第29話 Sランク証明、ヒロイン絶望──そして四人パーティ誕生
あの賭けをした日から三日後の夕方。
カナタは冒険者ギルドの近くの広場で、のんびりと立ちながら人の流れを眺めていた。
しばらくすると、見覚えのある三人の姿が通りの向こうから歩いてくる。
こちらに気づいたエステルが、露骨に顔をしかめた。
「げっ……現れたわね」
まるで不快な虫でも見たような表情だった。
エステルは腕を組み、ずかずかとカナタの前に立つ。
「で? 100億円持ってきた?」
いきなり本題に入るエステルに、カナタは肩をすくめて軽く笑う。
「どうかな?」
わざと曖昧に答えると、カナタは逆に聞き返した。
「それより、あれから何してたの?」
三人の視線が少しだけ動き、リヴィアが答える。
「ダンジョン攻略」
短く、それだけ。カナタは「へぇ」と小さく頷く。
するとエステルが勝ち誇った顔で口を開いた。
「ねぇ? どうせ無理だったんでしょ? 三日でSランクなんて絶対無理じゃない」
自信満々の声で、完全に勝ったつもりらしい。
カナタはその言葉を聞きながら、ふっと笑った。
「そう?」
そしてあっさりと言う。
「これから四人パーティだね」
一瞬、空気が止まり、セラフィナが小さく息を吐く。
「……最悪です」
静かな声だが、感情ははっきりしている。
エステルは眉を吊り上げた。
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
そして腕を突き出し、ぐいっと顔を近づける。
「ほら、早く出しなさいよ! 100億!」
勝利を確信している顔だった。
カナタはその様子を見て小さく笑うと、ポケットに手を入れる。
「じゃあこれ」
取り出したのは、冒険者証だった。
そのまま何気なくエステルの手の上に置く。
エステルは最初、軽い気持ちでそれを見る。
「どうせ……」
言葉が途中で止まり、目が動かなくなる。
「……は?」
カードを持ったまま固まる。カナタは黙ってその様子を見ていた。
エステルの視線は、冒険者証の中央に書かれた文字に釘付けになっている。
そこに刻まれていたのは――
Sランク。
数秒の沈黙。
エステルの手がわずかに震え、慌ててカードをリヴィアへ押しつける。
「な、なにこれ……リヴィア! これ!」
リヴィアが受け取り、静かに目を通す。そして、眉がわずかに動いた。
「……」
何も言わないまま、今度はセラフィナへ渡し、カードを見る。
その瞬間、目を見開いた。
「……Sランク?」
三人の間に静かな衝撃が広がる。
その空気の中で、カナタが軽く言った。
「これからよろしく」
エステルが我に返り、声を張り上げる。
「絶対嘘! 冒険者証の偽造は重罪よ!」
カナタは肩をすくめ、指でギルドの建物を示す。
「じゃあ、一緒に確認しにいく?」
数分後。
四人は冒険者ギルドの窓口に立っていた。
職員が冒険者証を受け取り、確認する。
しばらくカードを見ていたが、やがて顔を上げた。
「はい。問題ありません」
淡々とした声だった。
「こちらは正式なSランク冒険者証です」
その言葉が落ちた瞬間。
エステルの表情が、完全に固まった。
冒険者ギルドの建物から四人が外へ出てきた。
夕方の通りにはまだ人の往来があり、冒険者たちの声があちこちで響いている。
しかしその中で、エステルだけは完全に魂が抜けたような顔をしていた。
「……終わった」
小さく呟く。
リヴィアとセラフィナが横に立っているが、エステルは地面を見つめたままだった。
その様子を見ながらカナタが軽い調子で言う。
「エステル、安心して」
その瞬間、エステルが勢いよく顔を上げた。
「あんたと同じパーティで安心できるわけないでしょ!」
通りに響く勢いだった。
だがカナタは特に気にした様子もなく肩をすくめる。
「お金ならいくらでもあげるよ」
さらっと言うと、エステルのこめかみがぴくりと動いた。
「そういうことじゃない!」
怒鳴る。
カナタはその反応を面白そうに見ながら、あっさり話題を変えた。
「ところで、どこ泊まってるの?」
エステルが一瞬固まる。
「……は?」
そしてすぐに警戒した顔になる。
「そ、そういうことは絶対しないから!」
両腕で体を隠すような動きをした。
カナタは吹き出し、軽く手を振った。
「分かってるって。いい宿取ってあげてるから、荷物持って、冒険者ギルド前に三十分後集合で」
エステルがぽかんとする。
「え?」
カナタは当然のように言った。
「パーティリーダーだから」
一瞬の沈黙の後、エステルが叫ぶ。
「あんたがいつリーダーになったのよ!」
しかしカナタはすでに歩き出しており、振り返りもせず、片手をひらひらと振る。
「じゃあ」
そのまま通りの人混みの中へ消えていく。
エステルが慌てて叫んだ。
「ちょっと待て!」
カナタの姿が通りの人混みの中へ消えていくと、その場に残された三人の間に、しばらく重い沈黙が落ちた。
やがてリヴィアが小さく息を吐く。
「……こうなったら、ポジティブに考えるしかないわね」
腕を組みながら、どこか諦めたような声で言った。
セラフィナも隣で静かに頷く。
「最低限のモラルはありますし……」
少し考えるように言葉を続ける。
「なんとか……なりますよね?」
その言葉を聞いた瞬間、エステルの目に涙が浮かんだ。
「二人ともごめん……」
声が震え、今にも泣きそうな顔で続けた。
「私のせいで……捨てないで……」
リヴィアが即座に言う。
「捨てるわけないでしょ」
短く、きっぱりした声だった。
セラフィナも柔らかく微笑む。
「ずっと一緒ですよ」
その言葉を聞いた瞬間、エステルの堪えていたものが決壊した。
「うわーん!」
勢いよく二人に抱きつく。
突然の行動にセラフィナの体がびくりと揺れた。
「やめてください」
困ったように言い、リヴィアも顔をしかめた。
「ちょっと、離れなさい」
周囲の視線が集まり始めている。
「こんなところで恥ずかしいわ」
しかしエステルは泣きながら二人にしがみついたままだった。
夕方のギルド前で、美人冒険者三人の奇妙な光景がしばらく続いていた。




