理屈の通らない日常話
未弥のヤンデレ加減とお馬鹿さが足りなかったかなと思ったので付け足し。
俺は絶句していた。
この異様さが伝わらない可能性があるので、一応自己紹介をしておこう。
俺は柴原。下の名前で呼ばれることなどほとんどないので柴原とだけ覚えてくれればいい。
名前などより余程印象的な俺のアイデンティティと言えば、このよく回る口である。
俺の趣味は人を口で言い負かして楽しむことだ。最近は、俺につきまとってくる地味な美少女―――いや、今は正真正銘の美少女が、告白をしてくるのを言葉の刃で切り捨てるのが一番の楽しみである。
人に引かれることはあっても、好かれることはないクズの俺を追い回す頭のおかしい女、坂本未弥。しかし彼女の頭のおかしさは単に俺に好意を寄せるというだけに留まらない。
その全容を示すのは後に回すとして、ここまで説明すればこの状況の異様さが分かるだろう。
自他共に認める口から先に生まれたような男である俺が、今、絶句しているのだった。
憩いの場と聞いて、人はどこを思い浮かべるだろう。喫茶店、休憩スペース、公園……温泉と答える人もいるかもしれない。
俺の場合は、まず間違いなく家と答えるだろう。
家族が鬱陶しいこともあるが、幸い家族仲は良い方だ。それに、両親は共働きで、姉は既に独り立ちしている。
必然、学校から帰って来た後の我が家は俺の城と化す。俺は慣れ親しんだ静かな世界の中、酷使した喉を休め、思う存分ドラゴンを狩れるというわけだ。
しかし今日はどうやら様子が違った。
我が城の本拠地である俺の部屋に、異物が混入している。
文字通り、なんか混じっている。
台風が過ぎた後のような汚い部屋の中。黒い塊が、クローゼットの中身の中に混じり、微妙にもぞもぞと動いている。
俺の漫画やゲーム、教科書類もその上に散らばっており、一見すると服のかたまりにしか見えないが。
俺は黙ってそれを掴んで引っぺがした。
案の定、それの正体は坂本未弥だった。
俺の中学時代の学生服だったらしい、黒い服を頭からすっぽり被っていた未弥は、やっと息苦しさが消えて安心したのか、寝返りをやめてすうすうと穏やかな寝息をたて始めた。その目尻には、涙の跡らしきものが見える。
「……なんだこれ……」
やっとのことで俺が発した言葉は、珍しくもたった5音だった。
そもそも、俺の部屋は普段これほど汚くない。特段綺麗好きというわけでもないが、たまに帰って来る姉に無断で掃除されることがあるので、出来るだけ物は片づけるようにしている。
しかも、俺は今のところ単なるクラスメイトである未弥を招待したつもりもない。勿論、俺の学生服を毛布として提供した過去も無かった。
となれば、俺が次にとる行動は決まっていた。
やや湿っている目の縁で揺れる長いまつ毛。柔らかそうな頬を緩ませ、妙に幸せそうな顔で眠る未弥の鼻を……思い切りつまむ。
一ミリの隙も作らない。
数秒後、「ぷふっ」という間抜けな音と共に、彼女は目を覚ました。
「……ふへ……しばはらくん……し、柴原くん!?」
「どうも、不法侵入の国の眠り姫様。人んち荒らしてぐーすか眠りこけるのはお国柄ですかね?」
「い、いいいえこ、これはその……っ」
どうやら犯罪の自覚はあるらしい。未弥は声を震わせて俺から目を逸らす。
「言っておくけど、俺が今警察も呼ばずに馬鹿正直にあんたを起こしてやったのは大温情だから。最も、警察の事情聴取とか面倒だし俺の家族に迷惑もかかると思ってのことであんたのためってわけじゃないからそこは勘違いして欲しくないけど、それでも立件されないだけあんたにとってはありがたいことなんだから、俺に感謝くらいはして欲しいね」
「え……とその……ありがとう、ございます……」
「あーあ、そこであっさり感謝するんだ。ちゃんと頭ついてる?なんでも俺の言うこと取り敢えず鵜呑みにしておけばいいって思ってんじゃないの。あんたにまず必要なのは正常な思考と倫理観だけど、次に必要なのは主体性だな。自分の頭で考えて発言しろよ。俺にまずあんたが言うべきことは何?」
「う……え……その……」
