第18話 ヒロイン視点編──食事帰りの疲労と“謎の紙袋”、カナタの好感度がジェットコースターで揺れ動く夜
三人が宿の部屋へ戻った瞬間、扉が閉まる音と同時に、どさっと力が抜けた。
「……もう無理。きつい……」
真っ先にエステルが胸元を押さえて座り込む。
「腰が……。動きづらすぎるわ、この服」
リヴィアもストンとベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……苦しいですね。ずっと締め付けられている感じでした」
セラフィナも椅子に手をつきながらゆっくり腰を下ろす。
三人はほぼ同時に、タイトドレスの布を軽く引っ張った。
「絶対わざとよ。絶っっ対!」
「……これの何がいいんだか、理解不能だわ」
「すごく興奮してましたよ。視線が」
だが、不満を口にしつつもドレスを見る手つきだけはどこか慎重で、
エステルがふと布地を指でつまんで小さく目を見開く。
「……ねえ、これ生地やばくない? めっちゃ高いやつじゃん」
「縫製が綺麗。これ、普通の仕立てじゃないわ」
リヴィアは淡々と触りながら言う。
「……確かに。上級貴族の礼装に近い質です」
セラフィナも静かに頷く。
褒める気などなかった三人だったが、
ドレスそのものの質だけはどうしても否定できなかった。
「……はぁ。とにかく、疲れた」
「二度と着たくないけど……疲れたわ」
「ほんとに……疲れました」
三人はほぼ同時にため息をつき、それぞれの席へ深く座り込んだ。
しばらく沈黙が続いたあと、エステルが髪をかき上げながらぼそっと言った。
「……で、あいつ何者なのよ。貴族じゃないって言ってたのに、金だけは腐るほど持ってるし」
「確かに。あの支払いは異常ね」
リヴィアがため息をついて答える。
「正体は不明ですが……少なくとも、只者ではありません」
セラフィナも淡い声で続けた。
「オークのときの魔法、意味わかんなかったからね!」
エステルが身振り手振りで怒りを強調する。
「……詠唱してなかった」
「魔力の出し方も普通じゃなかったです」
「そもそも威力が異常なのよ!」
三人が次々と記憶を引っ張り出してくる。
「あと……アイテム。どこから取り出してるんですかね?」
セラフィナが首をかしげる。
「ほんとよ。ポケットやカバンから物が無限に出てくるし、
……キラッて光ったと思ったら、気づいたら袋が置いてあるのよ。意味わかんないってば!」
「……鑑定もできるらしいね」
「しかも治癒魔法。傷が一瞬で消えるなんて、聞いたことありません」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
そして三人の視線が自然と一致した。
「…………強すぎ」
「……化け物だわ」
「Sランクってあんな感じなんでしょうね」
一拍置いて、三人は同時に疲れた顔をした。
だが次の瞬間、話題はもっと現実的な部分に移る。
「でも性格は最悪だから! 目線、絶対いやらしいもん!」
エステルが即座に怒鳴る。
「……隙があれば見てきてたわね」
リヴィアが淡々と言い捨てる。
「……食事中も、歩いているときも、背中や腰のあたりをじっと見られて……気持ち悪かったです」
セラフィナも静かに同意した。
三人の評価は完璧に一致していた。
――強さは規格外。
――しかし、人間性は最底辺。
「はぁ……関わりたくないわ、本気で」
「二度と会いたくないわ」
「……分かります」
三人は同時に深い溜め息を吐いた。
「……とりあえず、もらった紙袋。開けてみる?」
エステルが半ば投げやりに言い、三人は同時に袋の口を開いた。
中を覗いた瞬間、三人は揃って目を瞬かせた。
「……なにこれ」
「……ずいぶん、整ってるわね」
「すごい……ボトルがいっぱいです」
紙袋の中には、大小さまざまなボトルがきれいに並び、
一つ一つに紙片が貼られている。
そこには――
『化粧水』
『乳液』
