謀反
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国境での騒乱があったその夜、イザベラは後宮に詰めていた。老師からそのように頼まれていた。
夜更けにまだ早いが、王女はすでに休んでいる。
(何か起こるなら今夜…)
極度の緊張の中、微かな気配に気づいた。
「敵襲!」
護衛騎士の叫びと呼子の音が響く。イザベラは王女の寝所の周囲に防壁を張った。剣戟と足音が近づいてくる。ついに、刺客の一団が現れた。
「通しません」
イザベラの土魔法が敵の足を床に固定する。そして闇魔法で武器を腐食させた。そこへ護衛騎士たちと男爵令嬢が駆けつけてきた。刺客は捕縛される。
「ご無事ですか?イザベラ様」
「ええ。サシャ様。防壁を代わっていただけますか?王太子殿下が心配です」
男爵令嬢に王女の守りを任せ、影に潜ると、イザベラは王太子宮へ向かった。刺客が少なすぎる。真の狙いは王と王太子だろう。師が予想した通りだ。
王太子宮は戦闘の真っただ中だった。魔法騎士が善戦している。王太子は脱出したようだ。
この半年で王城の警護は大幅に改善されている。以前の襲撃の時とは違う。魔法には魔法で抗せるようになったのだ。
(殿下はどこかしら?)
イザベラは王太子の気配を探した。王族の脱出路の中にいるようだった。だが近づくと、護衛騎士たちが戦う音が聞こえる。
「殿下!お戻りください!待ち伏せされました!」
(おかしいわ。王族しか知らない路のはず)
イザベラは狭い脱出路の真下に移動した。王太子自身も剣を振るっているのが見える。乱戦で防壁は出せない。迷っているうちに、王太子の剣が折れた。刺客の刃が迫る。
「殿下!」
とっさに王太子を影に引きずり込む。刺客からは消えたように見えただろう。
「イザベラ?!」
王太子が驚いて身体を強張らせた。知らぬ者にとって影の闇は怖い。彼女は彼を抱きしめた。
「大丈夫です。しっかりとおつかまりください…護衛の皆さま。殿下は私が出口にお連れします」
「承知しました!お願いいたします!」
護衛に一声かけ、イザベラは影に潜った。影渡りは水中を泳ぐのに似ている。自分より大きなものを運ぶには力を使う。懸命に進み、ついに脱出路の出口にある部屋に着いた。そこは無人だった。
国境から姫を連れてくるよりは楽だった。だがやはり成人は重い。王太子共々床に倒れこんだ。
「イザベラ、大丈夫?」
耳元で彼の声がして、はっと顔を上げる。覗き込む碧い瞳と目が合った。
「し…失礼しました」
慌てて離れる。
「ありがとう。命拾いしたよ」
「いえ。ご無事でようございました」
護衛がいないので防壁を張り、そこに立てこもる。本当に2人きりだ。気まずい。王太子の想いは何となく知っている。はっきりと告げられてはいないが。イザベラは適度に距離を取った。
「王族の脱出路が漏れていましたね」
話題を変える。王太子はため息をついた。
「これで分かってしまったよ。側妃の謀反だって」
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王と王妃も脱出路の半ばで刺客に囲まれていた。王妃は老師より防壁の魔道具を献上されていた。今はそれで防げているが、自分の魔力が尽きたらお終いの状況だった。
狭い脱出路に刺客が満ちる。護衛騎士たちに疲れが見え始めた時、一瞬目の前が真っ暗になった。灯りが消え、脱出路が真の闇に包まれる。敵味方双方で混乱が起こった。だがすぐに灯りが付き、見えるようになると、ひしめいていた刺客は一人残らず消えていた。
足元の影から、以前見た黒髪黒目の美しい女が現れた。王は笑って話しかける。
「遅いぞ。モーリー」
「俺も忙しいのだ。これくらい何とかしろ」
女の口から男言葉が出る。違和感があるが、中身はあの美貌の魔法士らしい。彼が刺客を片づけたようだ。王妃は足から力が抜けてよろめいた。すかさず美女が支える。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとう。モーリー」
見れば見るほど人間のようだ。これが土人形とは。美女は傷ついた護衛騎士たちに回復魔法をかけた。そのまま出口に向かう。
「教官殿。申し訳ありません…」
助けられた浅黒い肌の魔法騎士は項垂れた。
「狭い場所での想定も必要だったな。訓練しておけ」
美女は騎士の頭を優しく叩いた。他の騎士はそれを羨ましそうに見ていた。王は忍び笑いを漏らす。
「あまり色気を振り撒くな。…ピアーデはどうなった?」
「黒だ。襲撃も誘拐も王命だったと、宮廷魔法士団長が吐いた」
歩きながら王と美女は話し合う。王妃は不思議に思い、訊いた。
「ねえ、モーリー。もしかして、アレクを叱咤するために出て行ったの?」
黒い瞳が揺れた。暫しの沈黙の後、美女は答えた。
「そうかもしれん。太子には頼るだけの王になってほしくない。今は共にあるべきではない」
「…息子の為を想ってくれたのね。義娘も救っていただいたわ。何とお礼を言ったらいいのか」
立ち止まり、深々と王族の礼を取る王妃。
「それが人の縁だ。気にするな」
美女は神々しいまでに美しい微笑を浮かべた。その時、王妃は天啓を受けた。彼は人ではない。己の息子と義娘は、神の寵愛を得たのだと。