未弥が涙目になってきた。見た目はどちらかと言えば陽キャ女子高生という感じに仕上がっているのに、この表情は相変わらずだ。おそらく起き抜けというのもあるだろうが、この女は基本的に猪突猛進型なので、深く考えることがあまり得意ではないのだ。率直に言ってしまえば馬鹿なのだが、流石に可哀想なので明言は避けておこう。
どこかから高幡の「お前それ避けてないだろ」という声が聞こえた気がしたが、俺のプライベートな思考に無粋なツッコミは控えて欲しい。
「あんた犯罪者。俺被害者。犯罪者が被害者に言うべきことは?」
未弥はうろうろと視線を動かして、しばらく考えてから、言った。
「……こ、この部屋の命がおしくば、金を出せ!!」
「馬鹿か」
なんだそのテンプレ悪役台詞は。部屋の命ってなんだ。いや、俺の犯罪者って言い回しが悪かったのか?確かに犯罪者が被害者に言いそうなことだけど。
俺は深く息を吐いて、彼女を半目で睨む。
「あ・や・ま・れ」
「!!ご、ごめんなさいぃ……っ!!」
「―――で?」
俺はコーヒー牛乳を飲みながら、まだ小さく震えたまま部屋を片づける彼女に話を振る。
「な、なんですか……?」
俺の靴下をこっそりくすねようとしていた彼女は、ビクっと震えて俺を見た。おい。学ばないなこの女。
「なんで俺の家にいる?というか、どうやって入った。どうして俺の部屋をめちゃくちゃにして、俺の学生服被って熟睡してたんだ。しかもなんか泣いてたみたいだし」
矢継ぎ早に質問を重ねると、彼女は俺の質問の矢がぐさぐさと刺さるごとにどんどん赤くなり、小さくなっていった。
いや、小さくなるのは分かるが、何故そこで赤くなる?
「……柴原くんが、私を見てくれないから……」
俺のせいかよ。と思ったが、俺が喋り始めると話が進まなくなるのでひとまず黙っておく。
「だから、寂しくて……柴原くんの隣にずっといたいしずっと見てたいしその声もずっと聴いてたいのにその権利をもらえないから、だから仕方なく、柴原くんの隣にいなくても柴原くんのことが全部分かるようにしようと思って」
話が冗長かつ纏まっていないが、雲行きが怪しいことだけは分かる。
「……えへ、私、用意しておいたの。うふふふっ、柴原くんのことがぜーんぶ分かるすごい機械だよ。これがあれば私はどんな柴原くんも全部見れるし、柴原くんが沢山話す声もあくびの音も寝息も咀嚼音も全部全部聴き放題だし、回収するときには柴原くんのものをついでにちょっと借りちゃったりもできるしぃ……うふっ、うふふふっ私、すっごく良い考えだと思って……えへっ、えへへっ」
ドン引きだった。つまりはカメラや盗聴器を仕掛けようとしたらしい。こいつ、頭のおかしさが日に日に悪化してないか。おかしいな。こいつを矯正させようと、俺が毎日懇切丁寧にそのおかしい考えを論破してやってると言うのに。
そういえば先日、菅笠が「……俺、最近未弥ちゃんのヤンデレってお前が容赦なく論破してるせいでなってんじゃないかって思い始めたんだけど」と言っていたが、まさかそんなことはないだろう。
「だから、タカハタに聞いて柴原くんのおうちにちょっとだけお邪魔して機械を置いて帰ろうと思ったの。あ、安心してね!控えめな見た目のにしたから、柴原くんのお部屋の雰囲気は壊さないと思うよ!可愛いピンクのもあったんだけど、柴原くん灰色の方が好きだし、えへっ柴原くんの趣味に合わせたの買ったの。それで、ピッキングで玄関のカギを開けて部屋に入ったんだけど……」
おい高幡。
他にも色々と問題もツッコミ所も満載な発言だったが、それは後でまとめて言うことにしよう。
気になるのはここからだ。そのまま帰ったはずの彼女が何故荒れた部屋で眠っていたのか。ことと次第によっては再起不能なまでに言葉で叩きのめそう。
彼女はすっかり光の消えた目を輝かせて―――奇妙な表現だが、こう言い表すほかない目をしている―――話していたが、その言葉の勢いが段々弱まってくる。
