Minority Town(8)
「すごく優しい人ばかりだったよ。アナがわがままばかり言っていたっていうのもあるんだけど、その分僕にうんと優しくしてくれたんだ。最初は怖い人たちかと思ったんだけど、全然そんなことなかったんだ」
彼はこんなに話ができるんだ、僕は笑顔で語るタカフミの横顔を見ながらそう思った。イケダと一緒にいたときのタカフミからは想像もできない表情だ。
「何よ! わがままなんか言ってないわよ」
タカフミの横を並んで歩きながら頬を膨らませるアナ。二人がもうかなり仲良くなっていることが、二人の言葉の端々から僕には分かった。
地下の楽園で小人を縛り終えた僕の前に現れたのは、楽園に建つ家のうちの一軒から出てきたタカフミと、見たことのない少女だった。
ほとんど無人になった楽園で落ち着いて話を聞いてみると、約二か月間もここに軟禁されていたという少女はアナと自己紹介した。アナは僕と同じかひとつ年下くらいに見える、明るい髪の色をした優しい顔のつくりの少女だった。
僕ら三人は顔を真っ赤にして縄をほどくよう叫ぶ小人の町長を置き去りにして(僕はその小人を蹴り飛ばそうとして二人に止められた)、寂しげにたたずむ地下の楽園を、歓迎会の途中でまだ活気の残る劇場をあとにしたのだった。
「それにしても、楽園の住人たちは僕の言葉を気にしていたわけじゃなかったんだ」
僕は安心した心持ちでそうひとりごちると、ほっと息をついた。
ホテル『SLEEP JOHN B』に向けて歩きながら興奮気味に地下の楽園での出来事を話すタカフミの言葉を聞くうちに、僕はひとつの事実に気がついたのだった。
楽園の住人たちは、僕が言おうとした「それでも人間か」っていう言葉に深く傷ついて家に戻っていったわけじゃなかった。彼らはただタカフミの名前に、「タカフミを一生閉じ込めておく気か」っていう言葉に反応して足を止めたようだった。
彼らがたった十数時間しか一緒に過ごしていないタカフミのことを想ったからこそ、この街を支配している町長の言葉を無視して家へ戻っていったんだ。町長を敵に回せば、これからの自分たちの暮らしがどうなるか分からないというのに……。
タカフミの話を詳しく聞いているうちに、僕はいつの間にか彼のことを尊敬するようになっていた。
僕に対して前より心を開くようになったタカフミはどこまでも純粋で、それに加えて人の心を惹きつける才能のようなものを持っているように感じたんだ。
もしイケダや僕が楽園の住人たちに捕まったとしたら、彼らのことを怖がるばかりでこうはいかなかっただろう。
「僕だって最初はあの人たちのことが怖くて怖くて、乱暴されるかもしれないと思ったりもしたんだけど、僕がお腹すいたって言ったら好きなものを何でも作ってくれたし、退屈だって言ったら今度はいろんな芸を見せてくれたし……とにかくすごくいい人たちばかりだったよ! あんな友達がいるなんて、僕は学校の皆に自慢できるよ」
タカフミは今まで僕に見せてくれたことのなかった笑顔で言うのだった。
驚いたのは、二ヶ月間も軟禁されていたにも関わらず、アナもそのタカフミと同じ意見だったことだ。彼女は月を見上げて、その日々を懐かしむみたいに言う。
「確かにいい人ばかりだった。私がいくら頼んでも、わがまま言うなって言って芸なんて見せてくれなかったけどね。彼らの姿を見ていると、ただ静かに暮らしたいっていう想いがすごく伝わってきたわ。そしてそんな暮らしを続けるために人を攫うことにすごく心を痛めていた。私は外の世界が恋しくて逃げてきちゃったけど、またいつか彼らに会いに行きたいわ」
「でも、町長のことを裏切った彼らはこのままじゃいられないかもな……」
ほんの短い付き合いなのに、タカフミのほうも彼ら楽園の住人たちに特別な想いを抱いているみたいだった。
「あの町長、怒ったら何するか分からないしね」
「でもさ、今までの静かな生活じゃなくても、彼らはきっと飄々とこの街のどこかで生きていくよ。この街ではそれができるって、僕はこの街の人たちを信じてる」
「……」
そうして僕らは無言で通りを歩くのだった。
この街のことを、僕は一生忘れることはできないだろう、おぼろげな月に照らされながら僕はそんな風に思う。
結局のところ、彼らも僕と同じように本当の意味で人を傷つけたりできないし、そんなことはしたくないんだ。自身の生活を守るために小人の言うことを聞いていても、それはふとしたきっかけがあれば無視できてしまうほどのものでしかないんだ。彼らは弱いかもしれない、けど揺るぎない。
「……!」
そこで僕は、ふとあることに気がついた。これまでに攫われたのはアナとタカフミだけなんだろうか。もし他に攫われた人間がいるとすれば、彼らはどこにいるんだ? そしてもし攫ってきた人間が、楽園の住人たちを差別し、敵視したとすれば、彼らの揺るぎない意思と弱さはどのように振れることになるんだろう。
『うんとひどい罰を与える』そんな言葉が僕の頭をよぎった。でも、まさかそんな――。
僕は結局、ホテルに着くまでずっと、背中にみみずが這うような気持ちの悪さをかき消すことはできなかった。
「ねぇ、そういえばさ……」
ホテルの前でタカフミが足を止めて僕の顔を見上げるので、僕はハッとしてタカフミのことを見下ろした。彼の片方の瞳は変わらず、どこか遠いところを見ているようだ。
何か重大なことを言うのかと、僕は身構えて言葉の続きを待ったけど、その口から出たのはこんな言葉だった。
「そういえばさ、お兄ちゃんはどこにいるの?」
あ、すっかり忘れてた。




