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偽りの出会い


 キャロラインは、激怒する継母を前にして唾を飲み込んだ。

「今なんと言ったのかしら」

「申し訳ありません。今週のソーシャル・レディーを手に入れることができませんでした」

「私の聞き間違えではなかったら、昨日、あなたは今日手に入ると言ったはずだわ」

「ええ。本当に今日手に入る予定だったんです。でも、色々あって」

 キャロラインは、唇を噛んだ。何もかもあの無礼な男が雑誌を返さなかったせいだ。

「あなたの言い訳は聞き飽きたわ。ろくに仕事もできず、言い訳ばかり。父親が甘やかしたせいね。ああ。この絵がいけないんだわ、きっと」

 ブリジットは、食堂に飾られたキャロラインの父親の肖像画を見上げた。

 ナトリー伯爵は、いつものように青い双眸で優しくキャロラインを見下ろしていた。

 継母が何か恐ろしいことを考えているのをキャロラインは察した。

 「いや、やめて」

 悲痛の声を聞きつけてブリジットが意地悪く微笑んだ。

「この絵は処分しましょう。父親に甘やかされてもあなたの為にならないわ」

「お願いします、お義母様。それだけはやめてください」

 泣いて懇願したが、キャロラインの望みが聞き入れられることはなかった。ナトリー伯爵の肖像画は無惨にも暖炉の火で焼き捨てられてしまった。

 翌日、ブリジットとパトリシアはお茶会に出掛けたので、継母と顔を合わせたくなかったキャロラインは内心ほっとした。

 誰もいない家で靴磨きをしていると、郵便配達のジョンが手紙を持ってきた。

「キャロライン、意地悪姉さんが呼んでるよ」

「パトリシアは、ミセス・ベイツのお茶会に行ったはずだけど」

 手紙の差し出し人はたしかにパトリシアだった。ミミズがのたくったような文字を解読したところ、大至急お気に入りの緑の帽子を持って来いと書いてある。新しい帽子を被っていったのにどういうわけだろう。

 キャロラインは言いつけ通りミセス・ベイツの屋敷に急いだ。

 ミセス・ベイツの屋敷は、10番街でも特に一等地の城側にある。キャロラインは、直接ミセス・ベイツと言葉を交わしたことはなかったが、時折貧しい人々を訪問する姿を見掛けたり、口伝えで人柄の評判を聞いて、好感を持っていた。ミセス・ベイツのような女性が母親だったら、さぞかし幸せだろう。

 ミセス・ベイツの屋敷の呼び鈴を鳴らすと、使用人が出てきて、キャロラインを屋敷の中に案内した。ナトリーの名を告げたせいか、お茶会の招待客と勘違いされてしまったようだ。

 キャロラインは、ミセス・ベイツに興味を持っていたから、パトリシアに帽子を届ける前に少しだけ屋敷の中を見せてもらうことにした。

 ミセス・ベイツの屋敷は、品が良く、気取ったところのない素敵な家だった。一通り見て回ったので、パトリシアを探しにお茶会が行われている中庭に向かおうとした時、笑い声が聞こえた。

 書斎らしき部屋を覗くと、数人の若い男達が談笑していた。キャロラインはすぐに立ち去ろうとしたが、男達の中に見覚えのある顔を見つけ、足を止めた。

 中央に立つ背の高い男は、間違いなく二日前にキャロラインとソーシャル・レディーを取り合った人物だった。

「しかし、意外だったな。ソーシャル・レディーを手に入れることができるなんて、堅物のノーサムにしちゃ上出来だよ。おかげで、俺は大損だったけどな」

「お前達の馬鹿げた賭け事にはもううんざりだ」

 ノーサムと呼ばれた男は鬱陶しげに言い、グラスの中身を飲み干した。

「そりゃ俺達は賭け事が好きだけど、今回の賭けに乗ったのはお前だぜ」

「ああ。そして俺の勝ちだった。約束は守ってもらうぞ、ダニエル」

 返事はなかったが、ソファー越しに見える手がひらひらと揺れた。

 男達の会話を聞きながら、キャロラインは固く握った拳を震わせた。男はキャロラインを騙して、雑誌を奪ったのだ。その上、返すと約束したにもかかわらず、約束を破った。怒りで頭が真っ白になった。

 キャロラインは、力任せに扉を開くと、部屋の中に入っていった。

 男達は、突然現れた少女を唖然として眺めた。

 キャロラインは真っ直ぐノーサムと呼ばれた男に向かい、男の前で立ち止まった。無造作に自分の鞄に手を突っ込んで、鞄に入っている物の中で一番硬そうな物を掴んで男に投げつけた。

 それは銀色の靴だった。キャロラインの手を離れた靴は男の胸の辺りに当たった。

「あなたが誰だか知らないし、知りたくもないけれど、一つだけはっきりしていることがあるわ。あなたは、最低よ。卑劣な人間だわ。あの雑誌はあなたにとってただの賭け事の道具だったのかもしれないけれど、私にとっては大切な物を守るために必要なものだったのよ。あなたのせいで、私は大切な物を失った」

 キャロラインは、自分が泣いていることに気付いた。父親が死んで以来、人前では泣かなかったが、父親の肖像画が捨てられたことや騙されたことで感情が高ぶってしまったようだ。キャロラインは、涙を拭うと、その場を走り去った。


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