「……その、柴原くんの部屋を見たら、興奮が止まらなくなって……だって、部屋中柴原くんの匂いでいっぱいで、柴原くんが使ったものだらけなんだよ?ぜんぶ残らず真空パックに入れて持って帰って飾りたいくらいだったけど、なんとか耐えて、ちょっとだけ引き出しとかタンスとかクローゼットの中を見るだけにしたの……そしたら……」
未弥はそこまで言うと、顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。
「そしたらその、ものがしまえなくなって……しまおうとするほど、どんどん散らかっちゃって……服が絡まって、動けなくなっちゃって。私、怖くてパニックで泣きそうになっちゃったの……そしたら近くに柴原くんの学ランがあったから、その匂い嗅いでたら安心して眠っちゃってたみたいで……」
「お馬鹿か」
未弥は相当恥ずかしいのか、体を丸めてうずくまったまま動かなくなってしまった。お前の羞恥心どうなってんだ。今まで全校生徒の前で相当なこと叫んでたくせに。とは思ったが、まあそんな片づけられなくて混乱して泣き疲れて眠るなんて幼稚園児みたいなことをすれば、恥ずかしくて当然なのかもしれない。
あんまりすぎる事の次第に、考えていた暴言をぶつける気分ではなくなってしまった。なんなんだろうこの虚脱感。
俺から二度も……いや、初対面から今までの分を数えればもっとだが、言葉を奪うとはなかなかやるなこいつ。
俺は、コーヒー牛乳を机に置いて立ち上がると、うずくまる未弥の横にかがんだ。恥ずかしがって悶えながらもちゃっかり抱え込んで嗅いでいた俺のシャツを彼女から引っぺがしつつ思案する。
「あ、ぁあー……」
ものすごく悲しそうな顔で眉を下げ、切ない視線を俺のシャツに向けられたが、まるっと無視して手早く畳む。
「一つ提案がある」
きょとん、とその涙の溜まった目を瞬かせて、彼女は俺を見た。
肉を切らせて骨を断つ。いや、ちょっと違うか。ともかく、背に腹は変えられない。
―――
『グギャァアアアアアア』
「ふ……えへへ……へへへ……」
『ガァアアアァア』
「あは……すー……はー……」
『キィン!ザシュッ』
「……えへ……うふふ……ふふ……」
俺の部屋の中には、咆哮と不気味な笑い声が満ちていた。
よし、生肉を得た。焼くか。
正直、この時間が一番楽しみだったりする。なんとなく動物たちが暮らす村のゲームをやっている時と同じ気分になり、和む。和んでいるとよく焦げるけど。
焼き加減を褒められながらちらりと時計に目をやる。
「……もしもし、そこの変態娘さん」
「ふへ……へっ!?し、しし柴原くん!な、なんですか!?」
なんでこいつ驚いてるんだ。まさか、散々俺の背中に張り付いて匂いを嗅いでおいて、俺本体の存在を忘れていたとか言わないよな。
「もうすぐ時間ですが。満足致しましたかね」
「え……っ」
心底衝撃を受けたような顔をされた。
いや、そんな顔されても。
「……時間までは俺の部屋を物色しようが匂い嗅ごうが好きにしていいから、代わりに二度と不法侵入すんなっつったよな。で、お前は頷いた。本来なら即刻警察沙汰になるのを許してやった心の広い俺が、その上更に時間までやったのに、まさか足りないとか、そんな贅沢言うわけないよな?俺との大切な約束を破るような、そんな卑劣な奴じゃないよな?」
「……う……はい……」
未弥は渋々、本当に名残惜しそうに俺から離れた。
つくづく奇特な奴だ。まさか時間いっぱい嗅がれるとは思わなかった。何がそんなに楽しいんだ。 犬かこいつは。
まあでも、ゲームの邪魔をしない程度に気遣って時々控えめに体を移動させていたりしたのは、正直少しいじらしく思ってしまった。遠慮するところが違うとは思うが。
……どうだろうな。まぁ、良いのかな。また勝手に部屋を荒らされても嫌だし。
「……なぁ、お前さ、隣にいる権利が欲しいって言ってたけど」
「……はい……でも……しょうがないです。ごめんなさい……」
「いや、何も言う前から謝るなよ。謝れば良いとでも思ってんの?……っと、こほん。違う、そういうことを言いたいわけじゃなく……」
つい隙を見つけると責めてしまう。今まであまり気にしてなかったが、こういう時には話が逸れて困るし、直した方がいいのかもしれない。
