第30話 超高級ホテル宿泊、そしてパーティ方針決定──ヒロインたちは当然不満
冒険者ギルドの前の広場。夕方の通りにはまだ人の往来が多く、依頼を終えた冒険者たちの声があちこちで響いていた。
約束通り三十分後、カナタはギルド前で三人の姿を見つける。リヴィア、エステル、セラフィナの三人もこちらに気づき、ゆっくりと歩いてきた。
「じゃあ行くか」
カナタが軽い調子で言うと、そのままくるりと背を向けて歩き出す。三人も特に反対する様子もなく、その後ろをついて通りへ出た。
夕方の街はまだ賑やかで、露店の呼び声や冒険者たちの笑い声が混ざり合っている。
「で、どこ行くの?」
横を歩きながらエステルが聞く。腕を組んだまま、疑うような視線をカナタへ向けていた。
「グランド・ヴェルディア」
カナタが何気なく答えた瞬間、エステルの足がぴたりと止まる。
「え!?」
思わず声を上げ、慌ててカナタの隣へ追いつく。
「あんたそんなところに泊まってたの!?」
信じられないものを見るような顔だった。グランド・ヴェルディアといえば、この街で一番高級だと言われているホテルだ。
冒険者でも上位ランクの者しか泊まれない場所である。
その反応を見ながら、カナタは肩をすくめる。
「そうだけど?」
まるで特別なことでもないような口調だった。
横で聞いていたリヴィアもわずかに目を細める。
「……あそこは確か……随分いいところに泊まってるのね」
「そうそう」
カナタは軽く頷きながら続けた。
「今日からみんなもそこだよ」
一瞬、三人の表情が止まる。次の瞬間、エステルの顔にぱっと明るさが浮かんだ。
「え、本当に!?」
思わず声が弾む。しかしすぐに何かに気づいたように表情が引き締まった。
「でもあんたと同じ部屋じゃないでしょうね!?」
エステルは疑いの目でカナタを睨みつける。
カナタは即答した。
「分かってるって。二部屋取ってるよ」
その言葉を聞いた瞬間、エステルの肩の力が一気に抜けた。
「よかったぁ……」
露骨に安心した声だった。
その様子を見て、リヴィアが小さく息を吐く。
「ほんとこの子は……」
隣でセラフィナも穏やかな顔で頷いた。
「単純ですね」
しばらく歩いた先で、四人の前に巨大な建物が姿を現した。
石造りの外壁は夕方の光を受けて淡く輝き、整えられた広い入口には金属装飾の門が構えられている。
上階へと伸びる建物はこの街の他の建物よりも明らかに背が高く、堂々とした存在感を放っていた。
「……でかいね」
思わずリヴィアが呟く。普段は感情をあまり表に出さない彼女だが、さすがに少し目を見開いていた。
その隣でセラフィナが静かに頷く。
「この街で一番大きなホテルです」
落ち着いた声でそう言いながら、建物の上階を見上げた。エステルも口を半開きにして建物を見上げている。
「ほんとにここ……?」
「そうだよ」
カナタは特に気にした様子もなく答え、そのまま入口へ向かって歩き出す。三人は一瞬顔を見合わせたが、結局その後をついていくしかなかった。
扉をくぐると、外とはまた違う空気が広がる。
高い天井からは大きな魔導照明が柔らかな光を落とし、床は磨き上げられた石で鏡のように光っていた。
壁には落ち着いた色の装飾と絵画が並び、静かな音楽のように人の気配が流れている。
エステルが思わず周囲を見回す。
「すご……」
声は自然と小さくなっていた。
リヴィアも歩きながら視線をゆっくりと動かし、ロビーの広さや装飾を静かに観察している。
セラフィナも落ち着いた様子ではあるが、やはりどこか興味深そうに周囲を見ていた。
「こっち」
カナタは慣れた様子でロビーを横切り、奥の設備へと向かう。そこには透明な壁で囲われた昇降装置が設置されていた。
エステルが足を止める。
「……これなに?」
「魔導エレベーター」
カナタがあっさり答え、扉を開けて中へ入る。三人も続いて乗り込むと、内部の床に刻まれた魔法陣が淡く光った。
次の瞬間、体がふっと持ち上がるような感覚と共に装置が静かに動き出す。
「えっ……」
エステルが思わず壁に手をつく。
「こんなのあるんだ……」
窓越しにロビーがゆっくりと下がっていき、代わりに上階の廊下が近づいてくる。魔力で動く昇降装置は音もなく滑らかに上昇し、やがて四人を上階へと運んでいった。
魔導エレベーターが静かに止まり、扉が開くと廊下が現れた。
床には厚い絨毯が敷かれ、壁には落ち着いた色の照明が等間隔に灯っている。
足音がほとんど響かない静かな通路を、カナタは迷いなく歩き出した。三人も後ろからついていく。
しばらく進むと、カナタがある扉の前で立ち止まった。
「ここがみんなの部屋」
あっさり言われた言葉に、三人が同時にその扉を見る。
セラフィナが少し驚いたように首を傾げた。
「どうしてこんなによくしてくださるんですか?」
そして少し困ったように続ける。
「私たち、まだ何もしてませんよ」
まだ正式に何か働いたわけでもないのに、高級ホテルの部屋を用意されていることが不思議なのだろう。
カナタは特に気にした様子もなく肩をすくめた。
