第39話 初めての餃子作り――四人でわちゃわちゃ夕ご飯
森の街道を進む馬車の窓の外は、いつの間にか夕方の色に染まり始めていた。
西の空は橙色に輝き、木々の間から差し込む光が長い影を地面へ落としている。
豪華な馬車の中では、四人がそれぞれの席でのんびりと過ごしている。揺れはほとんどなく、まるで部屋の中にいるような快適さだった。
そのとき。
ぐぅ。
静かな室内に、小さな音が響いた。
エステルがぴたりと動きを止め、ゆっくりと周囲を見回す。
「……今の聞いた?」
少し気まずそうに言うと、カナタはすぐに笑った。
「エステルだろ」
「ち、違うわよ!」
慌てて否定するが、その顔は少し赤い。
そんな二人のやり取りを見ながら、リヴィアが腕を組んだまま静かに言う。
「でも確かにお腹は空いてきたわね」
外の空はすでに夕方の色に染まり、長い移動のせいもあって自然と空腹を感じる時間だった。
セラフィナも穏やかに頷く。
「もう夕方ですし、そろそろ晩ご飯の時間ですね」
カナタは長椅子の背に体を預けながら窓の外をちらりと見て、軽く肩をすくめた。
「じゃあ飯にするか」
その言葉を聞いたエステルがすぐに身を乗り出す。
「今日は何作るの?」
期待したような目だった。
カナタは少し考えるような顔をすると、ふっと笑う。
「せっかくだからみんなで作るか」
三人の動きが一瞬止まった。
「……みんなで?」
エステルが怪訝そうに聞き返し、リヴィアもわずかに眉を動かす。
「料理を?」
カナタはあっさり頷いた。
「そう。簡単なやつ」
セラフィナが少し興味を持った様子で尋ねる。
「何を作るんですか?」
カナタは少しだけ得意げな顔で答えた。
「餃子」
三人の顔が揃って止まる。
「ぎょうざ?」
エステルが首をかしげる。
リヴィアも短く言った。
「聞いたことないわね」
セラフィナも静かに頷く。
「どんな料理なんですか?」
カナタは手振りを交えながら説明する。
「肉と野菜を包む料理」
「包む?」
エステルが興味を示し、少し身を乗り出した。
「焼くと外がパリパリになる」
リヴィアの眉がわずかに動く。
「ふむ」
「中は肉汁たっぷり」
その言葉を聞いた瞬間、エステルの目がきらりと光った。
「それ美味しそうじゃない!」
セラフィナも小さく微笑む。
「面白そうですね」
リヴィアは腕を組んだまま静かに言う。
「やってみるのも悪くないわね」
三人の反応を見て、カナタは満足そうに笑った。
「よし、じゃあ餃子作り開始だ」
テーブルの上にはまな板や包丁、ボウルなどの調理道具が並べられ、先ほどまでくつろいでいた空間があっという間に簡易の調理場へと変わっている。
エステルとリヴィアは包丁を手にしているものの、その手つきは明らかにぎこちなかった。
「これ、どうやって切るのよ……」
エステルが眉をひそめながらキャベツを見つめる。
その横でリヴィアも同じように包丁を持ちながら小さく息をついた。
「思ったより難しいわね」
二人の様子を見ながら、セラフィナは少しだけ苦笑する。普段、料理をしているのはセラフィナなので、こうした作業には慣れていた。
「では、野菜は私がやりますね」
そう言うと、セラフィナはまな板の前に立ち、ニラとキャベツを手早く刻み始める。
包丁が軽やかな音を立て、野菜が次々と細かく切り分けられていく。その動きは滑らかで、見ているだけで慣れていることが分かる手際だった。
その間、カナタはテーブルの横で材料を準備していた。
ふっと手を動かすと、何もない空間から大きな肉の塊が現れる。
「よし、まずは肉だな」
インベントリから取り出したそれをまな板の上へ置くと、カナタは軽く指を鳴らした。
次の瞬間、肉の塊がふわりと震え、細かく崩れていく。
あっという間にひき肉へと変わった。
エステルが目を丸くする。
「それ便利すぎない?」
「まあな」
カナタはあっさり言いながらボウルを取り出すと、そこへひき肉を入れる。続いてセラフィナが刻んだニラとキャベツを加え、さらに塩や調味料をぱらぱらと振りかけた。
ボウルの中で材料を混ぜ合わせると、肉と野菜がゆっくりとまとまり、餃子の具――あんが出来上がっていく。
「こんな感じだな」
カナタは軽く頷くと、もう一度指を鳴らした。
次の瞬間、ボウルの中のあんがほんのわずかに光る。
時間を一時間だけ進め、味をなじませたのだ。
セラフィナがその様子を見て、少しだけ驚いた顔をした。
「もう完成してますね」
カナタは肩をすくめて笑う。
「こういうときも便利だからな」
テーブルの上には餃子の皮と、先ほど作ったあんが入ったボウルが並んでいた。カナタはその前に立つと、皮を一枚手に取り、中央にあんを小さく乗せる。
「まずは俺がやるから」
そう言いながら皮を軽く折り、端をつまみながら器用にヒダを作っていく。指先がリズムよく動き、あっという間に整った形の餃子が完成した。ぷっくりとした半月形で、ヒダも綺麗に並んでいる。
それを見て、三人は思わず目を丸くした。
「器用ね」
リヴィアが感心したように言う。
「意外と細かい作業できるのね」
エステルも少し驚いた顔だった。
カナタは得意げに肩をすくめる。
「まあ、慣れれば簡単だよ」
