たちだったら、あんな感じになっていたんですね」
二人の視線は自然とエステルへ向く。
エステルはその言葉を聞いた瞬間、さらに顔を赤くした。
「な、何よその目!」
怒ったように二人を睨む。
だが膝の上にはカナタの頭があり、体勢は完全に膝枕のままだった。逃げようにも動けばカナタが落ちるため、余計に動きづらい。
「とにかく上見るな!」
エステルはもう一度カナタへ怒鳴る。
エステルに「上を見るな」と怒鳴られたカナタは、仕方なさそうに肩をすくめると視線を下へ向けた。
「はいはい」
素直に言われた通り顔を下へ向ける。
しかし――
視界に入ってくるのは、すぐ目の前にあるエステルの太ももだった。膝枕の体勢のまま顔を下に向ければ、当然そこにあるのは柔らかな太ももである。
素足の肌がすぐ目の前にあり、さっきまで頭を乗せていた感触もまだ残っている。
カナタは少し感心したように呟いた。
「これはこれでいいな」
その言葉を聞いた瞬間、エステルの眉がぴくりと動く。
「は?」
カナタは視線をそのままに続ける。
「近くで見ると結構――」
言いかけたところで、エステルの顔が一気に険しくなる。
「それはやりすぎ!」
次の瞬間だった。
エステルが勢いよく膝を立てる。
それまで膝に乗っていたカナタの頭が、ばいんと跳ね上がった。
「うわっ!?」
カナタの体はそのまま勢いよくソファーから転げ落ちる。
どさっ、と鈍い音がリビングの床に響いた。
エステルは勢いよく立ち上がると、顔を真っ赤にしながらカナタを睨みつける。
「絶対に許さない!」
怒りのこもった声だった。
そしてそのままくるりと背を向けると、ずかずかと寝室の方へ歩いていく。
「もう寝る!」
勢いよく扉を開け、そのまま寝室へ消えていった。
リビングには、床に転がったカナタと、ソファーに座ったままのリヴィアとセラフィナが残る。
しばらくの沈黙。
やがてリヴィアが小さく息を吐いた。
「自業自得ね」
セラフィナも静かに頷く。
「そうですね」
こうして、夜の馬車で行われたUNOの罰ゲームは、少し騒がしい形で幕を閉じたのだった。




