第32話 罰ゲーム付き神経衰弱──勝負の行方と、うっかり見えてしまった秘密
カナタがテーブルの上に広げたトランプを指先で軽く整えながら、ふと思いついたように口を開いた。
「ただやるのも面白くないよな」
三人の視線が自然とカナタへ向く。
カナタはにやりと笑い、軽い調子で続けた。
「最下位は罰ゲームな」
その一言に、エステルの眉がぴくりと動く。腕を組んだまま、露骨に警戒した目でカナタを睨んだ。
「は? どんな罰ゲームよ」
疑いしかない声だった。
カナタは特に気にした様子もなく肩をすくめる。
「最下位は、一位の言うことを一つ聞く」
あまりにも軽い口調で言われた内容に、エステルが勢いよく身を乗り出した。
「重すぎるわ!」
机を叩きそうな勢いで抗議する。
リヴィアも腕を組みながら、冷たい視線をカナタへ向けていた。言葉には出していないが、完全に信用していない顔である。
セラフィナも静かに微笑んではいるが、どこか警戒したような目でカナタを見ていた。
三人の視線を一斉に受けても、カナタはまったく気にした様子がない。
「もちろん常識的な範囲で」
軽く補足する。
その瞬間、リヴィアが即座に口を挟んだ。
「あなたの常識は信用ならないけどね」
冷静な声だったが、遠慮は一切ない。
エステルもすぐに頷く。
「それよそれ!」
完全に同意だった。
だがカナタは笑ったまま、手をひらひらと振る。
「まあまあ。そんな警戒すんなって」
まるで大したことではないかのような調子だった。
「とりあえずやってみようぜ」
三人は互いの顔をちらりと見た。
完全に信用しているわけではない。しかし、目の前に並べられている見慣れない遊び道具と、先ほど聞いたルールは確かに面白そうでもある。
短い沈黙のあと、エステルが小さく息を吐いた。
「……まあ、ゲーム自体は面白そうだし」
渋々といった様子で椅子に座り直す。
リヴィアも小さく肩をすくめた。
「変なことを言ったらその場で中止よ」
セラフィナも穏やかに頷く。
「その条件なら参加します」
三人が一応の同意を示すと、カナタは満足そうに笑った。
「よし決まり」
そう言いながら、トランプを手際よくテーブルの上に並べていく。
そして準備が整うと、軽い声で宣言した。
「じゃ、さっそくやろうか」
白いカードが一枚ずつ整然と置かれていき、やがて小さな格子のような配置ができあがっていく。
カナタは鼻歌まじりにカードを置き続けていたが、その途中で鋭い声が飛んだ。
「ちょっとカナタ!」
エステルが身を乗り出し、疑いの目でテーブルを覗き込む。
「何?」
カナタが顔も上げずに答えると、エステルは指を伸ばしてカードの並びを指した。
「自分のとこにトランプ寄せすぎ!」
確かに、カナタの前のあたりにカードが微妙に近い気がしなくもない。
しかしカナタはまったく悪びれる様子もなく笑った。
「神経衰弱なんだから、カードの位置はそんなに関係ないだろ」
そう言いながらカードの位置を少しだけ動かすが、直したのか誤魔化したのかよく分からない程度の調整だった。
エステルは腕を組んだまま胡散臭そうに睨んでいるが、カナタは楽しそうにカードを整え続ける。
やがて最後の一枚が置かれ、テーブルの上に綺麗なカードの列が完成した。
カナタは満足そうに手を叩く。
「よし、準備完了」
そして三人を見回した。
「順番どうする?」
その問いに、エステルがすぐに答える。
「じゃんけんでいいでしょ」
あまりにも自然な提案だった。
「オッケー」
カナタが頷き、四人はテーブルの上に手を出す。
エステルが掛け声をかけた。
「最初はグー、じゃんけんポン!」
四人の手が同時に出される。
一瞬の沈黙のあと、エステルが悔しそうな声を出した。
「うそでしょ……」
勝っていたのはセラフィナだった。
セラフィナは自分の手を見てから、少し驚いたように瞬きをする。
「あら、私ですね」
穏やかな声だった。
カナタが軽く頷く。
「じゃあ時計回りでいこう」
自然に順番が決まる。
最初はセラフィナ。
次がリヴィア。
その次がエステル。
そして最後がカナタ。
四人はそれぞれの位置に視線を落とし、テーブルの上のカードを見つめた。
静かな期待の空気が部屋に満ちる。
セラフィナが小さく息を整え、カードへ手を伸ばした。
「では、私からですね」
穏やかな声でそう言うと、指先で一枚のカードをそっとめくる。
「スペードの3……ですね」
カードを確認し、続けて少し離れた場所のカードをもう一枚めくる。
「……クラブの9」
数字は揃わなかった。
セラフィナは小さく首を傾げてから、苦笑気味にカードを元へ戻す。
「残念です」
次の番はリヴィアだった。
リヴィアは無駄な動きなく腕を伸ばし、迷いなく一枚のカードをめくる。
「ダイヤの6」
そのままもう一枚、少し離れた場所のカードをめくった。
「……ダイヤの6」
ぴたりと同じ数字が揃う。
エステルが思わず声を上げた。
「えっ、いきなり当てたの!?」
リヴィアは特に表情を変えず、カードを自分の前へ引き寄せる。
