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Minority Town(10)

 タカフミがこの街に留まりたいと言い出したときも、僕はそれほど驚くことはなかった。ひょっとすると彼はその決断が自分の人生にどう影響するのか、まだ完全に理解できてないのかもしれない。

 それでもイケダがタカフミの意思を受け入れ、自分もタカフミと一緒にこの街に残ると言い出したときは、さすがに僕も驚いて声を上げてしまった。


「ほ、本当にそれでいいのかよ。結果的に助かったにせよ、タカフミがあんな目にあったっていうのにさ」

「タカフミがあんな目にあったからこそ、僕はここに残ってもいいと思えたんだ。だって攫われてひどい目にあったタカフミ本人が残りたいって言うんだぜ。だったら僕もその意見を信じてタカフミと一緒にここに残る。それが兄弟ってものだろ? それにタカフミの決断ってさ、いつも間違った決断ばかりする僕と比べて信用できるんだよ」


 イケダはそうやって、照れくさそう頭をかきながら話をした。気持ち悪かったけど、ほんの少しだけカッコ良く見えるのも事実だった。


「じゃあもう僕は止めないよ。タカフミ、しっかりお兄さんを支えてやるんだぞ」

「分かったよ」

「いや、僕が一応兄なんだけど……」


 駅のホームの前に僕とタカフミ、そしてアナの大きな笑い声が響いた。

 腕時計を確認すると『少数決の街』を出る電車はもうあと十分足らずで出発する。ホームの前には僕と同じように電車に乗る人たちや、イケダやタカフミ、アナのようにそれを見送る十数人のこの街の住人でそれなりに賑わっていた。


「うん、じゃあ……」


 なんとなくそんな挨拶をして、彼らに背を向けようとしたそのときだった。

 僕のことをどこか寂しそうな、留守番を命じられた子犬のような顔で見つめるアナと目が合った。

 そういえばさっきからタカフミばかり小人に軟禁されてひどい目にあったと言っていたけど、それをいうのならアナのほうがよほど長い間地下に閉じ込められてひどい目にあっているはずなんだ。


「アナはどう思うの?」


 頭で言葉をまとめる間もなく、不意にそんなことを口走った僕に対して、アナは微かに首をかしげてみせた。


「つまり何ヶ月も地下の楽園から出られずに、タカフミよりもアナのほうがよほど傷ついたはずでしょ。もうこんな街から出たいと思っても不思議じゃないと思う。このままこの街にいていいの? 彼らがいくらいい人たちだったとしても、この街に対する嫌悪感や恐怖心のようなものはないの?」


 僕の言葉を聞くと、アナは無理やりに作ったような笑顔を見せて言うのだった。


「私はこの街が好きだから……。でも確かに、軟禁されていた間にこの街に留まる決断をしたことを後悔したこともあった。でもね、そんなことをいくら考えてももう無駄なの。分かるでしょうう、私にはあの電車に乗るための赤い切符がないもの」


 僕には電車を指差すアナが、本当はこの街から出てどこか違う場所へ行きたいと思っていることがすぐに分かった。だから僕は何も言わずにリュックをあさると、一枚の赤い切符を取り出した。最初に着いたぬいぐるみの街でチエが僕にくれた切符だった。


「アナが本当にこの街から出たいと思うなら、あげるよ。どこに行き着くのか教えてはあげられないけど」

「……本当にいいの?」


 アナは少しためらう素振りを見せてから、ゆっくりとした動作で僕の手から切符を受け取った。イケダもタカフミは何も言わなかったけど、ひょっとすると彼女の動作を快くは思っていないかもしれない。

 それでも僕らは彼らのことを、彼らの気持ちをここに残して旅立たないといけない。僕らが生きているのはいつも自分の人生なんだ。

 僕は二人の友達に手を振って、アナと共に電車に向けて歩き出す。まるで自分がドラマの主人公にでもなったような気分だ。

 ホームの入り口を抜けると大きな箱が置かれていることに気がついた。その箱には『回収ボックス』という文字が書かれ、中を覗いてみるといくつかのセレクトベルが積み上げられるようにして入っていた。