「みんなと楽しく過ごしたいから」
あまりにも軽い理由だった。
その答えを聞いたリヴィアが小さく息を吐く。
「……変な人ね」
呆れたような声だったが、特に強く否定するわけでもない。
カナタはポケットから小さなカードを取り出すと、それを三人の前に差し出した。
「はいこれ。部屋のカードキー。これで扉開くから」
セラフィナが受け取り、カードを軽く眺める。金属の縁がついた小さな板で、表面には魔法陣のような模様が刻まれていた。
カナタはそのまま続ける。
「荷物置いたら俺の部屋に来て」
そして親指で隣の扉を指す。
「隣が俺の部屋だから」
その瞬間、エステルの表情が一気に険しくなった。
「なんで行かないといけないのよ!」
腕を組みながら睨みつける。
カナタはまったく気にした様子もなく答えた。
「これからのこと考えないと」
パーティになった以上、今後の方針くらいは決めておく必要がある、という当たり前の理由である。
エステルがまだ何か言い返そうと口を開きかけたが、その前にカナタは軽く手を振った。
「じゃ」
それだけ言うと、隣の部屋の扉へ歩いていく。カードキーをかざすと扉が静かに開き、カナタはそのまま部屋の中へ消えていった。
廊下には三人だけが残る。
エステルがむっとした顔で扉を睨む。
「ほんと勝手なやつ……」
そう呟きながらも、三人は結局、与えられた部屋の扉へと向き直った。
それから少しして、カナタの部屋の前に三人の姿が現れた。
セラフィナが軽くノックすると、すぐに中から声が返ってくる。
「どうぞ」
扉を開けると、三人は順番に中へ入った。
「お邪魔します」
部屋の中は思っていたよりも広く、落ち着いた色合いの家具が整然と配置されている。
窓際には大きなソファーとテーブルが置かれ、壁際には棚や机がきちんと並び、床も埃一つないほど綺麗に整えられていた。高級ホテルらしく、上品で静かな空気が部屋全体に漂っている。
その様子を見回しながら、リヴィアがぽつりと呟いた。
「意外と部屋はきれいなんだ」
何気ない一言だったが、カナタはすぐに反応する。
「意外って何だよ意外って」
少しむっとしたような顔で言い返す。
するとセラフィナが穏やかな表情のまま続けた。
「もっと適当かと思ってました」
丁寧な口調ではあるが、内容はなかなか遠慮がない。
カナタは肩をすくめる。
「まあ魔法でちょいちょいとやれば」
そう言って指を軽く振る。
「きれいになるからね」
まるで掃除など大した手間ではないと言わんばかりの軽さだった。
その瞬間、エステルの眉がぴくりと動く。
「それムカつく!」
思わず声を上げ、腕を組みながらカナタを睨んだ。
カナタはそんな反応を面白そうに見ながら、ソファーの方へ歩いていく。
「まあまあ、座りなよ」
軽い調子でそう言い、カナタはテーブルの向こう側のソファーにどさっと腰を下ろした。
三人も少し遅れて部屋の中央へ進み、ソファーへと視線を向ける。広い窓から夕方の光が差し込み、部屋の中は落ち着いた暖かい色に染まっていた。
三人は窓際のソファーに腰を下ろした。
広い部屋の中央に置かれた低いテーブルを囲むように、それぞれソファーに腰を下ろす。
エステルは腕を組み、リヴィアは落ち着いた姿勢で座り、セラフィナは背筋を伸ばして静かにカナタの方を見ていた。
カナタはテーブルに肘をつき、軽く手を叩く。
「さて」
場を仕切るように口を開いた。
「これから俺達のパーティは冒険に行きます」
その言葉が出た瞬間、エステルが即座に反応する。
「なんであんたが決めるのよ!」
ソファーから身を乗り出し、勢いよくカナタを指差した。
カナタは特に気にした様子もなく肩をすくめる。
「いや、だってさ」
軽い口調で続けた。
「リヴィアは強くなりたいんでしょ?」
リヴィアが無言でカナタを見る。否定はしない。
カナタは次にエステルへ視線を向ける。
「エステルはお金が欲しい」
エステルの眉がぴくりと動く。
「それは……そうだけど」
少し悔しそうに答えた。
カナタはそのままセラフィナを見る。
「セラフィナは、みんなと一緒にいたい」
セラフィナは少し驚いたように目を瞬かせたが、小さく頷いた。
カナタは両手を広げる。
「ほら」
そしてさらっと言う。
「俺がパーティ入った時点で、もう全部叶ってるじゃん」
一瞬、三人の表情が止まる。
リヴィアは無言、エステルは眉をひそめ、セラフィナは微妙な顔をしていた。
カナタはその様子を気にすることもなく話を続け、軽く指を立てる。
「だからさ……俺の目標も叶えないと」
エステルが呆れたように聞き返す。
「……あんたの目標ってなによ」
カナタはあっさりと言い切った。
「冒険に行きたい」
そのあまりにも単純な理屈に、セラフィナが静かに口を開いた。
「どういう理屈ですか」
丁寧な声だったが、完全に困惑している。
数秒の沈黙が落ちる。
そしてリヴィアが小さく息を吐いた。
「……やっぱりこいつは駄目かもね」
冷静な結論だった。
ソファーで、カナタだけが楽しそうに笑っていた。




