第40話 夜の馬車でUNO対決――負けたら一位の言うことを聞く本気勝負
夕食の餃子を食べ終え、食器を片付け、順番に風呂も済ませた頃には、馬車の外はすっかり夜になっていた。
森の街道は静まり返り、窓の外には暗い木々の影が流れていく。豪華な馬車の中には柔らかな灯りが灯り、四人はそれぞれ長椅子に腰を下ろしてくつろいでいた。
あとはもう寝るだけという、旅の一日の終わりの時間だった。
カナタは背もたれに体を預けながら、つまらなそうに天井を見上げる。
「じゃあ暇つぶしにゲームでもするか」
その言葉を聞いた瞬間、三人の反応は驚くほど早かった。
「暇じゃないです」
セラフィナが即座に答える。
「もう寝るわ」
リヴィアも淡々と言う。
「私は読書でも……」
エステルはそう言いながら、どこからか本を取り出そうとする。
三人とも、まるで示し合わせたように視線を逸らし、露骨にその場から離れようとしていた。そんな様子を見て、カナタはにやにやと笑う。
「昨日負けたのに逃げるんだ」
その一言で空気が止まる。
エステルがぴたりと動きを止め、ゆっくり振り向いた。
「……逃げてないわよ!」
勢いよく机を叩きながら言い返す。
リヴィアも腕を組んだまま、静かに口を開く。
「別に逃げてるわけじゃないわ」
声は落ち着いているが、ほんのわずかに眉が寄っていた。
セラフィナも一度だけ小さく息をつくと、姿勢を整えて席に座り直す。
「では少しだけなら」
その言葉を聞いて、カナタは楽しそうに笑った。
「よし決まりだな」
テーブルを囲んで座ると、エステルが腕を組みながらカナタを睨む。
「で、何やるの?」
カナタはにやりと笑うと、どこからともなく一つの箱を取り出した。箱の中からカラフルなカードを取り出し、ぱらぱらとテーブルの上へ広げる。
「今日はUNO」
三人の動きが止まる。
「UNO?」
エステルが眉をひそめ、リヴィアもカードを見ながら首をわずかに傾けた。セラフィナも興味深そうにカードを覗き込む。
「聞いたことありませんね」
カナタはカードを軽く混ぜながら説明を始める。
「ルールは簡単。同じ色か同じ数字のカードを出していくゲームだ」
テーブルの中央にカードを一枚置きながら続ける。
「それと、+2とかの効果カードもある。出されたら次のやつがカードを引く」
エステルが少し身を乗り出す。
「へえ」
「今回は重ね出しありな。+2が来たら、+2で返せる」
リヴィアが静かに頷く。
「なるほど」
「あとワイルドドローはいつでも出していい」
カナタは黒いカードをひらひらと見せる。
「そして手札が一枚になったら“UNO”って言う。言い忘れると山札から二枚引く」
三人はそれぞれカードを手に取りながら確認するように頷いた。シンプルなルールだが、効果カードがあるぶん駆け引きがありそうだった。
そしてカナタがふっと笑う。
「もちろん罰ゲームありで」
三人の顔が一斉に引きつる。
「また?」
エステルが露骨に嫌そうな声を出す。
カナタは肩をすくめながら続けた。
「最下位は、1位の言うことを聞く」
その言葉に、エステルの目がぎらりと光る。
「絶対勝つ!」
拳を握りながら宣言する。
セラフィナも穏やかな笑みを浮かべながらカードを整える。
「今回は負けません」
その横で、リヴィアは何も言わず静かにカードを手に取った。表情はいつも通り落ち着いているが、わずかに視線が鋭い。
カナタはその様子を見て楽しそうに笑った。
「みんなやる気だな」
カードが配られ、四人はそれぞれ手札を整える。色と数字が並んだカラフルなカードを眺めながら、エステルが腕を組んだ。
「で、順番はどうするの?」
カナタが肩をすくめる。
「じゃんけんでいいだろ」
四人はテーブルの上に手を出す。
「じゃんけん――」
「ぽん」
結果は一瞬で決まった。
リヴィアが静かに手を引っ込める。
「私からね」
エステルが悔しそうに顔をしかめる。
「ちぇ」
カナタは笑いながら言った。
「じゃあ時計回りな」
順番は
リヴィア → エステル → カナタ → セラフィナ
四人の視線が自然とテーブルの中央に集まる。カナタが山札の一番上をめくり、場に置いた。
赤の数字カード。
リヴィアが手札を軽く整え、迷いなく一枚のカードを置く。
「これ」
赤の数字カードだった。
特別な効果はない、ただの数字カード。静かな立ち上がりだった。
エステルがすぐにカードを探す。
