God only knows Town(1)
電車は甲高い音を立てて終着駅に停車した。いや、そこは駅と呼べそうな場所じゃなかった。
そこはただ広い緑地公園の中に線路が通っているだけの場所だった。線路が途切れている場所が自動的に電車の終着駅となっているだけだった。
「公園の真ん中みたいだね。もう線路がないっていうことは、ここが本当にこの電車の執着地点なんだ……」
「見て! 外に人が歩いてる」
アナが電車の窓から外を指差すのでそちらに目を向けてみると、黄緑色の芝の敷かれた広い広い公園のあちこちに、ここから見えるだけで十人以上の人間がいた。
彼らはそれぞれ歩いたり、立ち止まったり、噴水の前のベンチに腰掛けたりしながら、到着したばかりの電車にぼんやりとした目を向けていた。
「この駅が当電車の終着駅となります。長い長い間お疲れさまでした」
しゃがれ声が告げ終わると電車のドアが開いた。
僕とアナは並んで電車から降りると、やって来た車掌に赤い切符を手渡した。
車掌は目深にかぶった帽子を触りながら僕とアナの切符を受け取ると、その二枚の切符をはさみで半分にして、肩からかけた木箱の中に入れてしまった。
「この街は人によってはとても恐ろしく、人によってはとても素晴らしい街です。この街があなたたちにとって素晴らしい街であるように」
まるでひとり言のように言うと、車掌は僕らから離れていってしまった。
他の乗客から切符を受け取ってすぐに離れているところを見ると、どうやら僕らだけに特別に声をかけてくれたらしい。
僕とアナは顔を見合わせたけど、あいまいに頷きあっただけで何も話さなかった。車掌の言葉の意味を、お互いまだうまく呑み込めていないようだった。
車掌は全員分の切符にはさみを入れると電車の中へ戻っていき、電車から降りた僕ら――その時点で電車の乗客は十七人だ――は公園の真ん中に取り残される形になった。
だけど電車から降りた僕らは、おそらく誰もがどこに向かえばいいか分かっていた。電車から降りたらすぐに泊まる場所を探すというのは、僕らがこの旅の中で学んだことのひとつだ。
この旅から無事帰っても、それは普段の生活の中でも活かすことのできる教訓かも……なんて思ったところで、僕の思考は不意に止まってしまった。
(僕には『この旅から無事帰る』なんてことはないんだ。僕は旅の終着地点であるこの街で、これからの人生を過ごすことになるんだ)
そんな当たり前のことが、僕の頭に実感として強烈に意識付けられたからだった。
「どうかしたの?」
ひどい顔をしていたのだろうか、アナが心配そうに僕の顔を覗き込んできたけど、僕は「大丈夫」とだけ言って笑ってみせた。
その緑地公園は僕が今まで見た中でも一番大きいものだった。
僕の中学校の校庭はサッカーコートが二面と野球場のあるかなり大きいものだった覚えがあるけど、それがゆうに三つか四つは入るだろう。
遊歩道に沿って何種類かの木々が並び、チューリップやコスモスといった色とりどりの花が植えられた一角やいくつかの古い遊具が寂しげに置かれた一角もある。遊歩道は湾曲しながら枝分かれして最終的に三方向に続いているようだ。その道の一つが向かっているのが巨大なホテルだった。
ここから見るだけではよく分からないけど、木々の向こうに見えるホテルはゆうに十一、二階はありそうだった。これまでのどの街で見たホテルよりも大きい建物だ。
赤茶色のレンガでできた壁や最上階に掛けられた巨大な時計は見るものに気品と歴史を感じさせ、それはホテルというよりも古い博物館や美術館のようにも見えた。おそらく普通に泊まったら一泊数万円以上するだろう。
「すごいホテルだな……。やっぱりみんなこれまでと同じようにホテルに向かっているみたいだね」
「私たちも向かいましょうか」
「そうだね」
僕とアナは電車から降りた人々の後について、遊歩道からの景観を眺めながらホテルに向けて歩き出した。
公園にはすでにこの街に住んでいるのであろう多くの人間がいたけど、誰も僕らに話しかけてくることはなかった。僕の印象でしかないけど、彼らは一様にぼんやりとして、ただやってきたら僕らの様子を特に興味も無さそうに見つめていた。
『God only knows』、ホテルはそんな名前だった。
予想通りというべきか、ホテルのロビーは今まで泊まったどのホテルよりも広く、どれと比べても倍以上の面積はありそうだった。座り心地の良さそうなソファがいくつか並んでいて、綺麗に磨き上げられタイルなんかからもこのホテルの格調高さがうかがえた。
「こちらにサインをお願いします」
僕とアナはフロントでそれぞれ用紙にサインをし、お金を払うのと引き換えに部屋の鍵を受け取った。僕はその時点で所持金をほとんど遣いきっていたけど、その部屋はこの街にとどまる限りずっと使っていいと言われ、ホッとすると同時にひどく不安な気持ちに襲われた。
僕はずっとこの街にとどまることになるのだろうか?
ただ、フロントに立っていた女性は『この街にとどまる限り』と言ったんだ。もちろんこの街を出る可能性だってあるのだろう。だがどうやってこの街を出るのか、この街を出てどこへ行くのか、僕にはどの問いの答えもまだ持ってはいなかった。
「最後に……」
僕が真剣に考え込んでいると、フロントの女性は僕とアナに交互に視線を向けながらこんなことを言った。
「最後に神様からの宿題をお伝えします」
「神様からの宿題?」僕とアナは同時に声を出した。
「そうです、この街では誰もが神様からの宿題を出されます。その宿題に答えを出さない限り、この街から出ることはできません」
それで『この街にとどまる限り』だったのか。とにかくこの街には神様がいて、僕らはその人の出す宿題を終わらせないといけない。それだけ分かれば十分だ、僕は思った。正直なところ、もう僕は難しいことを考えるのに疲れはじめていたんだ。
「それで、その宿題っていうのは?」
「それはあなたが一番叶えてもらいたい願い事をひとつだけ決めることです」
「……それだけ?」
きょとんとした顔で言うアナの気持ちもよく分かった。神様からの宿題なんていうものだから、僕はもっと難しくて崇高なものを想像していた。例えば不幸な人に救いの手を差し伸べるとか、そんな風なこと。
フロントの女性はアナの質問には答えずにただにこりと笑った。口元に白い歯が少しだけ覗いた。
「願い事は叶うの?」アナが続けてそんな質問をするのもまた無理はないと思う。叶いもしない願い事を真剣に考えるなんて空しいだけだって、僕らは知ってるんだ。
「きっと叶いますよ」
女性は僕らにそう言ったのを最後に隣の受付に移動して、そこで待っていた女性のチェックインの手続きをはじめてしまった。
僕らは仕方なく彼女に背中を向けてエレベーターに乗り込んだ。
「一応気をつけてね、今までのこともあるし。やっぱりこの街もどこか普通じゃないよ」
「分かってる、モリカワ君も十分気を付けて。また後で会いましょうね」
エレベーターの前で一緒に夕食を食べる約束をして、僕とアナと別れてお互いの部屋へ向かった。
なんでもない約束のはずなんだけど、僕の胸は都合よくも抱えていた不安なんかきれいに忘れて密かに弾み出していた。
アナと一緒なら……そんなことを考えかけて、僕はぶるぶると首を振った。
これは僕のひどく個人的な家出――じゃくて旅なんだ。大切な人だからこそ、深く関わりすぎて僕の問題に巻き込まないようにしなくちゃいけない。




