第28話 ヒロイン視点編──宿のお風呂でいちゃいちゃ女子会
三人が宿の部屋に戻ったのは、すっかり日が落ちたあとだった。
扉を閉めた瞬間、エステルがその場で大きく伸びをする。
「はぁー……疲れた……」
そのままエステルはベッドへ倒れ込む。
「でも今日の高級酒場、美味しかったわね」
満足そうにそう言うと、セラフィナが静かに頷いた。
「ええ。昨日のレストランも良かったですが……私は今日の酒場のほうが好きかもしれません」
「あ、私もそう思う!」
エステルが嬉しそうに笑う。
だが、そのやり取りを聞いていたリヴィアが、腕を組んだまま小さく息を吐いた。
「……それは置いておいて。エステル」
「何よ?」
エステルがベッドに転がったまま顔だけ向ける。リヴィアは冷たい視線を向けた。
「なんで毎回あの男の賭けに乗るのよ」
部屋の空気が一瞬だけ止まる。話題は当然、カナタのことだった。
エステルは不満そうに眉を寄せる。
「だって今回は絶対に勝てるわ」
体を起こしながら続けた。
「三日でSランクなんて絶対無理じゃない!」
エステルは自信満々だったが、セラフィナが静かな声で言う。
「今までも似たようなことを言っていましたよ」
「うっ」
一瞬だけ言葉に詰まる。しかし、すぐにエステルは顔を上げた。
「今回は別!」
力強く言い切る。リヴィアは表情を変えず、淡々と確認した。
「……もし本当にSランクになったら?」
その質問に、エステルの動きが止まる。
「え」
数秒の沈黙。
「そ、それは……」
視線が泳ぐ。
そして――
「そ、そのときなんとかする!」
強引に言い切った。
リヴィアは無言でエステルを見つめる。
セラフィナは小さく苦笑した。
「……まあ、先のことは先ですね」
そしてゆっくり立ち上がる。
「とりあえず、お風呂に行きませんか。今日もそれなりに動きましたし」
その言葉にエステルが勢いよく立ち上がった。
「行く!」
こうして三人は、宿の風呂へ向かうことになった。
宿の浴場に湯気がゆっくりと立ちこめていた。石造りの湯船の中に三人が肩まで浸かると、静かな水音が広がる。
「……はぁ」
セラフィナが小さく息を吐いた。肩の力が抜けていくのが分かる。
「疲れが取れますね……」
その言葉に、エステルがすぐに頷く。
「わかる。このために生きてるって感じ」
湯に体を預け、満足そうに目を細める。
その様子を見ていたリヴィアが、湯の表面を静かに見つめたまま言った。
「あの男が現れてから、疲れが増えたわ」
淡々とした声だった。
エステルがぷっと吹き出す。
「それは否定できないわね」
そして次の瞬間、突然セラフィナの背中に腕を回した。
「セラ〜」
ぴたりと抱きつく。
柔らかい湯気の中で、セラフィナの体がびくりと動いた。
「やめてください」
即座に拒否。
「冷たい!」
エステルが不満そうに声を上げる。
「エステル、離れてください」
セラフィナは表情を変えずに続ける。
「湯船で抱きつくのはやめてください。普通に邪魔です」
「ひどい言い方!」
「事実です」
淡々と返され、エステルはむくれる。
「セラフィナのケチ」
ぶつぶつ言いながら、しぶしぶ腕を離した。
湯船の中で三人の肩が少しだけ離れる。
それでも同じ湯に浸かっているだけで、どこか落ち着く空気があった。
外では依頼、戦闘、面倒ごとが続くが、こうして風呂に入っている時間だけは少し違う。
湯気がゆっくり天井へと昇っていく。
エステルが再び湯に沈みながら言った。
「はぁ……やっぱり風呂は最高ね」
セラフィナが小さく微笑む。
「ええ。本当に」
リヴィアも目を閉じたまま、静かに湯に身を預けていた。
湯船の中でしばらく静かな時間が流れていたが、やがてセラフィナがぽつりと言った。
「私、男の人あまり好きではありません」
湯気の中でその言葉が静かに落ちる。
リヴィアが目を閉じたまま小さく頷いた。
「……私も苦手ね」
エステルもすぐに同意する。
「私もよ」
そして三人とも、どこか当然のような空気になる。
リヴィアが腕を組んだまま続けた。
「だから、どんな状況でも男をパーティに入れないようにしてきた」
それが三人の共通認識だった。
セラフィナが穏やかな声で補足する。
「基本的に男女パーティは長続きしません」
指先でお湯を軽く揺らしながら続けた。
