第31話 冒険の行き先決定、まずは海へ──そして突然始まる神経衰弱
カナタの部屋の窓際のソファーで、四人は向かい合うように座っていた。
先ほどの話し合いでパーティとして冒険に行くこと自体は決まったが、肝心の行き先についてはまだ何も決まっていない。
話題が自然とそこへ向いた。
「で、どこ行くのよ」
エステルが腕を組んだまま、不満そうにカナタを睨む。勢いのある声だったが、どこか期待しているような色も混じっていた。
カナタは特に気にした様子もなく肩をすくめる。
「それを今から決めようと思ってる」
あまりにもあっさりした答えだった。
リヴィアが小さく眉をひそめ、腕を組む。
「まだ決めてなかったの?」
少し呆れたような口調だった。
カナタはその反応にも動じることなく、テーブルに肘をつきながら軽い調子で続ける。
「だってみんなで決めたほうが楽しいじゃん」
そして三人を見回した。
「みんな行きたい場所ある?」
突然振られた三人は、一瞬だけ互いの顔を見た。
エステルは腕を組んだまま少し考えるように視線を上へ向け、リヴィアは顎に指を当てて静かに思案している。セラフィナも膝の上で手を重ねながら、小さく首を傾げていた。
部屋の中に、短い沈黙が落ちる。窓の外から聞こえる街のざわめきだけが、かすかに部屋へ流れ込んでいた。
やがて沈黙を破るように、エステルが勢いよく手を挙げた。ソファーの上で身を乗り出し、目を輝かせながらカナタを見る。
「私は海がいい!」
元気よく宣言すると、そのまま待ってましたと言わんばかりに理由を話し始めた。
「だって暑いし、涼しいところ行きたいじゃない。海なら泳げるし、砂浜もあるし、景色も綺麗だし!」
言葉は止まらない。
「あと海の近くの街って雰囲気いいのよね。魚とか貝とか、海産物も美味しいし!」
さらに手を広げながら続ける。
「それに夜の海ってすごく綺麗って聞いたことあるの。月の光が海に映るんですって!」
完全に旅行の話である。エステルは楽しそうに話しながら、すでに頭の中で海辺の景色でも想像しているのか、どこか浮かれた表情になっていた。
その様子を見ていたカナタが、テーブルに肘をついたまま口を挟む。
「ほぼ遊びじゃん」
さらっと言った一言だった。
エステルの表情がぴくりと動く。
「は?」
即座にカナタを睨みつけた。
「別にいいじゃない!」
腕を組みながら言い返す。
「冒険者だって休暇は必要なの!」
堂々とした主張だった。
カナタはその勢いに少し笑いながら肩をすくめる。
「まあ確かに、ずっとダンジョンばっかりも疲れるしな」
その横で、リヴィアが静かに口を開く。
「あなた、完全に遊び目的でしょ」
冷静な指摘だった。
しかしエステルはまったく動じない。
「いいじゃない、海くらい!」
そう言いながら胸を張る。
「私は絶対! 海がいいわ!」
エステルの勢いのある主張が一通り終わると、部屋の中に少しだけ静かな空気が戻った。
そのタイミングで、リヴィアがゆっくりと口を開く。
「私は山がいいわ」
落ち着いた声だった。ソファーに座ったまま腕を軽く組み、特に気負う様子もなく続ける。
「暑いし、山の方が涼しいでしょ。それに空気も綺麗だし、静かな場所の方が落ち着くわ」
淡々と理由を並べていく。
「自然の中で過ごすのも悪くないし、夜は星もよく見えるはずよ」
そこで一度言葉を区切ると、少しだけ視線を窓の外へ向けた。
「あと、キャンプもしてみたいわね」
何気なく付け加えた一言だった。
「山なら剣の鍛錬にも向いているし」
最後の理由を聞いた瞬間、エステルが顔をしかめる。
「それ修行じゃない!」
思わず声を上げてツッコミを入れた。
リヴィアはまったく動じない。
「別にいいじゃない」
平然と答えると、肩を軽くすくめた。
「どうせなら、静かな場所の方がいいわ」
そう言ってから、ちらりとエステルを見る。
「海なんて人も多いでしょうし」
