処刑
◆
王と王妃は、黒髪の美女に護衛され安全な場所に着いた。その頃には王城内も落ち着きを取り戻し始めていた。
「アレクは無事かしら?」
王妃が心配そうに訊いた。
「大丈夫だ。侯爵令嬢が脱出させた。確かめるか?」
美女が小さめのスクリーンを出す。そこには壁にもたれて仲良く話す2人が映っていた。
「まあ」
「もう少し放っておくか」
「そうね」
王妃と黒髪の美女が、王太子の恋路を見守る。王は苦笑した。そこへ伝令が駆け込んでくる。
「騎士団長より伝令です!側妃殿下を謀反の疑いにて捕縛いたしました!」
やはり、という苦い思いが広がる。王は側妃の不満を知っていた。知っていながら放置していた。いつか諦めると思っていたからだ。おそらくピアーデと通じている。襲撃と誘拐、今回の刺客。手引きをしたのは側妃だろう。
王は側妃と第2王子の投獄を命じた。
◆
王城には貴人用の牢獄がある。一般の牢の何倍も広くて清潔な部屋だ。そこに1人の少年がいた。
第2王子・ジュリアス。王太子と良く似た容貌の14歳だ。母である側妃の謀反に連座し、投獄された。
「…以上の罪により、側妃は処刑。第2王子は毒杯を賜る」
処刑人が明朝の執行を予告して帰っていった。今は夜半。王子の命はあと数時間となった。テーブルの上には最後の晩餐が手も付けられず冷えている。
とうとう母が捕まった。何度も兄王子の暗殺に失敗していた。息子を王位につけるため、母は鬼になってしまった。それも明日で終わる。大叔父である大臣が失脚した時から分かっていた。自分の存在意義が失われたことを。
(一度で良いから、外に出たかった…)
王城の外を見たことが無かった。友達もいない。母の呪縛は重かったが、唯一愛してくれた人だ。会えなくなるのは寂しい。
ぼんやりと物思いに耽っていると、床の影からずるりと人が現れた。長い黒髪、すらりとした身体。美しい顔に見覚えがある。園遊会で見た美貌の男性だ。たしか兄王子の弓術師範だとか。侍女たちが騒いでいた。
死を前にして、幻を見ているのかもしれない。無言で黒い瞳と目を合わせる。
「生きたいか?」
(ほらやっぱり幻だ。深層心理ってやつ。僕は死にたくないんだ)
美貌の男の問いに、王子は頷いた。
「名も姿も変え、身分も捨てねばならぬ。それでも生きたいか」
死の天使は確認する。全部要らない。だから生きたい。そう言うと、天使は消えた。
(消えちゃった…。でも最後に綺麗な幻が見れたな)
満足して王子は眠った。
翌朝。毒杯を賜り、第2王子は14年の生涯を閉じた。遺体は謀反人の一族として、囚人の墓地に葬られた。
◇
皇子は友である王太子によく似た少年に憐れみを感じた。第3皇子であった己と重ねていたかもしれない。皇太子とその他の皇子の差は大きい。それでいながら帝位を狙っていると常に警戒される。生きるために、宮廷の権謀術数を勝ち抜かねばならない。
牢で意思を確認すると、生きたいと少年は言った。皇子は初めて死者にスキルを使うことにした。
夜に墓地から王子の遺体を盗む。死んでからまだ24時間経っていない。老師に頼んで、ひそかに屋敷に運び込んだ。
「…確かに死んでいる。医師も確認したな。解剖の跡がある」
老師が王子の遺体を調べる。毒は内臓を壊死させていた。ひどい苦しみだったはずだ。
毒を消し、内臓と切開跡を治す。そして生き返らせる。
「“復活”」
“再生”の最上位スキルをかける。みるみる傷が消え、肌の色が蘇る。止まっていた心臓が動き出した。
「成功じゃ!」
興奮した老師が叫ぶ。皇子は更にスキル“改変”をかけた。再生に変更を加えるのだ。
美しい金髪は、皇子と同じく黒髪に変じた。今は見えない瞳も変える。
「あとは意識が正常なら良いのだが」
少年が身じろぎした。閉じていた目が開く。漆黒の瞳が見えた。
「気分はどうだ?」
声をかけると、驚いたように飛び起きた。そして意味不明なことを言う。
「天使様?」
「意識の混濁がみられるな。この指が見えるか?何本だ?」
皇子は人差し指を少年に見せた。ゆっくりと左右に動かすと、ちゃんと目で追う。
「1本」
視覚・聴覚に異常はない。老師が記録を取る。解剖台から下ろし、立たせる。幾つかの動きを指示すると素直に言うことを聞いた。四肢に問題もない。
「名と身分を覚えているか?」
肝心の記憶を確かめる。部屋の鏡で己の姿をまじまじと見ていた少年はびくりとした。
「ジュリアス。王子だったけど、今は違う。新しい名前をください。天子様」
なぜか皇子を天使だと思っている。
「俺は天使ではない。名は…どうするかな」
ミナミに相談しようかと考えたが、彼女の名付けは酷いことを思いだして止めた。名前はおいおい決めるとして、皇子は少年を連れて国境に戻った。
◇
砦に戻るとすでに朝だった。第2王子の処刑から一昼夜が経つ。ピアーデ王都への出発準備をしていた仲間に少年を紹介した。
「え?出発を1日遅らせたと思ったら、そんなことしてたの?」
ミナミは呆れたように言った。だが元から情に厚い娘なので、処刑された第2王子だと言うと、すんなり受け入れてくれた。リコリスもヒナも弟にすると言って取り合っている。
「名前なのだが…皆で考えてやってくれ」
黒髪黒目なのでクロが良いと主張するミナミを説得して、ノアール(黒)のノアと名付ける。
「今日からお前はノアだ」
少年は嬉しそうに笑った。ノアを加えた皇子一行は、ようやくピアーデ王都へと出発した。