「揉めたり、崩壊したり……良い話はほとんど聞きません」
エステルが腕を枕にして湯船の縁にもたれながら言う。
「でしょ。だから最初から入れないのが一番なのよ」
そのときだった。
リヴィアが静かに口を開く。
「エステル」
「なによ」
「……あの男のこと、好きなの?」
一瞬、風呂場の空気が止まった。
次の瞬間、エステルが叫ぶ。
「はぁ!?」
湯が大きく揺れる。
「だいっきらいよ!」
顔を真っ赤にしながら続けた。
「話してても目が合うことほとんどないし! いつも変なところばっか見てる!」
思い出しただけで腹が立つのか、エステルはぶくぶくと湯を揺らす。
セラフィナも静かに頷いた。
「本当に不快ですね」
淡々とした言い方だったが、評価ははっきりしている。
リヴィアは湯の表面を見つめながら、静かに言った。
「……そんな男がパーティに入ったら?」
湯気の中で、三人の間に一瞬だけ重い沈黙が落ちた。
湯船から上がった三人は、洗い場の椅子に座って体を洗い始めていた。湯気の中で水の流れる音が静かに響いている。
エステルはシャワーで髪を軽く流すと、ふと隣に座るリヴィアへ顔を向けた。
「リヴィア、私の体洗って」
「嫌よ」
即答だった。エステルは一瞬きょとんとする。
「即答!?」
リヴィアは振り向きもしない。
「自分で洗いなさい」
完全に取り付く島もない。
エステルはむっとして、今度は反対側に座るセラフィナを見る。
「じゃあセラ」
「嫌です」
こちらも食い気味だった。
エステルはしばらく二人を見比べたあと、ぷいっと顔を背ける。
「……ケチ」
仕方なく自分で体を洗い始める。
手に取ったのは、カナタからもらったボディソープだった。
手のひらに出して泡立てると、すぐにふわふわの泡が広がる。
「ほら見て、この泡」
エステルが楽しそうに腕に塗りながら言う。
だが次第に泡は増えていき、腕だけでなく肩や背中まで白く包まれていく。
セラフィナが横目で見て、小さく言った。
「……使いすぎでは?」
エステルの体はすでに泡でもこもこになっている。
しかし本人は満足そうだった。
「これ本当にすごいのよ」
さらに泡を作りながら続ける。
「香りもいいし、泡もふわふわだし!」
リヴィアがちらりと見て言った。
「そんなに使っていたらなくなるわ」
冷静な指摘だった。
だがエステルはまったく気にしない。
「なくなったら、あいつからまた貰えばいいし!」
当然のように言い切る。
その言葉に、リヴィアとセラフィナは一瞬だけ顔を見合わせた。
そして小さく息を吐く。少しだけ、呆れたように。
体を洗い終えた三人は、もう一度湯船へ戻っていた。湯気の立つ湯に肩まで浸かると、自然と力が抜ける。
しばらく静かな時間が流れたあと、リヴィアがぼそりと呟いた。
「……最悪の事態になったら」
エステルが湯に浮かぶ髪をかき上げながら聞き返す。
「なによ最悪って」
リヴィアは表情を変えないまま続けた。
「私はセラフィナとパーティを組む」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、エステルが湯を跳ねさせた。
「それはひどい!」
勢いよく身を乗り出す。
「ちょっと! 普通そういうときは三人でなんとかしようって言うでしょ!」
リヴィアは淡々としていた。
「現実的な判断よ」
「どこがよ!」
エステルが抗議するが、セラフィナは小さく笑うだけだった。
「まあ、落ち着いてください」
そして静かな声で続ける。
「困ったときは三人でなんとかしましょう」
その言葉にエステルがほっとしたように頷く。
「ほら! セラはちゃんと分かってるじゃない」
しかしセラフィナは少しだけ視線を逸らしながら言った。
「そういう処理は任せましたよ」
エステルが首を傾げる。
「そういう処理って?」
セラフィナは答えず、静かに湯船から立ち上がった。
滴る湯が床へ落ちる。
「先に風呂を上がります」
そのまま歩き出す。
エステルが慌てて声を上げた。
「ちょっとセラフィナ!」
だがセラフィナは振り返らない。
そのまま脱衣所のほうへ消えていった。
残されたのはリヴィアとエステルの二人だけ。
数秒の沈黙。
エステルが湯船の中から叫ぶ。
「逃げるなー!」
その声が、静かな浴場に響いていた。