 昨晩、タカフミとアナを連れて地下にある楽園を脱出してから、僕らのセレクトベルに一つの質問も届くことはなかった。

 そろそろ楽園の住人たちは町長を解放してあげただろうか、そんなことを考えながら、僕はアナとお互いの顔を見合って一度だけ頷いた。同時に手首からセレクトベルを外し、その箱の中に入れようとした、その時だった。

 唐突に僕とアナのセレクトベルがいつもの電子音を発し始めた。無視するという選択肢もあったはずだけど、僕はほとんど反射的に、イエスのボタンを押してしまっていた。

 それはいつものくだらない質問なんかじゃなかった。それはこの街の町長が僕らよそ者に送った、最後のメッセージだったんだ。


『キミタチ コノマチヲサルヨソモノガ ニクイ

 ハナセルノニ フコウ?

 ミエルノニ フコウ?

 キケルノニ フコウ?

 タテルノニ アルケルノニ ハシレルノニ ナンニデモナレルノニ フコウ?

 キミタチハ シアワセモノダ

 ドコヘデモイクトイイ コンナマチノコトハ ワスレテ』


 君たちこの街を去るものが憎い。話せるのに不幸? 見えるのに不幸? 聞けるのに不幸? 立てるのに、歩けるのに、走れるのに、何にでもなれるのに不幸? 君たちは幸せものだ。どこへでも行けばいい、こんな街のことは忘れて――。

 僕らは無言でセレクトベルを回収ボックスの中に投げ入れた。


「行こう、アナ。僕らはどこへでも行けるんだ」


 僕は少し怖がるような素振りを見せるアナの手を取った。と同時に、僕はとっさにその手を引っ込めてしまう。

 アナの左手は人の手みたいに柔らかかったけど、その手はまるで機械みたいに冷たくてつるつるとしていたんだ。アナは僕に向かって微笑んでみせて今度は右の手を出した。

 アナが差し出す右手を取ってから、僕はまた歩き始めた。

 やがて電車はゆるやかに出発した。町長の言うところの幸せ者な僕たちを乗せて。

 発車するとすぐに、しゃがれ声の車掌が僕とアナの切符を確認してから去っていった。彼はアナの顔を何度かじっくりと眺めたけど、結局は何も言わずに去っていった。僕とアナは胸を撫で下ろしてから、お互いの顔を見て噴きだした。

 僕は早くもアナのことをずっとい昔からの知り合いのように感じていた。

 さらに十数分が経った。僕は精神的にすごく疲れていて、しばらく何も考えたくはなかった。ただじっと窓の外を見ていると、隣に座るアナはすぐにぐっすりと眠り込んでしまった。


「あ、あれは何かしら?」


 そんなどこからか聞こえた声を頼りにして、僕はまた窓の外にオブジェを見つけた。

 最初からそういう形なのか、誰かによってそういう形にされたのか、街に入るときに見つけた巨大なパンダは見るも無惨にバラバラになっていた。

 田んぼの真ん中にごろんと置かれた首は、ただ恨めしくこちらを向いていた。

 それが何を意味するのか、何を意図して作られたのか、正確なところは僕には分からなかったし想像するつもりもなかった。

 それでも、まるでパズルみたいに十近いパーツに分けられたパンダを見ていると、僕はひどくやるせないような、胸が締め付けられるような気持ちになるのだった。

 ひょっとするとアナもあのパンダのように、心も体もバラバラになってしまうような、引き裂かれるような想いを抱えてこの電車に乗ったんだろうか?

 僕はそうでないことを密かに祈りながら、穏やかな寝息を立てるアナの冷たい左手をそっと握った。

 電車は僕らを乗せて走り続ける。

 結局のところ、僕らの行き着く先に待っているのが幸福か不幸かなんてまだ誰にも分からない。分かるのは今僕らがどのように感じているのかだけだ。

 でも、もしも、本当に僕らの行き着く先が分かる人間がいるとするなら、きっとその人は神様とでも呼ばれるような特別な……。




 Minority Town END.

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