開戦前夜5
剣術はベルの若手で随一、数年もすれば並ぶものもいない、と噂されている。
ミサ自身もそう思っているが、それは過小評価だと思っている。
『いまだって誰にも遅れはとらない。誰が私を倒せるものか』
口には出さないが、自信はある。筋力さえあればすべての面で男に勝てるのだが、ただ無駄に膨らました筋肉は嫌悪の対象だった。だから体は実用的に鍛えている。
『最も美しい女性でありながら最も強い騎士』
冗談に聞こえるかもしれないが、本気で目指していた。どうせなら目標は大きい方がいい。
美しいものが好きだ。男勝りで武器や防具、軍馬にしか興味がない女騎士様とよく陰口を言われるが、それ以上に美しいものが好きなのだ。
宝石には興味がない。そんなものをつけたところで、美しくはなれない。純粋な美しさは装飾品などで、補完されるわけがない。
武具もそうだ。良い武器を持てば強くなれる訳ではなく、あくまで持ち主の技量による。いたって簡潔なことだ。
簡潔でありながら美しいもの、それは花だ。自らを自らで飾り付け、最高に輝く。
武具ばかりと噂されるミサの部屋には、普段差してあるサーベルくらいしか、置いていない。
たくさんの花があるだけだ。
だが、そんな花のなかでも好き嫌いがある。
百合が好きで薔薇が嫌いだ。
「失礼します」
扉を開けると美しい姫様が美しいメイドの姉をベッドに押し倒し、指を絡ませていた。
急に扉を開けたミサが口を開けたまま固まっている。何か言いたそうに唇は動こうとするが、声になっていなかった。
「何?」
怪訝そうにアリサは聞く。そう問われてようやくミサは声を発した
「どうしてこのように百合百合しく、百合美しいことになったのですか!」
「言ってる意味がよくわからないし、よくわかりたくもないわね。それに声が大きいわよ」
衣服を直しながらアリサはベッドに腰掛け直す。
「ミア、紅茶を」
横からスッとすり抜けてミアは備え付けの暖炉から、お湯を取りに行った。
「ちょうどいいわ、ミサ。あなたに話があったの」
「もちろんです。いつからこちらの世界に興味をお持ちになったのですか? 私ならいつでも」
すぐにでも飛び付いてきそうなミサの迫力にたじろぎながらも、アリサは言葉を続けた。
「こちらもあちらも興味がないわ。あなたたち姉妹は似てないようで、話を聞かないところは本当によく似てるわね。ちょっと力を貸してほしいの」
ミサはがっくりと肩を落とした。
3人はテーブルにつき、紅茶を飲んでいた。アリサは一通りフィンの話を伝えて、街の様子を見たいことと、そのために城を抜け出したいことも、はっきりと伝えた。
「少し難しいかもしれませんね」
後ろにくくった髪を弄りながら、ミアは答えた。
「外に出たいと直談判されたのは、失敗です。私は先程ロキ様に呼ばれて、アリサ様のご様子を問われました。なぜ今さらと思い、帰りに寄らせていただいたところです。すでに警護の兵も、監視を強めているでしょう」
アリサの顔が曇る。まったく許しを得ないまま出ていくことに、どこかで遠慮してしまったのだろう。
「先に私たちにお話し下されば、だいぶ違っていたのですが。アリサ様、焦りましたか?」
じっとミサに目を見つめられ、アリサは下を向く。
「ごめんなさい」
「誰にも話さず、そのまま勝手に出ていこうとしなかっただけマシです。それにまったく手がないという訳ではありません」
落ち込むアリサに、ミサはニヤリと笑って見せた。