「じゃあ私」
ぱしっとカードを置く。同じ赤のカード。
「余裕じゃない」
少し得意げに言う。
カナタは手札をぱらぱらとめくりながら笑う。
「まだ始まったばっかだろ」
そう言いながら普通の数字カードを出す。特に効果はない。
セラフィナが自分の手札をゆっくり確認し、静かにカードを差し出す。
「では私も」
数字カード。これも特別な効果はない。
カードが一周し、場には穏やかな空気が流れていた。まだ誰も攻撃的なカードを出していない、様子見のような立ち上がりだった。
エステルが腕を組みながらカードを見る。
「思ったより普通ね」
リヴィアも静かに頷く。
「まだ序盤だもの」
カナタは椅子にもたれながらにやりと笑った。
「まあそのうち荒れるよ」
UNOの勝負は数周まわり、テーブルの上には色とりどりのカードが重なっていた。
最初の穏やかな空気はすでに消え、四人とも手札を真剣な顔で見つめている。
誰がいつ仕掛けるか、そんな緊張が静かに漂っていた。
そして、リヴィアのターン。
彼女は手札を一度だけ確認すると、迷いなく一枚のカードをテーブルに置いた。
「+2」
赤いカードが場に叩きつけられ、エステルの眉がぴくりと動く。
「へえ、そう来るの」
しかし次の瞬間、エステルはにやりと笑った。
「じゃあ私も+2」
同じ効果のカードが重ねられる。
場が一気にざわついた。
これで+4。
カナタの番が回ってくる。
カナタは手札をちらりと見て、肩をすくめながらカードを一枚つまんだ。
「じゃあ俺も……」
その瞬間。
向かい側に座っていたセラフィナが、じっとカナタを見つめていた。
目が、少し潤んでいる。
「カナタさん」
小さな声で呼ぶ。
カナタが顔を上げる。
「ん?」
セラフィナは胸の前で手を組み、真剣な顔で言った。
「私、あなたのことが好きです」
一瞬、時間が止まる。
カナタの動きがぴたりと止まった。
「急に?」
エステルとリヴィアも一瞬だけ固まる。
しかしセラフィナは真顔のまま続けた。
「はい。ですからそのカード、引っ込めてもらえませんか?」
カナタは数秒だけ考えるような顔をして、それから口の端を上げた。
「じゃあ今日一緒に寝ようよ」
セラフィナは間髪入れず答える。
「それは無理です」
即答だった。
カナタは肩をすくめる。
「じゃあだめ」
そして迷いなくカードを置いた。
「+2」
カードが重なり、これで合計+6。
セラフィナの手元へ視線が集まる。
彼女は数秒だけ黙ってカードを見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……はあ」
次の瞬間。
小さく舌打ちをした。
* * *
UNOの勝負はその後も続き、テーブルの上には何度もカードが叩きつけられていた。
+2の応酬や色の変更が飛び交い、穏やかなゲームだったはずのUNOはすっかり戦場のような空気になっている。そんな中、ふいにカナタが一枚のカードを場へ置いた。
「UNO」
残り一枚。
エステルが目を見開く。
「ちょっと待って!」
しかし止める暇もなく、次の瞬間カナタは最後のカードをひらりと出した。
「はい終わり」
カードがテーブルに置かれる。
勝負は決まった。
「よし一番」
カナタは椅子の背にもたれながら、満足そうに笑う。
「罰ゲームの内容考えないとな」
三人の空気が一瞬で冷えた。
エステルは露骨に顔をしかめ、セラフィナは小さくため息をつき、リヴィアもわずかに眉を寄せている。
そして数ターン後。
リヴィアが静かにカードを置く。
「終わり」
最後のカードだった。
これで二位。
リヴィアは小さく息を吐き、ほんのわずかに肩の力を抜いた。
「今日のゲームは一回までね」
その言葉に、エステルが勢いよく机を叩く。
「ずるい!」
リヴィアが淡々と視線を向ける。
「何が?」
セラフィナも穏やかな笑みのまま口を開く。
「昨日、駄々をこねて私たちを巻き込んだじゃないですか」
リヴィアは少しだけ考えるような顔をしてから首を傾げる。
「そうだった?」
エステルが呆れた顔をする。
現在の順位はこうだった。
一位、カナタ。
二位、リヴィア。
残っているのは――
エステルとセラフィナ。
どちらかが最下位になる。
セラフィナは手札を静かに整えながら、落ち着いた声で言った。
「この勝負は絶対に負けられません」
その隣で、エステルが拳を握る。
「私もよ!」