「偶然よ」
短くそう言うと、続けてもう一度カードへ手を伸ばした。神経衰弱ではペアを取ると続けてもう一度めくれるルールである。
今度も静かに一枚めくる。
「スペードの10」
そして次の一枚。
「……クラブの2」
こちらは揃わなかった。
リヴィアは淡々とカードを戻す。
順番はエステルへ移る。
「よーし、次は私ね!」
エステルは勢いよく身を乗り出し、勢いそのままにカードを一枚めくった。
「ハートの5!」
そのままもう一枚をめくる。
「ダイヤの2!」
一瞬、エステルの表情が固まる。
「……えっ?」
すぐにカードを見比べる。
「えっ、違うの!?」
当然だが数字はまったく揃っていない。
エステルは不満そうにカードを裏返した。
「もう、全然わかんないじゃない!」
最後にカナタの番が回ってくる。
カナタは椅子に軽くもたれたまま、適当な調子で手を伸ばした。
「じゃ、俺もいってみるか」
一枚めくる。
「クラブの8」
続けてもう一枚。
「スペードの4」
当然揃わない。
「はい失敗」
カナタは笑いながらカードを戻した。
ゲームが始まってからしばらく時間が経っていた。テーブルの上にはすでにいくつかのカードの山ができており、それぞれが取ったペアを自分の前に積み上げている。
まだ枚数は多く残っているが、場のカードの位置は少しずつ頭の中に入り始めていた。
現在の手番はリヴィアである。
リヴィアはテーブルの上を一度静かに見渡してから、迷いなく一枚のカードをめくった。
「スペードの7」
カードを確認し、そのまま少し離れた位置のカードへ手を伸ばす。
「ハートの4」
数字は揃わない。
リヴィアは淡々とカードを見つめ、すぐに元の位置へ戻そうとした。その瞬間、横からカナタの声が飛ぶ。
「うわ、ハートの4出ちゃったよ」
エステルの顔がぱっと上がった。
「えっ!? ハートの4ってあったっけ?」
テーブルの上を慌てて見回す。
カナタは肩をすくめながら笑った。
「エステル覚えてないの?」
その言い方に、エステルの眉がぴくりと動く。
「うるさい!」
思わず怒鳴り返す。
しかしその横で、リヴィアはまったく表情を変えずに言った。
「早くめくらないとパスにするわよ」
冷静な声だった。
エステルは苛立ったようにテーブルを睨む。
「黙って!」
視線をカードの上でさまよわせるが、どうやら完全に混乱しているらしい。
「もうわからないこれ!」
結局、適当にカードを一枚めくる。
しかし当然、数字は揃わない。
エステルは悔しそうに舌打ちしながらカードを戻した。
順番がカナタへ移る。
カナタは何気ない顔でテーブルを見下ろし、すぐに一枚のカードへ手を伸ばした。
「じゃ、俺の番な」
めくったカードは、ついさっき出たばかりのハートの4だった。
エステルの目が見開く。
「ちょっと!」
しかしカナタは気にせず、すぐ左のカードをめくる。
そこには同じ数字が並んでいた。
見事にペア成立である。
カナタはにやりと笑いながらカードを自分の前へ引き寄せた。
「ラッキー」
その瞬間、エステルがテーブルを叩いた。
「なんでよ!」
神経衰弱はその後も続いていた。
四人はカードの位置を思い出しながら真剣に盤面を見つめていたが、ふとカナタが思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
三人の視線が一斉にカナタへ向く。
カナタは何でもないことのような顔で続けた。
「みんな俺があげた下着つけてくれてるんだね」
一瞬、部屋の空気が止まった。
三人の表情が同時に固まる。
「は?」
エステルの声だけが、かろうじてその沈黙を破った。
次の瞬間、三人はほぼ反射的に自分の服の胸元や襟元を押さえる。
カナタはまったく悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「いや、さっき前かがみになったとき見えちゃったから」
あっさりとした口調だった。
さらに平然と続ける。
「セラフィナは白」
セラフィナの指がぴたりと止まる。
「リヴィアは黒」
リヴィアの視線がゆっくりとカナタへ向いた。
「エステルは赤」
その瞬間、エステルが爆発した。
「何が見えちゃったよ!」
顔を真っ赤にしながら立ち上がりかける。
リヴィアの目には、はっきりと殺気が浮かんでいた。普段は感情をほとんど表に出さない彼女だが、今は明確に怒っている。
その隣で、セラフィナもにこりと微笑んでいる。だがその笑顔は、普段よりも明らかに冷たかった。
「キモ!」
エステルが吐き捨てる。
「最低ですね」
セラフィナが静かな声で続ける。
リヴィアは腕を組みながら、冷たく言い放った。
「このゲーム勝たなきゃいけない理由ができたわ」
その言葉にエステルが拳を握る。
「こいつを殺す!」
物騒すぎる宣言だった。
さすがにカナタも少し慌てたように手を振る。
「ちょっと待て待て、罰ゲームは常識の範囲内で!」
しかし次の瞬間、三人の声が完全に揃った。
「「「黙れ!」」」