静かな口調のままだが、微妙に対抗心が混ざっている。
エステルの眉がぴくりと動いた。
「なによそれ!」
すぐに言い返す。
「海だって綺麗だし楽しいのよ!」
しかしリヴィアは特に反論するでもなく、ソファーの背にもたれながら静かにカナタへ視線を戻した。
「まあ、私は山がいいわ」
エステルとリヴィアの意見が一通り出たところで、カナタの視線が最後の一人へ向く。
セラフィナはソファーに背筋を伸ばして座ったまま、少し考えるように視線を下へ落としていたが、やがて静かに口を開いた。
「私は……大きな都市に行ってみたいです」
少し遠慮がちな言い方だった。三人の視線が集まると、セラフィナは軽く微笑みながら理由を続ける。
「有名な観光名所を見て回ったり、お店をゆっくり見てみたいんです」
両手を膝の上で重ねながら、穏やかな口調で話す。
「綺麗な服や雑貨を見たり、街の雰囲気を感じながら歩いてみたいですし……」
少しだけ視線を上げる。
「夜景も見てみたいです。大きな都市だと、夜の景色がとても綺麗だと聞きました」
さらに小さく付け加えた。
「あと、神殿や図書館にも行ってみたいです」
完全に観光の話だった。
三人の中では一番のんびりした希望である。
エステルが腕を組みながら言う。
「完全に旅行ね」
呆れ半分、納得半分の声だった。
セラフィナは少しだけ照れたように笑う。
「そうかもしれません」
素直に認めながら小さく頷いた。
「でも、たまにはそういうのもいいかなと思って」
そう言ってから、静かにカナタを見る。
「私は都市に行ってみたいです」
三人の意見を一通り聞き終えたカナタは、テーブルに肘をついたまま軽く頷いた。
少し考えるような仕草をしたあと、あっさりと結論を口にする。
「じゃあとりあえず海行くか」
その一言に、三人の反応はきれいに分かれた。
「やった!」
エステルがすぐに声を上げる。ソファーの上で身を乗り出し、嬉しそうに拳を握った。
一方で、リヴィアは小さく眉をひそめる。
「……山じゃないのね」
静かな不満が滲んだ声だった。
セラフィナはその二人を見比べながら、困ったように小さく笑う。
「まあ、順番に行けるならいいですね」
カナタはそんな反応を見ながら肩をすくめた。
「その後、山も都市も行けばいいじゃん」
あまり深く考えていないような口調だったが、言っていること自体は単純で分かりやすい。
リヴィアも少し考えたあと、小さく息を吐く。
「……それならいいわ」
完全に納得したわけではないが、とりあえず受け入れたようだった。
カナタは満足そうに頷く。
「よし、行き先も決まったし」
そして突然、軽い調子で言った。
「ゲームしよう」
三人が同時に顔を上げる。
「ゲーム?」
エステルが首を傾げた。
カナタはにやりと笑い、右手を軽く振る。すると何もない空中に淡い光が集まり始め、小さな粒のような光がくるくると渦を描いた。
やがてその光が形を取り、ぱっと数十枚のカードへと変わる。白いカードは空中でふわりと広がり、ひらひらと舞いながらカナタの手の中へ集まっていった。
三人の目が一斉に丸くなる。
「なにそれ」
エステルが思わず言う。
カナタはカードを指先で揃えながら説明した。
「トランプっていう遊び道具」
そしてテーブルの上にカードを軽く置く。
「これで神経衰弱やろう」
聞き慣れない言葉に、三人は顔を見合わせた。
カナタは簡単にルールを説明する。カードを裏向きに並べ、二枚ずつめくって同じ数字を揃えること、記憶力が重要なゲームであること、一番多くカードを取った人が勝ちになること。
話を聞き終えるころには、三人の表情はすっかり興味深そうな表情に変わっていた。
「面白そうね」
エステルが目を輝かせる。
「記憶力なら負けない」
リヴィアが静かに言う。
「やってみたいです」
セラフィナも楽しそうに微笑んだ。
カナタは満足そうに頷き、トランプをテーブルの上へ広げ始めた。