『美容液』
『シャンプー』
『コンディショナー』
など、見慣れない名前と使い方が丁寧に書かれていた。
「化粧水? 乳液? 何よこれ……」
エステルは最初は眉をひそめていたが、説明文を読み進めた瞬間、声のトーンが変わる。
「……え、ちょっと待って。肌がしっとり? 保湿? なにそれ、めっちゃ良さそうなんだけど!」
「この成分……草木の抽出液が中心みたいですね。肌に優しいみたいです」
セラフィナは別の紙片を読みながら、ほうっと目を輝かせた。
「使い方まで書いてあります。すごい丁寧ですね……」
「これは……実用的ね。汗で汚れた髪に使うのは便利だわ。匂いも良さそうだし」
リヴィアは香りを確認し、小さく頷いた。
「……冒険者にはありがたい品だわ」
三人はしばらく黙ってボトル類を確認したあと、同じタイミングで息を吐いた。
「……なんか、悔しいけど」
エステルがぽつりと言う。
「……こういうところのセンスは、悪くないわね」
リヴィアが淡々と認める。
「……すごく役立ちそうですね。侮ってました」
セラフィナも素直に言葉を漏らした。
さっきまで“最悪の男”扱いだったカナタの印象が、ほんの少しだけ揺らぐ瞬間だった。
ある程度ボトル類を確認し終えたころ、
エステルが袋の底に手を入れ、ふと何か柔らかい布に触れた。
「……ん? まだ何か入って――」
取り出した瞬間、三人の動きが固まった。
「「「……は?」」」
手のひらに乗っているのは――どう見ても下着。
「きっも!!」
エステルが真っ先に叫ぶ。
「最低だわ……どの口でこんなもの入れてくるのかしら」
リヴィアは眉ひとつ動かさずに毒を吐く。
「……好感度が上がったり下がったり忙しい人ですね」
セラフィナは明らかに呆れた顔になり、ため息がこぼれそうなほどの勢いで視線をそらした。
タグを見ると
──calvin klein──
と書かれているが、三人とも意味は分からない。
同封された小さな紙に目を通すと、
『運動時に向いている下着です』
と書かれていた。
「……運動? いやいやいや、誰がこれつけて走るのよ!!」
エステルが真っ赤になりながら怒る。
「…………」
リヴィアは完全に無言。
だが、その無言が逆に重い。
「……一応実用的なものを渡してくるところが、余計むかつきますね」
セラフィナは冷えた目でそれを見下ろしながら、小さく不満を噛みしめていた。
だが混乱はここで終わらなかった。
「……まだ何かあるわね」
リヴィアが袋の底を覗く。
そこには――
どう見ても一般女性用の高級下着セットが整然と並んでいた。
そしてその下に、カナタの直筆メモ。
『これは普通の高級下着。よかったらどうぞ』
三人はそろって、声にならない吐息を漏らした。
「む、無理!!」
「……最低ね」
「……バカなんでしょうか?」
震えるほど引いて、三人は袋をそっと閉じた。
あまりの精神的ダメージに、部屋の空気が一気にぐったり重くなる。
「……今日は本当に疲れたわ」
リヴィアがぽつりと漏らした瞬間、張り詰めていた気力が切れたように、
エステルはそのままソファへ倒れ込んだ。
「同感よ……もう無理。体が重い……」
「……わたしもです。なんだかぐったりします」
三人の視線は自然と、机の上に並べたボトル類へ移る。
下着は見なかったことにして、そのまま袋へ押し戻されていた。
「……これ、使ってみたいかも」
エステルがシャンプーの瓶を指先で転がす。
「お風呂で試してみればいいわね」
リヴィアが静かに立ち上がる。
「……とりあえず、風呂入りますか」
セラフィナも瓶を抱えてふらりと立ち上がった。
そして――三人はほぼ同時に、同じ疑問を口にした。
「……あいつ、何者なの?」
「分からないわね……」
「知らなくて良いんじゃないですか? もう会うこともないですし」
その言葉だけが部屋に残り、
疲労と戸惑いを抱えたまま、三人はゆっくりと風呂場へ向かっていった。