俺は改めて未弥を見た。
「あのさ、お前散々監禁させてくれとか他の女見るなとか言ってきたけど。なんでそういうことは俺に言わないの?」
「……そういうこと?」
「だから、隣にいたいなら隣にいたいとか、部屋に来たいなら部屋に来たいって言えばいいじゃん。言う前から諦める癖、抜けてないよな。こないだの挨拶の時から成長したんじゃないの?」
「…………でも、言ったって叶わない……」
俯く未弥を見下ろし、俺はため息をついた。
「そりゃ俺にだって意思があるから、必ずしも叶えてやれるわけじゃない。隣にいられるのがウザい時もあるし、部屋に来られたら嫌だと思う時もある。でも、それで勝手に一人で追い詰められてなんも言われず家に押入られる方がよっぽど迷惑だ」
「……」
未弥はしゅんと項垂れた。
「だから、今度から来たいときは初めから俺に頼め。必ずしも受け入れるわけじゃないけど、必ずしも拒否するわけでもないんだから」
未弥がパッと顔を上げた。
頬が紅潮し、その口角が上がり、まん丸の黒い目の瞳孔が、みるみる開いていく。
……いや待て。瞳孔おかしいだろ。
「……そ、それって、わ、私、またここに来ていいんですか……!?」
なんだろう。あまり頷きたくない。この表情、やばい気がする。
だが、自分で言った手前今更撤回するわけにもいかず、俺は仕方なく頷いた。
「……不法侵入しなきゃな」
「ふっ……あはははははは!」
未弥は突然立ち上がって、大笑いし始めた。
俺が呆然と見上げる中、彼女の独擅場が始まる。
「あーもうだめ。もうむり。だめだよゆうくんもうだめ!ほんっと好き!いつもすっごくいじわるなくせにそういうとこであまやかすから。だから好きになっちゃうんだよ?いやでしょ?わたしに好かれるのいやなんだよね?なのになんでそんなことするかなぁ、ばかなのかな。わたしにいつもばかっていうけどほんとはゆうくんのほうがばかだよねだからこんなわたしに好かれちゃうんだよほんと好きすきすきすき監禁したい暴言も悪口も説教も正論も屁理屈も優しい言葉も全部わたしだけに言って?ねぇ言ってよあはははは!」
「うわー……」
未弥の頭のネジが吹っ飛んだ。
というか、あの程度で甘やかすとか優しい言葉だとか、こいつ、なんというか可哀想なやつだよな。
本当、高幡とかにすれば幸せだろうに。
呆れ半分いじらしさ半分で、複雑な心境になる。
前まではただただドン引きだったが、俺も大概彼女に毒されているらしい。
今日は未弥の方がお喋りだ。すっかり俺のお株を取られている。たまにはそんな日もいいか、なんて、自分がそんな風に考えられるとは思わなかった。未弥のせいで、俺も少しは変わっているのだろうか。
ともあれ、彼女をそろそろ落ち着かせるか。
菅笠の言葉が正しいとするなら、未弥がこうなった原因には、少しは俺の減らず口も関わっているようだし。
「未弥」
「へ?」
未弥の狂気染みた言葉の濁流が止まった。
そういえば、面と向かって名前を呼ぶのは初めてだっただろうか。
「別に俺、お前に好かれるの嫌じゃないけど。会話するのも楽しいし」
未弥はきょとん、と目を瞬かせて。
くしゃり、と顔を歪ませた。
張り詰めた何かが決壊したような、どこかほっとしたような顔だった。
未弥はそれからずっと泣いて、それから少しすっきりした様子で帰って行った。
……何かあったんだろうな。
いくらなんでも、今日の彼女はおかし過ぎた。最近出来始めた友達と喧嘩したとか、あまりうまくいっていない様子の家族に何か言われたとか、そのあたりだろうか。
ま、俺には関係ないけど。
未弥の頬の涙の跡を思い出しながら、俺はゲームの電源を切った。
そういえば、下の名前でほとんど呼ばれることがないと前述したが、つい先程呼ばれてしまった。もしかすると、俺が頭の中で勝手に未弥と呼んでいることと同じように、彼女もずっとそう呼んでいたのかもしれない。
改めて、俺は柴原優介。「優しくたすける」と書いて「ゆうすけ」である。
似合わないとか言うな。
続きそうな感じですが、続きません。多分。