そう言うと、残りの皮をテーブルへ広げた。
「じゃあやってみて」
三人もそれぞれ皮を手に取り、餃子を包み始める。
セラフィナは最初こそ少し戸惑っていたが、すぐにコツを掴んだようだった。皮の中央にあんを乗せ、丁寧に端を合わせ、綺麗なヒダを作っていく。
「こう……でしょうか?」
完成した餃子は、カナタのものとほとんど変わらない形だった。
「お、うまいじゃん」
カナタが素直に感心する。
一方で、エステルは苦戦していた。
「あれ?ちょっと待って、これ閉じないんだけど!」
あんを多く入れすぎたらしく、皮の端から具がはみ出している。
その隣ではリヴィアも黙々と作業していたが、出来上がった餃子はどこか歪な形になっていた。ヒダはほとんどなく、半分潰れたような姿である。
カナタはそれを見て思わず吹き出す。
「それ餃子じゃなくて謎の生き物だろ」
「うるさい!」
エステルがすぐに反撃する。
「黙ってて」
リヴィアも冷たい視線を向けた。
二人はむっとした顔で、もう一度餃子を包み直し始める。
「絶対うまく作るわよ!」
「次は綺麗に作るわ」
そんなやり取りをしながら、四人はテーブルを囲んで餃子を作り続けた。
形の整ったものもあれば、少し歪なものもあるが、テーブルの上には次第に餃子が並んでいく。
気がつけば、皿の上には大量の餃子が出来上がっていた。
テーブルの上に並んだ餃子を見渡しながら、カナタはフライパンを取り出した。
軽く油をひき、並べるように餃子を置いていく。丸く整ったものもあれば、少し形の崩れたものも混ざっていたが、とにかく数は十分だった。
「じゃあ焼くぞ」
火を入れた瞬間。
ジュウウウ……。
油の弾ける音が馬車の中に広がる。餃子の底がフライパンに触れた瞬間から香ばしい匂いが立ち上り、じわじわと食欲を刺激する香りが空気に混ざっていった。
エステルがすぐに身を乗り出す。
「いい匂い!」
フライパンの中を覗き込みながら目を輝かせる。
セラフィナも隣からそっと覗き込む。
「焼ける音だけでもお腹が空きますね」
リヴィアも腕を組んだまま様子を見ていたが、いつの間にか少し前へ体を寄せていた。フライパンの中では餃子の底がきつね色に焼け始め、ぱちぱちと油が弾けている。
そのとき。
ぐぅ。
静かな馬車の中で、はっきりと音が響いた。
一瞬だけ空気が止まる。
カナタがゆっくり顔を上げた。
「今のリヴィア?」
リヴィアの動きがぴたりと止まる。
「違うわ!」
すぐに言い返すが、その頬はわずかに赤い。
エステルがにやにや笑う。
「絶対リヴィアじゃない」
「違うって言ってるでしょ」
リヴィアが少し強い口調で返すと、カナタは楽しそうに笑った。
「まあまあ、腹減るのは普通だろ」
そんなやり取りをしている間にも餃子は焼き上がっていく。カナタはタイミングを見て水を少し入れ、蓋をして蒸し焼きにした。しばらくすると蓋を開け、最後にもう一度火を強める。
ジュウウ、と音が強くなり、餃子の皮がぱりっと焼き上がった。
「よし、完成」
フライパンから皿へ餃子を並べると、こんがりとした焼き色が綺麗に並ぶ。香ばしい匂いがさらに強く広がり、三人は思わず身を乗り出した。
カナタはさらに手を動かす。
次の瞬間、テーブルの上に白い湯気を立てる茶碗が現れた。
「米もあるぞ」
続いて味噌汁の椀も並ぶ。
餃子、白ご飯、味噌汁。
夕食の準備が整い、馬車の中には温かい食事の香りが満ちていた。
「よし、食うか」
カナタの言葉で四人はテーブルを囲んで席に着く。
エステルは待ちきれない様子で箸を手に取った。
「いただきます!」
すぐに餃子を一つつまみ、ふーふーと息を吹きかけてから口に運ぶ。
「んっ……!」
次の瞬間、エステルの目が大きく開いた。
「美味しい!」
焼きたての皮はぱりっと香ばしく、中からは熱い肉汁がじゅわっと広がる。肉と野菜の旨味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む味だった。
セラフィナも餃子を一口食べ、穏やかに微笑む。
「これはいいですね」
リヴィアも静かに餃子を口へ運び、しばらく味を確かめるように噛んだあと、小さく頷いた。
「……確かに美味しいわね」
四人はご飯を食べながら、次々と餃子を口に運んでいく。焼きたての餃子と白ご飯の相性は抜群で、気がつけば皿の餃子は少しずつ減っていった。
そのとき、カナタが皿の上を見て笑う。
「この形、汚いな」
少し潰れた餃子を箸でつまみ上げた。
エステルがすぐに反応する。
「私じゃない!」
そして隣に座るリヴィアを指差した。
「それリヴィアのよ!」
リヴィアの動きが止まる。
「違うわ」
すぐに言い返すが、エステルはにやにやしている。
「さっきぐちゃぐちゃだったじゃない」
「あなたのも大差なかったでしょう」
二人の言い合いが始まり、テーブルの上は一気に騒がしくなる。
セラフィナはそんな様子を見ながら小さく笑った。
カナタは肩を震わせながら笑う。
「まあ味は同じだろ」
馬車は夕暮れの森の街道を進み続けていた。窓の外では橙色の光が少しずつ暗さへ変わり始めている。
その中で、四人の賑やかな夕食の時間はまだしばらく続きそうだった。




