Minority Town(6)
果たして僕は、イケダにそこまでの演技を望んでいただろうか?
劇場の中に入って正面の扉の先にある、そのだだっ広い客席――立ち見専用の劇場なのか、それとも置いてあったイスを全て取り払ったのか、少し上がった舞台の下にあるひらけた空間にはところ狭しと料理が置かれ、その間を多くの人々が行き交っている。
その真ん中で、イケダは月の裏側までも届きそうな大声をあげてのたうちまわっていた。
「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい。お腹が痛いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!」
イケダはそんな大声を上げながら高級そうな料理をひっくり返し、障害のある人にも遠慮なくぶち当たり、果ては吐き方も知らないのに無理にえづいたりもしてみせ……その結果は言うまでもなく大混乱だった。
ざわざわとした劇場の中で時折、
「何があった!?」とか「医者がいるのか、それならすぐにを呼べ!」とかいう声がとどろき、劇場の外にいた受付の女性や料理人の格好をした人なんかも様子を確認するために慌てて劇場内に入ってきていた。
がしゃーんと食器が落ちて割れる音が聞こえたかと思うと、いくつかの女性の悲鳴まで聞こえてくる。僕らの予想通り、というよりも予想を大幅に超えた混乱だった。人混みの真ん中でイケダは何をやっているのか、いくつかの料理が宙を舞ったりもしていた。
そんな光景を見ていると、僕は一瞬計画のことも忘れて呆然としてしまったほどだった。
頭を振って気持ちを切り替え、音もなく扉を開けてからだだっ広い劇場の外に出た。外に出て扉を閉めると、喧騒がまるで遠い場所での出来事みたいに音が小さくなった。受付は無人で、外には他に誰もいなかった。
「ふぅ」気持ちを落ち着かせるため、僕は一度だけ深く息を吐き出す。
それなりに盛り上がっていた歓迎会――取り付けられたスピーカーから流れた町長による歓迎の挨拶や、食事会の後に控えていた住人たちによる歓迎の催しを全てぶち壊しにするような計画を立てたことに、僕は少しだけ申し訳ない気持ちになる。けれど今はそんなこと気にしている場合じゃなかった。
小心者だったイケダの、ただタカフミを助けるために見せた行為を無駄にしないためにも、早くこの劇場の中をしらみつぶしに探さなくちゃならない。きっとタカフミはこの劇場のどこかにいるはずなんだ。
僕はまず、真っ先に目に付いた階段を一段飛ばしで二階へと駆け上がる。そういえば昼に町長室に案内されたとき、この階段を上った覚えがある。
階段を登りきると、左右に伸びる廊下にそって扉が三つと、一基のエレベーターが備えられているのが見て取れた。つまりこのフロアの調べる必要がある場所は、昼に入った町長室を除いて二ヶ所ってことだ。町長室にタカフミの姿はなかった。
いつ町長室からあの小人がひょっこりと顔を出すか分からない。彼の仲間が偶然廊下を通りかかるかもしれない。
僕は階段を駆け上がった勢いのまま廊下を走り、一番手前にあった扉を開いて中に入った。
「……え?」中に入った瞬間、僕はそんな間の抜けた声を出していた。
そこは寝室のようだ。おそらく子ども用――いやそれよりさらに小さなベッドと机、そしてクローゼットがあるだけの、白を基調にしたシンプルな部屋だけど、そのサイズと大人びたセンスがどうもかみ合わなくて気味が悪かった。子どもが住んでいるような大人が住んでいるような……考えるまでもなく、そこは町長の寝室なんだろう。とにかく奇妙でいびつな印象の部屋だった。
その部屋に誰もいないことを、秘密の通路が隠されていないことを確認してから扉から再び廊下に出た。
いつの間にか、音が外に漏れ聞こえそうなほどに心拍数が上がっていた。僕は再び肺にたまった息を大きく吐き出して、首をゆっくりと一回転させる。ぼきぼき。
ぐずぐずしちゃいられない、僕はすぐに次の扉のドアに手をかけ、思い切りそれを開いた。階下からはまたひとつ、イケダの大きな叫び声が上がったようで微かに僕の耳まで届いてきた。
その声が聞こえてすぐ、かつかつと階段を上る音が聞こえてきたので、僕は慌てて部屋の中に飛び込んだ。
中に入った瞬間、部屋にこもったかびの臭いが鼻について僕はむせこんでしまう。外の廊下を誰かが歩いていくような気がして、僕は口を押さえてゆっくりと息をしずめた。
ようやく落ち着いてから手探りで明かりをつけると、どうやらそこは小さな図書室――もしくは資料室のようだった。
決して広いとはいえないその部屋に、人ひとりが通れる隙間を残してあとは背の高い本棚が立ち並んでいて、そのそれぞれに何十年前に書かれたのかも分からないような黄ばんだ本や資料が整列されていた。
「何だ、この部屋……?」
さっきの寝室に勝るとも劣らない、なんとも奇妙な部屋だった。部屋自体に不自然なところはないけど、その部屋をどこまでも奇妙にしているのはそこに並んだ本のタイトルだ。
『見せ物小屋のだるま女』、『魔女狩りの真実』、『世界の奇病大全』、『統合失調症患者の見る世界』、『とあるシャーマンの手記』、『双頭の人間の生存率』、『尖頭合指症とは』……。
それは文庫本だったりコピー用紙を綴じただけの資料だったりしたけど、そのどれもがある基準で選ばれていることがそのタイトルをいくつか読んだだけですぐに分かった。
これがこの街の町長の蔵書だとすると、彼は自分と同じように、病気や先天性の障がいのせいで長い間、社会的に差別されてきた人たちに多大な興味を持ちたくさんの資料を集めているんだろう。
どうしてだろうか……そんなタイトルを眺めていると胸騒ぎがして、まるで暗い部屋に一人でいるように気持ちが沈みこんでいくのが分かった。
僕は自分の胸をかき乱す感情の正体も分からないまま、思い切り顔をしかめたまま、そっと外の様子をうかがってから部屋を出た。
しばらくしんとした廊下に立ちつくし、最後にこの階のエレベーターも調べないといけないということに気が付くまでにかなりの時間が必要だった。足音を殺してエレベーターの前まで移動すると、さっきまでかすかに聞こえていた劇場内のざわつきは全く聞こえなくなっていた。
ひょっとするとイケダはもうどこかに運び出されたのかもしれない。そんなことを考え階下に注意を向けていると、再び誰かが階段を上がってくる足音が僕の耳まで届いてきた。
慌ててエレベーターの前に戻ると、音を立てないように下を向いた三角のボタンを連打した。
エレベーターの位置を示すランプが『1』から『2』に変わる。と同時に足音はもう階段の最上部に差し掛かっていた。
早く、早く、早く開け……ッ!
そこで僕はようやく気が付いたのだった。
そういえば下の階にエレベーターなんてあったっけ?
無人のエレベーターの扉が開くと同時に僕はその中に飛び込んだ。




