がたん、ごとん。
がたん、ごとん。
僕は電車の振動に揺られ、窓ガラスに頭をぶつけて目を覚ました。
寝ぼけたままの頭で窓の外を見る。ずいぶんと長い時間眠っていた気がするけど、まだ電車はどこにも到着していないみたいだった。
「よく眠っていたわよ、本当に。死んじゃったのかと思ったくらい」
僕の顔を覗き込むように言ってアナが微笑むので、僕は照れながらそうかな、と笑った。
腕時計に目をやり、僕は驚きの声を上げた。電車がホテルの地下にあった駅を出発して、もう半日近く経とうとしていたんだ。
「さて君たちはこれから地下鉄に乗って、とても長い時間をかけて元の世界に帰ることになる。君たちみたいな人間に会いたくてやっている仕事でもある。二度と会えないのは寂しいけど、仲良くやりたまえ」
別れ際にタカハシが言っていたとおり、元の世界に戻るにはとても長い時間がかかるようだ。いつの間にかこんなに遠くまで来ていたんだ。
一両編成の車両に乗る乗客は僕とアナだけだった。どんな路線を通るのかは分からないけど、この電車は僕とアナが電車に乗った駅の近くまで、ずっと地下を進んでいくらしい。
元の世界に戻ることに不安がないわけではなかった。それどころか、さっきから動悸がして、できることなら今から引き返したいとさえ思うこともあった。それでも、僕の胸に期待に胸を躍らせる部分が存在するのも確かだった。
電車の中で居眠りをしてしまうまで、僕はずっとアナと話をしていた。その中で、僕は一つの喜ばしい情報を耳にしていたんだ。
アナは僕が住んでいる県の隣の県にある児童養護施設で暮らしているそうだ。電車賃はかかるけど、アナが困ったときはいつでも駆けつけることができる。自分が現実的にアナを支えることができる場所に暮らしていることが分かると、どんなものにでも立ち向かうことができる勇気がわいてくるようだった。もちろん逆に僕が助けられることだってあり得るんだけど。
そのまま流れていく薄暗くて変化のない風景を眺めていると、同じように窓の外を眺めながらアナがぽつりと漏らした。
「彼は本気で、自分が人々の悲しみを消してあげていると信じていたのね。やがて人類のぜんたいを幸福にすることができると」
それがタカハシのことを言っていると、僕にはすぐに分かった。
「僕たちと同じようにこの電車で元の世界に帰っていった人たちは、一体どんな気持ちで元の世界に戻っていったんだろう? タカハシ――かミヤザワか知らないけど――が考えているとおり、悲しみは消え去り、生まれ変わったみたいな気持ちで電車の到着を待ち焦がれるのかな……」
アナは視線を車内に戻し、しばらく宙を見つめて考える素振りを見せてから、静かに言った。
「拭いようのない不安を抱えて、変わらない悲しみを抱えて、それでも今の自分ならきっと何か変えられるかもしれないと自分に信じ込ませて……。きっと今の私たちと同じ」
僕は頷いて、またアナの暖かい手を取った。
電車は闇を裂きながら進んでゆく。僕らを元の世界へ連れ戻すため、残酷なほど、一定の速度を保ちながら。
僕らがこれからどこに向かうのか、きっと神様しか知らないんだろう。
もしそんなヤツがいるとしたら、僕ら人間のことなんて微塵も考えていないよっぽどのクソ野郎なんだろうけど、それでも、僕はこうして祈らずにはいられない。
『できることなら、僕らのたどり着く場所が、少しでも悲しみの少ない世界で――』




